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青春に調味料をひとつまみ  作者: 瀬戸 暁斗
体育祭編

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二位

 体育の授業が終わり、汗で体に張り付く体操服の不快感を抱えながら、更衣室兼教室に戻る最中、一年生のフロアの廊下に人だかりができていた。

 ただでさえ暑いのに、人が集まる場所に行きたくはない。それに、早く着替えたい。

 集まった生徒達を避けるため、廊下の端を早足ですり抜けようとしたが、俺は首元を掴まれて人混みの中に引きずり込まれた。


「何してくれてるんだ。おい、桔平」


「悪い悪い。でもさ、ほら見ろよ」


 桔平が指差す先。壁に貼られた大きな紙が、先週行われた中間テストの結果を示していた。

 総合得点の上位五十名が提示されている。

 一位から順番に目を通していくと——


「うわすっげぇ。御影さん、学年二位だぜ」


 すぐに御影有紗の名前が見つかった。

 中間テスト前に調理部で勉強会を何度か開いたが、御影は最初から最後まで休むことなく参加していた。

 住吉や本庄から度々投げかけられる質問に答えながらも、彼女自身も山田部長と平野先輩を頼りながら自分の勉強を進めていく。とても要領が良く、それでいて努力を怠らない。俺が今まで見てきた人の中でも、有数の努力家なんだろうと、そう感じさせられた。きっと誰も見ていない場所——例えば自分の部屋でも、猛勉強しているに違いない。

 それにしても、本当に人が多い。普段は吹き抜ける風が涼しい廊下だが、心なしか空気がぬるく滞っているような気がする。

 汗で湿った肌がいつまで経っても乾かない。


「もういいだろ。俺は先に行くぞ」


「待って待って一ノ谷君!」


 低い場所からの声と共に、今度は手首を掴まれた。

 一体俺が何をしたって言うんだ。早くここから解放してくれ。


「……一年の階に何の用ですか、平野先輩」


 この人混みの中、その小さな体でどうやってここまで辿り着いたのかはわからないが、見覚えのある長いアホ毛が目の下で揺れていた。


「いやぁ、有馬君が目印になってくれたおかげで何とか来れたよ」


 確かに、桔平は身長が高い上に、体を鍛えているおかげで横幅も並み以上にある。目的地に設定するにはうってつけの人物だ。

 で、何でお前は先輩とハイタッチしている。まさかお前が呼んだんじゃないだろうな。


「一年生も成績優秀者が張り出されてるから、一ノ谷君達を煽ろ——先輩として確認しようと思ったの」


「本音が漏れてますよ。部長の腹黒が移ったんじゃないですか」


「奏さんは腹黒なんかじゃないもん! ちょっと私達より思考が先に行ってるだけだもん!」


 子供のように地団駄を踏む先輩を見ていると、一学年の差なんて、あってないようなものだとつくづく思う。


「それで、一ノ谷君達の成績はーっと……。うわおすっごーい! 有紗ちゃん学年二位なの!?」


「凄いっすよね。部活もやって、勉強もやって、おまけに先生達にも好かれてる。俺には到底真似できないっすよ」


「有馬君、勉強会で一番苦戦してたもんねー」


 勉強会をしていた中で、手がかかったのが桔平と住吉のスポーツコンビだった。

 脳まで筋肉で詰まっているかと思うほど、試験内容の理解を深めるのが遅く、調理部を総動員することになった。

 こうして必死に勉強を教えているところを見ると、去年までの自分と桔平を見ているようで懐かしさを覚えたものだ。

 自分の学力以上の成績をもらっていた桔平は、内申点だけなら県内でも指折りのエリート高校である神手高校を目指すことができた。だが、ただ成績が良いだけでは合格はできない。どうにか入試の点数を上げようと俺に泣きついてきた桔平と放課後に勉強を始めたのが昨年の夏前。

 合格発表を見に来て、二人とも無事に希望校に合格できた瞬間、あいつの努力が報われたような気がして嬉しく感じたのは、絶対に話してやらない俺の秘密だ。


「でも、調理部の一年生で成績が張り出されてるのは有紗ちゃんだけで……」


 ひとしきり騒いだ後、再び成績優秀者の張り紙に目を向けた平野先輩は、あるところまで視線を下げた。

 そして——


「……」


「……何ですか」


 苦虫を噛み潰したような顔で俺を見てきた。

 普段から明るさを全身に纏っているような人が、こうも不満を曝け出すとは。

 今の先輩の感情を形成している原因を推定はできるが、そこまでなるようなことじゃないだろうと思うんだが。


「十五位……」


 ざわざわと騒音が溢れる中、先輩が小さく呟く声が聞こえた。


「不満ですか? 俺の名前が載ってるのが」


「不満とか、そんな子供っぽいことじゃないもん……。ただ、なんかモヤモヤするだけだもん。勉強会見てたら、一ノ谷君が頭いいことなんてわかってたことだし」


 ブツブツと呟きながら、コツンコツンと拳を俺の背中に当ててくる平野先輩。

 痛みのない軽い振動は、昔駄々を捏ねていた妹のことを思い出させる。


「でも……去年の私より成績いいのが納得いかない」


「そんな理不尽な……」


「いいの! 理不尽なのが、先輩の特権なの!」


 理不尽なのは山田先輩で十分だってのに。この人達が卒業するまで、俺は振り回され続けるのか、なんて考えが頭の中を巡る。

 神手高校に入学してから二ヶ月足らずで、なかなか濃密な日々を過ごしてきたが、今後はその濃度が少しでも薄れることを願うばかりだ。


「別に順位なんてどうでもいいでしょう。全員が百点取れば、全員一位ですよ」


「理屈の上ではそうかもしれないけど、それは『できる人』の空論だよ。もしかして、一ノ谷君は自分ができることは他の人にもできて当然だと思ってるんじゃない?」


「そんなことは……」


 これ以上、俺は先輩に言い返すことができなかった。

 反論しようと言葉を思い浮かべても、すぐに霧散してしまう。まったく、出来の悪い頭だ。


「もう……行きます」


 俺は先輩に背を向けて、人混みの中を教室へと踏み出す。

 後ろから何やら先輩が叫ぶ声が聞こえるが、振り向かない。もう次の授業まで時間がない。

 生徒達をかき分けて進み、やっとのことでドアの前まで辿り着いた。

 ようやく……ようやく着替えることができる。

 取っ手に指をかけて教室の中に入ると、


「ほら、早く席につけ。授業始めるぞ」


 既に藤原先生が授業の準備を終えていた。

 くそ、間に合わなかったか。

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