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青春に調味料をひとつまみ  作者: 瀬戸 暁斗
体育祭編

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22/27

迫る日

 カラオケでの会合ののち、俺達リレーメンバーの普段の会話のやりとりも多少増え、バトンパスもスムーズにできる回数が増えてきた。

 何だか山田部長の提案通りに事が進み、手のひらの上で転がされているようで少々癪に障るが、平穏な日々が続いている今、部長に小言を言っても仕方ないことくらいはわかっているし、俺はこの日々に満足している。

 少々面倒なことといえば、調理部で御影や本庄とした会話のうち、当たり障りのない内容を鷹取に流していることくらいだ。

 罪悪感がないわけではないが、バレなければどうということないのだ。

 そして今日も今日とて家庭科室に屯しているわけだが、この日は珍しく一年生メンバーが勢揃いし、先輩二人は不在という顔揃いだ。


「もう週末は体育祭かぁ。私だけクラスが違うからちょっと残念だけど、負けないよ」


「あぁ、お互い頑張ろうな! そういえば、住吉は何の種目に出るんだ?」


 体育祭に向けて熱くなっている桔平と住吉。ここ二、三週間はずっとこの調子だ。


「私は女子のリレーと障害物リレー。あとは部活動対抗種目だよ。確かこの中じゃ誰とも被ってなかったよね」


「うん。私とかんなは玉入れと借り物競走に出るよ」


「借り物競走に出るのは有紗だけよ。まったく、外で走り回るなんて正気の沙汰じゃないわ」


 優等生で教師からの信頼も得ている本庄だが、体育の時間だけは人目を盗んで休憩しているのをよく見かける。この間も同じ日陰で休憩していたもの同士、同類と言えるかもしれない。


「……何を『わかるー』みたいな顔してんのよ。あんたは運動できる側の人間でしょうが」


「いや、俺もリレーにしか出ないし……」


「普通リレーに出るような人は他の種目にも出るの!」


 やっぱり前言は撤回。出会った時からやけに俺に当たりが強いのは、きっと気のせいではない。


「……住吉の前でする話じゃないかもしれないけどさ……体育祭の後、打ち上げ誘われてるんだけど、行く?」


 気遣いなど無縁のように見える桔平だったが、一人だけクラスが異なる住吉を前に、目線を泳がせかなり気まずそうに口を開いた。


「私のことは気にしなくてもいいよ。私も1-2の方の打ち上げに行く予定だし。みんなも楽しんできて!」


 まったく気にするそぶりも見せず、住吉は微笑む。この調理部以外にも、クラスや女子野球部など居場所があるんだと確認させられる。


「私達は行くって返事してるわよ。せっかくだしね」


「打ち上げなぁ……」


 若松から三宮の焼肉屋で打ち上げをするとは聞いていたが、俺はまだ返事をしていなかった。

 体育祭が終わり、盛り上がるクラスメイト達の顔が浮かぶ。笑い合って、写真なんかも撮るのだろう。

 だが、その輪の中に自分が入っている姿をどうにも想像できず、乗り気になれない。

 別に俺がいなくても——


「ん? なんか俺は関係ないみたいな顔してるけど、真尋は参加するって俺から言ってあるぞ」


「はぁ!? ったく、お前はいつも勝手にだな——」


「忘れてるかもしれないけどな、体育祭のクラスのまとめ役任されてるの、俺と真尋だからな。若松に任せてるみたいだけど、お前が来ないと場が締まらないんだよ」


 俺の預かり知らないところで動き回っている桔平を制御することは不可能に近い。


「ドタキャンは絶対禁止だからな。縛ってでも連れて行くから覚悟しておけよ」


「そういうことなら私たちも協力するわ。逃げないようにちゃんと見張っておくから」


 日々強かになって行く部員達は、一体誰から影響を受けているのだろうか。

 それからは体育祭の話題が出ることはなく、一人また一人と家庭科室を後にして行く。カシャンと本庄がドアを閉める音を最後に、気づけば部屋には俺と有紗の二人だけが残っていた。


「……一ノ谷君」


 夕焼けが差し込む静かな家庭科室で、囁くように俺を呼ぶ声がはっきりと聞こえた。


「体育祭、楽しみだね」


「……そうだな」


 夕陽を受けて輝く横顔が目に入り、やはり美人なんだと思い知らされる。

 御影からのストーカー相談がなければ、入部がなければ、鷹取の告白を目撃しなければ彼女との接点を持つことはなかっただろう。学校内で順当に人気者になり、鷹取のように告白する者が訪れ、玉砕したり成功することもあるかもしれない。

 俺が今この場にいることでありえたはずの未来を閉ざしているのかもしれないと、御影と話すたびに考えてしまう。


「私は運動がすごくできるわけじゃないから、日向ちゃん達を羨ましく思う時もあるんだ」


「まぁ、あいつらは特別製みたいなもんだからな——」


「一ノ谷君のこともだよ」


 御影は椅子から立ち上がると、俺の正面に回り込んできた。

 至近距離で目が合い、思わず顔を背けてしまった。4月に俺を教室に呼び寄せた時といい、何かと距離を近づけてくるのが心臓に悪い。


「俺は別に大したことないと思うがな」


「そんなことないよ。私はずっと見てたから。有馬君と一緒にクラスのために働いてたことも、一生懸命リレーの練習をしてたことも。みんなが知らない一ノ谷君の凄いところは私がちゃんと知ってるから。だから……」


 俺は俺自身のことですら正確に理解できていないし、理解しようともしていない。無性に嫌悪感が湧き、思考を強制停止する。他者のことなど考える暇もない。

 きっと俺は普通よりも何段階も劣っているし、そんな俺を気にかけてくれているのは本当にありがたいと思う。


「頑張って、一ノ谷君らしく走ってきてね。私、応援してるから。でも、怪我だけはしないでね」


 こうして自分のことを見てくれている人がいるのなら、精一杯の力でやってみるのも悪くない。

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