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二人で歩く帰り道

 放課後、誰もいない教室で俺は今日も御影さんを待っていた。

 彼女から相談を持ちかけられて以降、こうして部活終わりの時間まで待ち、共に帰っている。どうにも、高校に入ってから人の少ない教室に縁があるようだ。

 最近、調理部に入ったことをきっかけに人との関わりが増えてきたが、たまには一人になりたい時もある。

 窓際の自分の席に座り、外を眺めてみる。もう部活動の終了時刻が近づいて、帰る生徒がちらほら見られる。その中に校舎の方へ向かってくる御影さんがいた。一人で薄暗い教室にいる俺と、多くの友達に囲まれている御影さん。

 ……考えれば考えるほど、何で俺が彼女と関わりを持つことができているのかわからなくなってきた。どう考えても釣り合わない。ストーカーの件が終わったら、この関係も終わらせて——。


「ん? 誰かいたような……」


 御影さんが歩くずっと後ろ。食堂の建物の陰に不審な動きをした何かが見えたような気がした。だが、瞬きしている間にその気配は無くなっていた。


「いや、気のせい……だよな」


 仮に見つけたのが御影さんのストーカーだとしても、その正体どころか大まかな背丈ですらわからなかった。そんな状況で過剰に敏感になるのも精神的に良くない気がする。

 だから、頭の片隅にはおいたまま、御影さんには負担のかからないようにしなければいけない。面倒ごとに対処するのは俺の役割だ。


「お待たせ、一ノ谷君。帰ろっか」


「お、おう……そうだな」


 一人で入った教室を、今度は二人で出る。御影さんと一緒に帰るようになって数回目になるが、一向に慣れない。

 クラス一、いや学年一、学校一の美人だともっぱらの噂の彼女の横に並ぶ平凡な俺。居心地の悪さに、歩みがだんだんと早くなりそうなのを懸命に抑えた。俺は彼女の護衛役。置き去りにしてはいけない。

 御影さんの歩くスピードに合わせようと、横目で彼女の方を見る。


「一ノ谷君? どうしたの?」


「い、いや、なんでもない」


 バッチリ目が合ってしまった。

 思わず顔を背ける。本当に気まずい。何か喋らなければ。


「……御影さん、一つ聞きたいことがあるんだけど」


 暫く無言の時間が続いていたが、耐えきれずに俺から話しかけた。

 俺が知りたいこと。それは——。


「何で俺だったんだ? こうして誰かと一緒に帰ったり、ストーカーの正体を探るのが目的なら俺以外に適任がいたはずだ。それこそ、弓道部の誰かに手伝ってもらったり」


 御影さんから相談を持ちかけられた時、山田部長は俺に言うのではなく警察に相談すればよかったのになぜそうしなかったのかと聞いていた。

 俺はその時は質問責めをする部長を止めようとしていたが、正直なところこの役目は俺でなくてもいいはずだと思っていた。

 俺にはそんな探偵じみたことはできないし、ずば抜けた頭脳や超人的な身体能力を持ち合わせているわけではない。人並みな俺にできることなどたかが知れている。

 それでも彼女は俺を選んだ。その理由が知りたかった。納得がしたかった。


「……知ってたから。一ノ谷君はストーカーなんかじゃないって」


「えっ?」


「私が調理部のみんなに相談をした前の日。あの日にも誰かに後をつけられていたの。私が帰りに教室を出るのを見計らったみたいにね。私が教室から出るのは一ノ谷君も見ているはずだよ」


 そう、俺はあの日冷風に吹かれ、凍えながら見ていた。足早に立ち去る彼女の後ろ姿を。

 ……というか、バレていたのか。


「ほら一ノ谷君、教室に入ろうとしたけど、私達がいて入るのやめたでしょ。中から見えてたよ」


 俺の思考を読んだかのように御影さんは言う。

 山田部長といい、御影さんといい俺の周りには勘の鋭い女子がどうしてこうも多いのか。……まさか平野先輩と紬は大丈夫だよな……。


「でも、あの時校舎の四階には一ノ谷君以外にもう一人いたの。その……ス、ストーカーが。一ノ谷君とは逆側の階段に」


 俺達一年生の教室はH型の校舎の四階にあり、建物の角と中心に階段がある。

 中心階段は外から丸見えで誰が歩いているかわかるが、四つ角の階段には死角が多く、あの日の俺のように隠れることは簡単だ。


「……つまり、俺は目の前でみすみす犯人を逃してしまったってわけか」


「それは違うよ! あの時はまだ一ノ谷君はストーカーのことなんて知らなかったわけだし……そんな、自分が悪いみたいな言い方はしないでよ……」


 確かにあの時点での俺は、御影さんのことを数いるクラスメイトのうちの一人で、何だかすごく目立つ人くらいの認識でしかしていなかった。彼女の方からの接近がなければ、俺は今でも彼女のことを知ろうともせず、興味も持たずに接点のないまま過ごしていただろう。

 だが今は無関係ではない。調理部という繋がりもできた。ここで俺が役割を放棄してしまえば、ただでさえ嫌いな自分を殺してやりたいほど憎んでしまうかもしれない。

 だから少しだけ勇気を出そう。人間関係という難問に少しだけ歩み寄ろう。


「でも、これからどうするつもりだ? 犯人を突き止めて、ストーキングを止めるように説得でもするのか?」


「そのつもりだよ。ちゃんと話し合ったらきっとわかってくれるはず」


 甘い考えだ。そう喉元まで出かかった言葉を飲み込む。これは言ってはいけない。俺を頼ってきてくれた彼女を突き放す言葉だから。


「……話し合いに応じてくれなかったらどうする? 高校生活は三年間もあるんだ。被害が続く間、俺がこうしてずっと付きっきりってわけにもいかないだろ」


「……私はそれでも……いや、何でもない。でも、ダメだったら……その時は、未来の私と一ノ谷君に任せるわ。全部解決するためには、『今』を一生懸命に生きなくちゃいけないから」


「……そうか」


 彼女がそう言うのなら、これ以上俺がとやかく言うべきではない。この件に関して、被害者なのは御影さん自身なのであって、俺は部外者だ。解決方法も、その後処理も彼女の意思を尊重するべきだ。

 だから今日のところはこの話は終わりにしよう。

 その後俺達は別れるまで、たわいのないことを話した。調理部のこと。ゴールデンウィークの休みのこと。俺が今、妹と二人で暮らしていること。

 少しでも彼女が今抱えている不安を軽くしてやりたい。そして、また元通りの生活に早く戻れたらいいなと思った。

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