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青春に調味料をひとつまみ  作者: 瀬戸 暁斗
体育祭編

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18/27

イメチェン日和

「はははっ。それは災難だったね」


「笑い事じゃないですよ。部長ならあの場をうまく切り抜けられたかもしれないですけど、俺には無理でした。ほぼ脅迫でしたよ」


 ホームルームが終わったこの日の放課後、俺と桔平で打ち合わせをしようと家庭科室の扉を開くと、そこには既に1人先客がいた。

 普段はラグビー部の練習で、放課後は滅多に顔を出さない桔平が現れたことで山田部長からいろいろと質問を投げかけられたのだ。

 その回答として、先ほどあった出来事についてかいつまんで話してみれば、こうして大笑いされたというわけだ。他人事だと思って、なんて気楽な身分だ。


「俺は嬉しいっすけどね。真尋と一緒に作業できるのは」


「何言ってんだ。お前はいつもいつも何でもかんでも首を突っ込んで、結局俺が対処しなくちゃならなくなるんだぞ」


「そうは言っても、最後は手伝ってくれるじゃん。そういうところ、本当にありがたく思ってるよ」


「なら、今回はお前が主導でやってくれよ。俺は裏方に回るから。何のトラブルもなく、平穏に過ごさせてくれ」


 係に立候補した桔平と違って、俺は体育祭には乗り気ではない。ああいう青春だとか、キラキラした空気の中に入っていける気がしない。

 何の縁か桔平とは仲良くなったが、そもそも俺とは真逆の性格をしている。こうして高校まで同じところに来たのが不思議に思う。


「おいおい、そう言うんじゃないよ。私はお前達2人に任せたんだぞ」


 俺と桔平がいつもの如く軽い言い合いをしている中、俺に仕事を押し付けた張本人がやってきた。


「任せるなら、もっと責任感あるやつがいたでしょう。人選ミスです」


「ミス? そんな事はない。一ノ谷なら最後までやり遂げると思ったから選んだんだ。ほれ、これ渡しておくぞ」


「結局、面倒事を押し付けたんでしょうが……」


 藤原先生から手渡されたのは、体育祭のエントリーシートとクラス全員分の50m走のタイム表だ。

 なるほど。これを見ながら各自に適した競技を選んで——。


「ちょっと待ってください。先生、競技選択は自分の希望を出して決めるんじゃないんですか?」


「そりゃあ、建前だよ」


 平然とした顔で何を言い出すんだ、この人は。ホームルームで言っていたことは全部嘘だったのか?


「どうせやるなら、勝たないと面白くない。良い記憶を残すためには、良い成績を残さないといけない」


 意外と熱いことを言うんだな。さっきまで面倒そうにしていたのに。


「それに、私は結構一ノ谷には肩入れしているつもりだよ。だから任せた」


「は? 俺に? 何でですか?」


 急に藤原先生の口から飛び出した言葉に面くらい、思わず声が裏返ってしまった。

 俺に誰かに期待されるようなことがあるはずはないのだから。


「一ノ谷は人の輪の中で、周りを引っ張っていける力がある。少なくとも、私はそう思ってる。その能力を埋もれさせたまま3年間を過ごすのはもったいないだろう?」


「買い被りすぎです。そういうのは桔平とか御影に求めるべきでしょ」


「へぇ……クラスメイトのこと、よく見てるじゃないか」


「入学してからある程度時間が経ちましたからね。顔と名前が一致しなくても、どういう特性のクラスメイトがいるかくらいは把握できますよ」


「それができないから、人は苦労するのさ。時間をかけて交流を深めて関係性を構築し、時にはすれ違いながら少しずつ理解していくんだ。一ノ谷の基準の最低ラインは一ノ谷自身なのかもしれないが、人はそんなにレベルの高い生き物じゃないんだ」


 昼間に平野先輩にも言われたことを思い出す。自分ができることは、他人にもできて当然だと思っているんじゃないか、と。

 そう思っているつもりはないが、心の奥底ではそういう思想があるのかもしれない。そう感じてしまったから、今もあの時も否定ができなかった。

 でも、やっぱり俺は……。


「悪かったな、一ノ谷。別に責めたりするつもりがあったわけじゃない。ただ、自信を持って前を向いてみろ。案外世界は気楽に回ってるんだ」


 黙って目を逸らした俺を気遣ってか、藤原先生はぽんと肩に手を置いてそのまま俺の頭をワシワシと雑に撫でる。


「ちょっ、何してるんですか」


「お前さぁ、ちょっと前髪重すぎる気がするな。伸ばしてるのか?」


「いや、特に意識してるわけでは……」


「そうか。別に髪型にこだわりはないんだな?」


「まぁ、そうですね」


 藤原先生の質問の意図も分からず、何となく答えると、やっと頭から手を離してもらえた。

 ほっとしたのも束の間、先生が手を置いた方とは逆の肩をがっしりと山田部長に掴まれてしまった。


「山田ぁ、あそこに連れて行ってやれ」


「あそこ? 今日いきなり行って大丈夫ですか?」


「話なら、私から話はつけとくから安心して行ってこい」


 2人の話している内容が頭に入ってこない。俺は一体どこに連れていかれるというのか。

 右腕を山田部長に、左腕をノリでついてこようとする桔平に抑えられ、背後からはいつのまにか合流していた平野先輩が監視するという厳戒態勢でやってきたのは三宮。

 そして約2時間後、俺の視界にチラチラと入ってきていた前髪は綺麗さっぱり無くなっていた。


「なかなかさっぱりしたじゃないか。よく似合っているよ」


「そうですか? 自分ではよくわからないですけど……」


 髪質だとか、似合う髪型だとか色々質問されたが、今まで興味を持ってこなかったツケが回ってきたのか何一つ分からず、結局担当してくれた美容師に全て任せることになった。


「それより、何で先に支払い終わってるんですか。俺の散髪で来たはずです」


「大丈夫だよ。大した額じゃない」


「値段の問題でもないですし、美容院ならそれなりにお金かかるでしょう」


「本当に大丈夫だから、安心したまえよ。それに、あの美容院は藤原先生の同級生が経営していてね。というか、さっき君を担当してくれていたのが先生の同級生さ。あの人の好意で先生の部員である私達は格安でケアをしてもらえるわけさ。私と瀬奈も、もうあの店の常連客になってしまったよ」


 なるほど。だから藤原先生が詳しく説明しなくても、すんなり俺をここまで連れてくることができたのか。

 一応は納得したが、まだ解決していない問題がある。


「で、いくらだったんですか? 別に俺は金銭的に困ってるわけではないですし、自分のことにはちゃんと自分で払います」


「真尋君は律儀だねぇ。でも、先輩として後輩から徴収することはできないよ。それでも君が貸し借りをなくしたいというのなら——」


 財布を出そうとする俺の手を掴み、山田部長と平野先輩が詰め寄ってきて言う。


「「帰るまでの間、私達の着せ替え人形になってもらうよ」」


 それからいくつかの服屋を回っては着替え、回っては着替えを繰り返し、外出用の服が2セット増えた。

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