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一ノ谷兄妹の夜

 その日の夜、立ち寄ったファミレスで夕食を取るまで御影さんの歓迎会は続いた。

 解散後はストーカー被害に悩まされている彼女のために、彼女の家の最寄り駅まで送った後、俺はようやく自宅へと辿り着いたのだった。


「ただいま」


「おにい、おかえりー」


 出迎えてくれたのは俺の妹、一ノ谷(つむぎ)。二歳年下の中学二年生。身内の贔屓目で見ても、紬は俺とは違って整った顔立ちで、それに加えて努力家で優しい。学校でもクラスメイトや先生から頼りにされているらしい。兄として誇らしい限りだ。

 そんな妹と、この春から二人で暮らしている。

 それと言うのも、両親が海外に行ってしまったからだ。俺が中学生の頃に単身赴任で家を出た父親。そして、俺の中学卒業を機に母親も父親の元へ行ってしまった。何やら、「義務教育も終わったことだし、家と紬のことはお前に任せるよ」とのことだ。祖父母の元で世話になると言う案もあるにはあったのだが、紬が転校することで小、中学校と過ごしてきた友達と別れてしまう。紬に悲しい思いをさせたくないというのが一ノ谷家全員の考えだ。一ノ谷家は紬を中心に回っている。

 そんなこんなで始まってしまった新しい生活だが、過ぎてしまったことは受け入れるしか仕方がない。自由な両親を見て育ったんだ、こちらも精一杯自由にやらせてもらっている。


「そういえばさぁ、おにいは今日、同じ部活の人達と出かけてたんだよね?」


「まぁな。……心配か? 俺が外で粗相してないか」


 上着を脱ぎ、自室のクローゼットにハンガーでかけながら、紬の質問に答える。当然のように紬は俺の後ろについてきて部屋の中に入ってきていた。一ノ谷兄妹の間にプライバシーというものはない。


「違うよ。おにいに限って、外で変なことするわけないじゃん。ただ、おにいが高校から急に調理部に入ったって聞いて、どんな人達がいるのか気になっただけ。まさかおにいが文化系の部活に入るとは思わなかったし」


「それは俺も考えもしなかったけどな」


 中学生の頃まで、俺は野球部に所属していた。俺自身、中学を卒業してもずっと続けていくんだろうなとぼんやりと考えていたのだが、最後の大会を前にして、俺の腕は限界を迎えた。だが、俺はそのまま体があげる悲鳴を無視して無理やり投げ続けた。公式戦でベンチ入りし、背番号を与えられる人数は限られている。俺はメンバーから外されるのが嫌だった。その結果、大きな違和感が今も残っている。

 幼い頃から俺に懐いていた紬は、よく試合を見にきては、俺のプレーで誰よりも喜んでくれていた。だからだろうか、俺が野球を辞める決断をした時、俺よりも残念がっていたのは。

 最愛の妹をこれ以上不安にさせるわけにはいかない。俺は調理部の面々や、今日あった出来事を紬にゆっくり話し聞かせた。


「今日は五人でハーバーランドかぁ。いいなぁ。紬もおにいと一緒に連れて行ってくれたらよかったのに」


「五人? 桔平はラグビーの練習があるから来てないからな。俺を入れて四人だぞ」


「え……」


 紬の動きが止まる。

 ちょっと鏡見てこい。そんな顔友達に見せたら驚かれるぞ。俺みたいな顔してる。普段は感じないが、驚き顔からはなんだかんだ血のつながりを感じる。


「じゃあ、おにい以外みんな女の人ってことじゃん!」


「そうなるな」


「なんでそんなに冷静なの!?」


 落ち着きなさい。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ。


「なんでって言われてもな……。紬だって、同じ部活の子と出かけたりするだろ?」


「そうだけどさぁ、そうじゃないよ! ……もう、ほんとにおにいは残念というか、人の心が薄いって言うかさぁ……」


 口を尖らせながら、紬は俺のベッドに腰掛ける。


「紬はさ、おにいには友達をいっぱい作って、ずっと楽しく過ごしてほしいって思ってるよ。そのためだったら、紬も頑張ってお手伝いするし」


「妹に心配させるような不甲斐ない兄貴でごめんな。でも、これだけは覚えておいてくれ。俺だって、紬のことは大事に思っている。紬は紬の生活を過ごしてくれよ。あんまり俺に気をかけなくていいからな」


 俺は紬の隣に座る。二人分の体重で少し軋むベッド。

 紬は黙ったまま、俺の膝に頭を乗せてきた。


「……おにい」


「どうした?」


 膝の上から俺を見上げる紬。

 これはまずい。同級生の男が見たら一瞬でで心を掴まれてしまう。他人にこんな姿を見せないように強く言っておかねばならない。


「おにいに彼女ができたら、一番初めに紬に紹介してね」


「安心しとけ。そんな日は来ない」


 俺が勢いよく立ち上がると、膝からコロコロと紬が床に転げ落ちる。

 妹よ、覚えておきなさい。兄は強いのだ。


「いったーい! 何するの!」


 紬はうっすらと目に涙を浮かべながら、転がった姿勢から俺に突進してきた。

 だが紬の軽い体では、俺の鍛えた体幹を崩すことはできない。


「ほら、じゃれてないでだな……。冷凍庫にアイス入ってるから、食べて早く寝とけ」


「……おにいのいじわる」


 不機嫌ながらも、紬は俺の体を離さない。

 上半身が俺、下半身が紬のケンタウロス状態のまま、俺達は部屋を出た。

 兄妹二人暮らし。いつもの戯れ。いつもの夜が更けていく。

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