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青春に調味料をひとつまみ  作者: 瀬戸 暁斗
体育祭編

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26/27

打ち上げの隅で

 体育祭の喧騒もどこか遠く、夕方の校門前には帰宅する生徒でごった返していた。

 陽が傾き始め、今日一日のことが脳裏にフラッシュバックする。

 借り物競走でお題として駆り出されたこと。転んだ鷹取からバトンを受け取り、懸命に走ったこと。

 他にもいろいろなことがあった。回想しながら俺は両手を桔平と若松に掴まれ、捕えられた宇宙人のような格好で強制的に歩かされていた。


「ほら真尋。打ち上げ行くぞ!」


「引っ張るなよ。肘が抜ける」


「隠れてやり過ごそうとした一ノ谷が悪い。MVP級の活躍したんだから、胸張って行こうぜ」


 閉会式の後、制服に着替えた俺は打ち上げ前にわいわいと騒がしい教室になんだか居づらく、適当に校内を歩いていた。

 誰にどこへ行くのか話したわけではない。しかし、俺が行き着いた先には御影、本庄が待ち構えていた。


「ちゃんと見張っておくって言ったでしょ。すぐ逃げ出すんだから、こっちの身にもなりなさいよ」


「逃げてた訳じゃ——」


「言い訳は無用! ほら、キビキビ歩く!」


 相変わらず本庄は聞く耳を持たない。

 俺は前後左右から包囲され、焼肉屋の明かりへと連行されていった。


 * * *


 重い扉を開けると、焼肉屋独特の脂と煙の匂いが一気に体に叩きつけられる。

 団体予約の為か、店の最奥の席に案内されると、既にクラスメイト達は集合していた。同じ時間に教室を出た人もいたはずなんだが。


「遅えぞ遼太朗!」


「御影さんこっちこっち!」


「一ノ谷、ここ座るか?」


 遅れてきた俺達へ口々にクラスメイトから言葉が交う。普段は話さないような人からも話しかけられ、落ち着かないような奇妙な感覚に襲われている。

 少しでも楽になろうと、壁際の席を目指して人の輪の外側へ出ようとしたのだが——。


「こっちの席空いてるよ」


「一ノ谷って、アレルギーとかって無い? 食べれないのがあったら教えてくれよ」


 自然と席が空けられた。

 体育祭前とは全く異なる皆の反応、考えられなかった状況に戸惑いながらも着席する。

 普段祖父母や妹と焼肉に行く時は、俺がトング係になることが多い。ただ、今日は隣り合ったクラスメイトと一言二言交わしている間に、目の前の皿に肉が積み上がっていく。


「ほら、タンタン塩タンカルビカルビ。ハラミとソーセージもあるからな。一応野菜も」


 話もそこそこに、肉を口に放り込む。そしてすかさずオレンジジュース。疲れた体にタンパク質とビタミンCを補給する。

 俺が食べている間、周りでは席が入れ替わり、俺の隣には鷹取が座った。


「ありがとうな。お前のおかげでリレーで二位だ。俺が転んでなかったら、きっと優勝できたのに」


 バトンを受け取ってから、周りを見ずに走った。ただゴールラインを目指して。走り切った時、ゴールテープは既に無く、敗れたことだけは理解できた。


「お前のせいじゃない。後から聞いたが、一位のクラスは大差で勝ったらしいな。結果は変わらなかったかもしれない。お前が諦めずにすぐに立ち上がってくれたから、二位になれたんだ」


「……責めてくれた方が楽になれると思ってたんだがよ、誰に言っても労われるんだよな。まったく心の広いクラスメイトに恵まれたもんだな」


 鷹取に後悔の色は無い。リレーメンバー含め、この男の走りを見ていた誰もが頑張りを認めている。


「それに、俺の代わりに騎馬戦にも出てくれてありがとうな。お前に頼んでよかったよ」


 転んだ際、身体を擦りむいただけでなく、足首を軽く捻っていたらしく、鷹取は本来なら出場するはずだった騎馬戦を辞退していた。その代役として補欠登録されていた俺が駆り出されたわけだ。

 任されたのは若松が乗る大将騎馬。前側の騎馬役の桔平がどんどん敵陣に攻め入り、俺達はあえなく敗北した。


「みっともない負け方になったけどな」


「盛り上がったからいいじゃねぇか。有馬の運動量についていけるやつなんて限られてるぞ」


 実際、縦横無尽に駆け巡りたがる桔平の気質をクラスの中で一番理解しているのは俺だと思う。鷹取が怪我をし、俺ではない別の誰かが緊急で参加したとすれば、最悪の場合騎馬が途中で崩れてしまっていたかもしれない。


「まぁ、今年はいろいろと悔しい結果にはなったわけだが……来年は勝とうぜ」


「……同じクラスになれるかはわからんぞ」


「そこはノリ良く勝つぞって言うところだろうがよ!」


 それから俺達はなんて事ない話をした。体育祭がきっかけで親交を深め、協力し、今ではこうして笑い合っている。それも——


「そうだ。俺、御影さんのこと諦めるわ」


「……急にどうした」


 突然の話題の転換で思わず箸を動かす手が止まる。

 鷹取はカラオケで俺に御影への好意をカミングアウトしてから、俺に協力を要請するほど真剣だったはずだ。


「……改めて振られでもしたか?」


「ド直球に聞くな……。別にまた告ったとかじゃねぇよ。本当は体育祭が終わった後に告白しようかと思ってたんだがな。ただな……このままやってても無理だって気付いちまった。いや、前から分かってたかのかもしれねぇが」


 壁にもたれかかり、宙を仰ぐ。騒がしい店内であったのも幸いし、俺たちの会話を聞き入るものはいない。


「御影さんの目は俺には向いてない。それだけははっきり分かった。どこに向いてるのかも。冷静に考えたらわかる話だったんだ」


 鷹取は目線をふと斜めの方向にずらした。その先にいるのは、住吉をはじめとした大勢の友人に囲まれて笑っている御影有紗。普段と変わらない笑顔で、誰に対しても平等に接する姿勢にはいつも驚かされる。


「すごいな、クラスの皆がいる中ですぐに見つけられるのか」


「ああ……わかるさ。他人に興味を持って、相手を好きになるっていうのは、きっとそういう事なんだろうな。お前はどうなんだ?」


 相手を好きになるどころか、自分のことすら好きになれない俺にこの質問は酷だと感じた。ただ、鷹取が嫌味を含めてこの質問をしたわけではないことは理解している。


「わからんな。生憎そういう経験がない」


「そうか……それでも、俺が言ってる意味が絶対にわかる日が来ると思うぜ。断言してもいい」


「ああ、そうなればいいと思ってるよ」


 煙に揺られ、一人の恋が終わる。

 だが、悲しみに暮れている暇はない。これは新たなスタートなのだから。

 転び、傷つきながらも立ち上がり前を向くこの男に幸あれ。

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