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青春に調味料をひとつまみ  作者: 瀬戸 暁斗
体育祭編

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23/27

体育祭当日

 強い日差しと梅雨入り前の少し湿った風が校内に立ち昇る熱気を更に高めている。

 一学期最大のイベント、体育祭。

 クラスごとに色分けされたハチマキを頭に巻いたり、腕に巻いたりして開幕を待つ校庭は、まるで祭りの最中のように騒がしかった。


「あっつ……」


 喧騒と熱気にやられ、俺はテントの影の下で冷えたスポーツドリンクを額に乗せて時間が過ぎ去るのを待っていた。

 俺が出場する男子リレーは午後の競技であり、午前中は何もすることがない。開会式が終われば、教室にでも行って休んでいようかと考えていたのだが。


「おっと、サボりは感心せんぞ一ノ谷」


「……サボるも何も、まだ始まってすらいませんよ」


 山田部長といい、藤原先生といい、妙に勘のいい年上に監視されがちらしい。


「ほら、クラスのまとめ役らしくみんなに声でもかけてきたらどうだ」


「俺は先生に指名されてやる羽目になったんですけど。それに、そういう役目はあいつらの方が適任でしょう」


 テントの前には、前もって示し合わせたわけでもなく、自然と人だかりができている。その中心には若松がいた。誰とでも明るく話し、人を惹きつける求心力を備えている彼の魅力。俺に到底真似できる代物ではない。


「そういうなよ。人にはそれぞれ向き不向きというものがある。一ノ谷もそのうち、自分に向いているものがわかるようになるさ。それを自分の意思で発揮できるようになれば、人生が一段階楽しくなると私は思ってる」


「……先生は何か見つけたんですか?」


「あぁ。秘密だけど」


 自分に向いているもの——今はまだわからないし、すぐに見つかるものでもないと思う。でも、いつか見つけることができたなら、俺はどういう人間になれるのだろうか。


「ほら、そろそろ時間だ。行ってこい」


 藤原先生に背中を押され、俺は日差しの中に踏み出した。

 列の中に入り、開会式が始まる。スピーカーから響き渡るアナウンス。やけに長い校長の話。知らない先輩の選手宣誓。

 ベタで変わり映えしない開会式だが、生徒の熱を上げるには十分だった。

 午前中の競技が始まる。綱引きや玉入れなど、多様な種目で戦いが繰り広げられている。それを俺はテントの下で眺めていた。熱気の渦の中で、俺だけが少し離れた場所にいるような気がした。

 だが、周りにはクラスメイトがいる。今日ばかりは一人きりになれる時は来ないだろう。


「はぁ、はぁ……い、一ノ谷……ちょっと……隣、座るわよ」


「本庄か。何で玉入れでそんなに息切れすることがある」


 息を切らし、汗をかいている割に、競技中は投げた玉が籠にほとんど届いていなかったと指摘するのは野暮だろう。


「体力つけとけよ。夏場、暑さでばてて死ぬぞ」


「余計な……お世話よ。はぁ……けほっ」


 本庄は汗を拭い、スポーツドリンクを一気に飲もうとして咽せた。運動不足の身体には、体育祭はキャパシティを越えているようだ。


「次の種目は、借り物競走です。選手の皆さんは入場してください」


 校庭に響くアナウンスの声が耳に入る。借り物競走といえば、御影が出場する予定のはずだが——。


「お前さ、アレ知ってたか?」


 入場列の中に見慣れた顔が2人並んでいた。


「うそっ、奏部長!?」


 緊張の面持ちで鉢巻を締める御影の隣で観客席に手を振りながら黄色い歓声を浴びる山田部長の姿がそこにはあった。


「何か起こりそうな組み合わせだな」


「同感だ」


 衆目が選手に向いている間に、桔平が俺の後ろまで回り込んできていた。


「どっちが勝つか賭けとくか?」


「やめとけ。碌なことにならんぞ」


「あら、私は賭けてもいいわよ」


 三人で話しているうちに、パンッと乾いたピストルの音が鳴る。借り物競走のスタートだ。

 一斉に白線を蹴って走り出す選手達。それぞれ校庭に置かれた机の上の指示書を手にして学校中に散らばっていく。

 俺達が見つめる先で、御影は迷いなく一枚を手にし、文字に目を通す。

 そして——真っ直ぐにこちらを見ると、グラウンドを横切り、俺達の元へ走ってきた。


「ほら、お呼びの様よ。いってらっしゃい」


「いや、俺じゃないだろ」


 ポンと背中を叩かれたものの、まだ何のお題を引いたかもわからないのに判断が早すぎる。

 だが、髪を靡かせながら走る御影の瞳はなぜだか不思議な引力があった。錯覚だとわかっていても、俺を捉えているで目を離すことができなかった。

 息を切らせ、1-5の観客席の前で立ち止まる御影。誰かを探す様な仕草はなく、ずっと真っ直ぐに俺を見つめている様に感じた。


「あの、いちの——」


「真尋君。一緒に行こうか」


 御影の声を遮るように、背後から手が伸びて俺の腕は巻き取られた。


「ぶ、部長!? いつの間に!?」


「慌てることはないよ、真尋君。それじゃあ借りていくよ」


「待ってください! 一ノ谷君は私が……」


 腕を取られ、椅子が並ぶ中を背面歩きで抜ける。その先に御影がいたのは山田部長の誘導だ。


「早い者勝ちだよ、有紗ちゃん。君にはまだ少し早い。今年は私に譲ってくれ。来年以降は君達の番だ」


 言い終わると、そのままゴールまで走り出す。先着している生徒はいない。つまりは一着だ。

 ゴールテープを切り、部長は審判の先生に指示書を手渡した。

 書かれていた文字は「期待している後輩」。チラリと見えたその文字列に当てはまる人物が俺でいいのかと疑問符が浮かんだ。


「部長、平野先輩とか俺じゃない方が適任だったんじゃないですか?」


「ハァ……お題を見たのか。瀬奈はもちろん信頼しているよ。あの子は私のことを理解しようとしてくれているからね。でも、私は君の不確定要素に期待しているんだ。君も自覚していない君の可能性。見えていない周りとの関係値。私が卒業するまでに、今まで過ごしてきた日々以上の楽しみを見せてくれると信じているよ」


 腕を解いてスタート前のように観客席に手を振る山田部長。笑いと拍手が送られる中、他の生徒も続々とゴールラインを駆け抜けている。

 その中に本庄と共にゴールした御影の姿が見えた。彼女が持っている指示書の内容はここからは見えない。

 グラウンドの熱気が冷めやらぬ中、ふと御影はこちらを見た。何かを言いたげな表情。だが、会話はなく借り物競走は幕を閉じた。

 思い出すのは山田部長の言葉。彼女は三年生。共に過ごす時間は限られている。あっという間に過ぎていく時間の中で、俺は何を返すことができるのだろうか。

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