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急転直下

 綺麗な緑色の抹茶ラテ。甘味とほのかな苦味のバランスがちょうどいい。俺はもうひと口啜ると、隣に座る御影さんの様子を伺った。

 彼女が飲んでいるのは派手な色をした、期間限定のフラペチーノ。呪文のような注文をしていたが、俺にはよくわからなかった。

 ここは神手生御用達のスターバックス。普段の帰り道では通ることのない店だが、今日は山田部長の指示で立ち寄っていた。


「一ノ谷君、よくここに来るの?」


「いや、初めて来た。この場所に店があることは前から知ってたけど、行く理由も機会もなかったからさ」


 とは言いつつも、今まで店に入ろうと思ったことすらなかった。実際に入店して、なんとか注文できた今でも、このおしゃれ空間内に自分がいるのは場違いなのではないかとすら思える。

 少し周りに目を向けてみると、神手生や近隣校の生徒、パソコンを広げてカタカタと何か作業をしている人。

 ……それ、家でできるだろ。


「どうして今日は寄り道しようと思ったの?」


「それは……」


 なんだか今日は御影さんからの質問が多い気がする。

 でも、その質問に素直に山田部長の指示だと答えるのは、多分ダメだ。

 昼休みの終わりに山田部長から言われたことを思い出す。彼女は俺達の後ろをついていくことは御影さんには内緒にするように言っていた。

 何か考えがあるのなら、俺の独断でその計画を崩してしまうわけにはいかない。


「たまには……リラックスするのも大事だろ? 毎日毎日、気を張ってるわけにもいかないし」


「そう言われたらそうだよね。でも、私は調理部のみんなや一ノ谷君と一緒にいられて十分救われてるよ。本当にあの日、君に相談して良かったと思ってるの」


「……そうか、ありがとう」


 真っ直ぐにこちらを見てくる御影さん。その視線に耐えきれず、俺は思わず顔を逸らしてしまった。


「あれ? もしかして一ノ谷君、照れてる?」


「違うそんなんじゃない」


 断じて照れているわけではない。少しムズムズとした感覚に襲われているだけだ。


「でもさ、まさかこんなに一ノ谷君と仲良くなれるとは、入学した時は思ってなかったよ」


「仲良く……なれてるか?」


 仲が良いことの定義とは何なんだろう。

 過ごした時間、共に何かを成し遂げた経験。思いつく要素はいくつかあるが、俺と御影さんではそれらの要件を満たしていないように思える。

 俺と御影さんはただ同じ高校の「クラスメイト」であり、同じ「調理部」に所属する仲。せいぜいそれくらいの関係。

 俺は彼女と仲が良いと言えるのだろうか。


「私は一ノ谷君と仲良くできてると思っているよ。だって、こうして二人で一緒に帰って、二人でスタバに入って、並んで座ってるんだよ。仲が良くない人と、私はこんなことしないよ」


 二人で。頭の中で繰り返される、その短い言葉。

 冷や汗が吹き出た。

 客観的に見てみれば、高校生の男女が二人でスタバに入り、並んで話している。しかも、その女子はストーカーにつけられているときた。

 なんで気が付かなかったんだ。この状況なら、むしろ危険なのは共にいる俺の方じゃないか。姿が見えない相手からの逆恨みほど恐ろしいものはない。


「いきなりでごめん。出よう」


「えっ!」


 俺は御影さんの手を取って椅子から立ち上がった。

 急な俺の態度の変化に驚いて、御影さんは机の上に置いていたスマートフォンを取り損ね、床に落としてしまった。


「あっ、ごめん! すぐ拾う」


 弾んで俺の足元まで転がった彼女のスマホを拾おうと屈んだが、俺が手を伸ばすよりも早く御影さんがそれを拾い上げていた。


「大丈夫か? 画面割れてたり……」


「だ、大丈夫だよ。それより、もしかして……見た?」


「何を?」


「いや、その……何でもない。じゃあ、出よっか」


 俺は彼女に嘘をついた。

 スマホを拾おうと屈んだ時、画面が上を向いて、ホーム画面が映し出されていた。アプリのアイコンが並ぶその奥にいた人物。御影さんの持ち物から見れるはずのない、彼女とは別の人物。その人物を俺はよく知っていた。

 だが……それを問い詰めるのはまた後で、だ。

 スタバを出た俺達は、急ぎ気味で駅へと向かい、ちょうど発車前だった地下鉄に飛び乗った。

 ほっとしたのも束の間、ポケットに入れていた俺のスマホが震える。見てみると、山田部長からのLINEの通知が入っていた。


『駅に着いたら、有紗ちゃんと一緒に降りたまえ』


 俺と御影さんでは、降りる駅は違う。だから普段は、俺が御影さんの家の近くまで送ることはほとんど無い。俺が一緒についていくのは身寄りの駅まで。それは山田部長にも言っている。

 だが今日は一緒に降りろとの指示だ。もしかすると、この電車の中にストーカーが紛れ込んでいるかもしれない。

 下校中の高校生。仕事終わりの会社員。大勢が利用する地下鉄の中で、不審な人物一人を見つけ出すのは困難だ。

 俺は御影さんに不安を過度に抱かせないよう気をつけながら、周囲を警戒しつつ改札を出た。

 そのまま人の流れに乗り、駅の外まで出る。その時だった。


「一ノ谷君! 止まって!」


 背後から聞こえた声。これに反応して振り向いた時、俺と御影さんの間に誰かが走り込んできた。


「走るよ! 有紗ちゃん!」


 声の主——住吉さんが御影さんの腕を取り、瞬く間に駆け出して行った。

 残された俺は振り向いた姿勢のまま目線を動かせずにいた。


「えっと……誰?」


 俺を待っていたのは、山田部長、平野先輩。そして、二人に挟まれて立っている名前も知らない女子だった。

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