彼らの顛末
御影有紗と本庄かんなによる自作自演のストーカー騒動が解決してから一週間後。中間テスト前の部活動休止期間に入った。
普段は複数人集まって、騒がしい家庭科室も静まり返っていた。
一年生部員のテスト勉強を見てやるからと解放された家庭科室。だが、初日からその予定は明日からに持ち越しになった。
仕方がないと、部員達は図書室に集まることにしたのだが、発起人である山田のみが家庭科室である一人を呼び出していた。
「おう、山田ぁ。問題は片付いたか?」
その人物は、一年五組担任にして調理部の顧問、藤原梓だ。
御影から真尋への相談があった日から、藤原は山田から事情を聞き、動き出していた。調理部で事件を解決するという山田の意向を尊重して、必要以上にことを大きく騒ぎ立てられないように。
そんな彼女の働きかけがあり、御影に対しての噂はストーカーのスの字もない。ただ、真尋のいる調理部に入ったことで、クラス内の一部男子から真尋に対して鋭い目を向けられるようになった。一年五組の変化はそんな些細なものだ。
「それで、結局のところお前はどう事件を着地させたんだ?」
藤原が知っているのは初日の情報と、部員の増加のみ。この短期間で御影、住吉、本庄の三人が入部するという、文化系の部活にしては珍しい事態が起こっているその事実のみだ。
「始まりは、有紗ちゃんが真尋君に相談を持ちかける前——」
本庄は小学生の頃から、御影が他校の生徒に気があることは知っていた。休みの日になれば、度々その誰かのところに行ってくると、本人から聞かされていたからだ。
だが、それがどんな人物なのか、彼女は知らなかった。
顔も見たことがない親友の想い人。その人物が同じ高校、同じクラスにいることを知り、少しでも進展があるようにと、相談を装い接近を図ってはどうかアドバイスを送った。親友の幸せのために。
そのアドバイスを受けて、御影が自分の経験を投影して作った設定が「ストーカー」だった。
存在しない人物を作り上げて、同じ問題を共有していくうちに真尋との距離を縮めようと考えた。だが、予想以上の調理部の介入や御影を心配した本庄の追跡など、彼女の計算外の事象が立て続けに起こり、彼女の意図しない方向へ架空の事件は転がっていってしまった。
「それで、真尋君達の様子はどうなってます? いろいろ問題があったとはいえ、最終的には調理部内だけで事が収まったわけですし」
「そうだな……御影と本庄は入学以来変わらないな。クラスの中心で人を集める力があるのは御影だが、その集まってきた大勢を仕切るのが本庄って感じだ」
御影は良くも悪くも人の目を惹きつける。それは男も女も関係なく。善人も悪人も関係なく。
その悪意から御影を守るため、盾の役割を自ら本庄が担っている。だが、それを御影は理解していない。彼女は無垢であり、他人の悪意に鈍感だった。
それゆえに、本庄の危機意識は高くならざるを得なかった。
「あとは一ノ谷だが……あいつもほとんど変わらんな。自分から他人と関わろうとしない。だが御影や調理部の連中と関わるうちに、あいつではなく周囲の人間の見方が変わってきた」
真尋は入学してから、話す相手は同じ中学校から進学した有馬桔平くらいのもので、あとは近くの席の生徒だけだった。
自分から友達を作ろうとするわけでもなく、かと言って話しかけられることもなかった。彼にまつわる噂が原因で。
中学三年生の時、ある事件をきっかけに彼は周囲の人間から恐れられるようになる。「錨橋のヴァンパイア」。この言葉と共に。
だが、真尋は流れる噂が示すほど過激な人物ではない。むしろ相手への危害を加えるような性格はしておらず、自身に関係のない事柄については無関心な姿勢で一貫していた。
そこで起こったストーカー騒動。無理矢理に彼と御影との間に関係性を構築したことで、自ら閉ざしていた彼の世界は広がり始めた。
その結果、真尋が噂ほどの人物ではないことがわかり、御影の友人の中から彼に話しかける者も現れ出した。
「まったく……仕方ないやつだね、真尋君は。有紗ちゃんのあんな見え見えの好意にすら気がつかないし、感情が欠けているのかと疑ってしまうよ」
「ほう、それをお前が言うのか」
「……どう言うことです?」
「私はな、お前と一ノ谷はよく似ていると思うぞ。相手と自分との間に線を引いて、一歩下がったところから眺めているようなところがな」
「まぁ、そう外れた存在じゃないことは確かなんでしょうね。自覚がないわけではありませんよ」
山田奏はまさに完璧な人間だった。
学力試験を受ければ誰よりもいい点数を取り、スポーツをすれば表彰台に立つ。才色兼備の万能少女として、周囲の視線を一身に集めていた。
それはいいことばかりではない。他者が血の滲むような努力の末に手に入れる事ができる結果や、努力だけでは手に入らないものを、彼女は少し力を注ぐだけで成果を得ることができた。それは周囲から羨望を集めると同時に、嫉妬や憎悪も受け止めなければならなかった。一人で抱え続けなければならなかった。
しかし、それらの感情に耐え切れるだけの強さが彼女にはあった。それさえも持ち合わせてしまった。
そこから彼女は周囲に期待することは無くなった。自分と周りの人とは何かが違うと実感したからだ。期待しても、相手はそれに応えてはくれない。自分ならできるのに。
こうして山田は心を閉ざした。誰にも関心を持つ事ができなくなった。
だがこれは昔の話。山田にはその冷えた心を溶かす人物が現れた。
平野瀬奈。当時は小説を書く事が趣味で生き甲斐の小さな少女。
初めは他の人と同じように、周りよりも優れた自分を珍しがって近づいてきたと山田は思っていた。
だが、来る日も来る日も平野は純粋な憧憬がこもった目で彼女の元へ来た。どれだけ引き離そうとしても。平野の得意分野で完膚なきまでに打ち果たしても、平野の態度は憧れは変わる事なく、むしろ強まるばかりだった。
流石の山田も初めて見る存在に根負けし、平野には側にいることを許した。そして今の彼女に至るわけだ。
「自分と他人との間に壁を張って、不用意な接触を防ぐ。理解できない話じゃないが、教師としては推奨できないな」
「そういう性格を、この件でどうにかできないかと思ったんですけどね」
「それで調理部だけで解決しようとしたわけか。どうせお前のことだ、正確に、というわけではないにしろ結末はわかってたんだろ?」
「何となく感じていた、ってくらいですよ。初めから何か有紗ちゃんの様子には妙な部分がありましたし、私じゃなくても違和感を持っていたはずです」
山田が勘付いていたことは三つ。
御影を苦しめているストーカーは存在しないこと。御影には協力者がいること。そして、御影が真尋に好意を抱いていること。
「考えていたシナリオがないわけじゃなかったけど、この件に関して私が結末を誘導するわけにはいかなかったんですよ。だから、真尋君に任せた。真尋君に気づいて欲しかった」
「食えない奴め。だが、それでこそ私の生徒だ。……私には教師になった時にできた新しい夢があってね。生徒が二十歳になった時に、一緒に酒を飲みたいんだ」
「いいですね、付き合いますよ。真尋君も連れて、似たもの同士三人で」
広い家庭科室で笑い合う二人。
彼女らが集めた調理部員達。
それぞれ何かが欠落してしている部員達。欠けた部分を補い合うかのように。
そんな彼らがこの場で出会った。そして三年間の青い春が始まる。
とりあえずこの話しで区切りになります。
また書きダメが出来次第、投稿する予定です。
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