知らない
「で、何でカラオケに来てんだよ」
バトンパス練習の終盤に現れた若松に連れられ、俺と桔平、そしてリレーメンバーの一人でありいまいち俺と息が噛み合わない男、鷹取絢嗣の四人でカラオケの一室に会することとなった。
「俺がここでバイトしてるからね。安く遊ぶならちょうどいいんだ」
ここまでの道のりは若松が先導し、スムーズに受付まで済ませていた様から、普段から遊び慣れているのかと思っていたが、なるほどそういう理由もあったのか。
「それに、話し合うなら個室の方がいいだろ?」
先輩達に突き放され、押しの強い同級生に流され、あれよあれよとこの場まで来てしまったわけだが、個室に押し込まれてしまえば逃げ場はない。どれだけ気まずい展開になっても立ち去るのは容易でない。
そんな俺の心情など意に介さず、桔平はノリノリで最近の流行りの曲を熱唱している。まぁ、こいつはリレーメンバーではないし、言ってしまえば部外者だ。当たり前といえば当たり前の話である。
だが、どうしても居心地が悪い。今までカラオケにほとんど来たことがない上に、強制参加の話し合い。一度落ち着く暇が欲しい。
「悪いが少し待っていてくれ」
一言残して立ち上がる。手にはプラスチック製のコップ。飲み物を取りに行くことを口実に、俺は部屋を出た。
この時間はあまり客が入っていないのか、ドアの防音機能がいいのか少し静かな廊下の先にあるドリンクバー。ジンジャーエールの炭酸が弾けながらコップを満たしていくのをぼーっと眺めていた。
「おい」
「……邪魔だったな。悪いな鷹取」
後ろに並んでいる人がいないと油断していたところにかけられた声に、内心驚きながら振り返る。
ドリンクバーを使う邪魔になったかと謝りながら、鷹取の横を通り過ぎようと右に一歩分体を動かした。
「ちょっと待てよ、一ノ谷」
呼び止められるとは思わず急停止すると、ジンジャーエールの液面がコップの縁スレスレまで波打つのが見えた。
溢さなかったことに安堵しながら、鷹取の手元に目をやると、彼はコップを持っていない。飲み物を取りに来たわけではなく、俺と一対一の状況を作ることが目的だったのだとようやく気づいた。
「手短に終わらせてくれよ」
俺は入れたばかりのジンジャーエールを一気に飲み干し、鷹取と二人でフロントに置いてある椅子に腰掛けた。タイミングよく、スタッフはバックヤードに入っており、気兼ねなく話ができる場は整っていた。
「それで、何の話だ?」
体育祭でアンカーを務める俺の前を走る第三走者がこの鷹取だ。リレー練習のバトンパスでいつもミスが起きてしまうのも、俺とこいつの間。腹を割って話をしないといけないのは、俺達の間に何の関係値も積まれていないからだ。
「……」
黙り込む鷹取と全く目が合わない。普段の鷹取絢嗣という人間が、どういう会話をしてどういう趣味嗜好をしているのか、俺は一欠片も知らない。俺が知っているのは、1-Aの男子のほとんどが属する若松グループの一人で同じサッカー部に在籍しているという表面的な情報だけだ。
「……一つ、聞きたいことがある」
長く、カラオケ店にいる割には静かな時間を過ごした後、ようやく鷹取は口を開いた。
「……お前さ、御影さんと付き合ってんの?」
「……は?」
長い時間を使ってまでする質問がそれなのかと、思わず呆気にとられてしまった。
だが、鷹取の表情は茶化している様子はない。
「どうなんだよ?」
「何でそんな疑問を持ってるか知らんが、俺と御影が付き合ってるわけないだろ」
「だってよ……お前と御影さんが二人きりで一緒に帰ってるっていうのがでかい噂になってたからよ」
「何でそんなことになってんだ……」
頭を抱えて天を仰いだが、心当たりがありすぎた。
元はと言えば、ストーカー被害を訴える御影の保護のため、山田部長の命令でしばらくの間二人で帰路を共にしていたわけだが、今ではこの出来事をきっかけに御影、そして本庄も調理部に入部してしまっている。事情を知らない人からすれば、勘繰ってしまうのも致し方ないように思える。
「まずだな、俺は誰とも付き合ってないし、仮に誰かと付き合っていたとして、それが何の問題になる?」
「いや、それはだな……ほら……察せよ」
モゴモゴと口籠もりながら、鷹取はこちらから目を逸らす。
気まずさ、気恥ずかしさが混じるこの表情を俺はどこかで見ていたはずだ。
「あ……お前、あの時御影に告白して——」
「お前誰から聞いた!」
肌寒い中目撃した例の告白。その様子が思い浮かび、小さくこぼした俺の声を鷹取は聞き逃さなかった。
「まさか御影さんが……? いや、そんなこと言いふらす人じゃない」
「たまたま見ただけだ。あの日、忘れ物を取りに教室に戻ったらお前らがいたんだ。別に誰にも言ってないから、俺以外は知らないと思うぞ」
「そうか……」
頭を抱えてうずくまる鷹取。「誰かに見られてたら、三年間が終わっちまう」って言ってたもんな。
「別に弱みを握ってるとか、これをネタにいじってやろうとかいう気はさらさらないから安心しろよ。そもそも、本来なら俺とお前に絡みがないんだから気にするな」
「そうだよな……まだ知られたのが一ノ谷だけで良かったと考えるべきだよな……」
焦点の合わない目で空を見つめるを気の毒に思いつつも、俺にはどうにも感情移入することができなかった。
失恋の痛み、それを他人に知られる気恥ずかしさ。どれも情報として理解しているつもりだが、現実感がない。恋愛という行動、感情が全て他人事としか思えないまま今まで過ごしてきてしまった。
これが普通であるとは考えていない。むしろ、人が当たり前のように好きだの嫌いだの感情を晒して生きていることを目の当たりにするごとに、自分への劣等感が募っていく。
「……本当に御影さんとは何の関係もないんだな?」
「たまたま部活が一緒になっただけのクラスメイトだ。それ以上はない」
「……お前も知ってる通りさ、俺は一回御影さんに振られたわけだけど、やっぱり諦めきれねぇわ。体育祭でいいとこ見せて、少しでも見直してもらえるように一ノ谷も協力してくれねぇか?」
自分の恋のため、他者の協力を懇願してまで一生懸命になれる姿を見て、俺は少し羨ましく思えた。




