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昼休みだよ全員集合

「それで、君は無事に調理部に戻ってこられたわけだ」


「そうなりますね」


 ゴールデンウィークが終わり、連休前までのように家庭科室で昼食をとる。いつもと違うことといえば、珍しく調理部員が全員揃っていることだ。

 今日の話題は連休中にあった出来事。俺と平野先輩がアウトレットモールで会ったことから始まり、今は住吉さんとの勝負の話で持ちきりになっている。

 そう面白い話でもないはずだ。感覚が鈍った体で、たまたまいい当たりが最後の最後に出たに過ぎない。結果はどちらに転んでもおかしくなかった。

 それはそうとして……。


「なんでお前までいるんだ? 俺に付き纏わないんじゃなかったのか?」


「私はもう、一ノ谷君に野球部に戻れなんて言わないよ。君の意思は最大限尊重する。でも、君は私が中学生の頃からの憧れの人だったわけで……」


 そう言って俯いていた住吉さんだったが、これ以上の言葉が出てこず、助けを求めるように山田部長の方へ目を向けた。


「住吉ちゃんからは、今朝入部届を受け取っているよ。君達がどういう関係であろうと、住吉ちゃんは調理部の一員になったわけだ。こうして着実に部員が増えていっているのも、一ノ谷君のおかげだねぇ。よっ、色男!」


「なんでこんなことになってるんだ……」


「せっかく連絡先も交換できたことだし、少しでも一ノ谷君と仲良くなれたらと思って……」


「どんな行動力してるんだ。出会ったの、ついこの間だぞ」


 他人の思考に理解が追いつかない。誰か教えてくれ。


「……ありちゃんのストーカー騒動でバタバタしてたけど、そろそろ中間テストだねー」


「「うっ!」」


 話題が尽き、一瞬訪れた沈黙を塗りつぶすように発せられた平野先輩の一言。このたった一言が、運動馬鹿二名の精神に思わぬ大ダメージを与えていた。


「まさか君達、勉強してないのかい? 初めてのテストだからって、油断していると後で痛い目を見ることになるよ」


「そうなんですけど……部活の方に力を費やしてまして……」


「右に同じく」


 山田部長の指摘に、ばつが悪そうに答える住吉さんと、堂々とそれに同意する桔平。お前はなんでそんな態度になれるんだ。


「仕方ないねぇ。テスト前の部活休止期間に、君達の勉強を見てあげるから、放課後はここに来なさい。真尋君、有紗ちゃんも部屋は開けておくから、自由に使うといい」


「いいんですか! ……でも、先輩の勉強は……」


「心配してくれてありがとう、有紗ちゃん。でも、その辺は安心してくれたまえ。瀬奈は学年二十位以内には入る実績があるし、私も入学以来ずっと学年一位だ。後輩の勉強を見ながら自分の方もこなすなんて、わけないよ」


 ドヤ顔でこちらを見てくる先輩コンビ。特に平野先輩は、普段の言動も相まってやけに腹が立つ顔をしている。


「あっれぇー? もしかして、私のことアホだと思ってた? 思ってたよね? でも残念でした! これでも言葉を扱うプロだよ、プロ。テストなんて、ちょちょいのちょいなんだよねー」


 これはアレだ。反応したら負けなやつだ。言い返せば言い返すほど調子に乗るやつだ。

 鼻高々と伸ばす平野先輩は放っておくことにしよう。


「でも、大丈夫ー? 一ノ谷君、焦ってないように見えるけど、部活頑張ってる有馬君達に成績で負けたら恥ずかしいよー。わ、た、し、が! 一ノ谷君の勉強見てあげようかー?」


 ここぞとばかりに詰め寄ってくる平野先輩。非常に鬱陶しい。


「真尋なら、多分放っておいても大丈夫っすよ。中学の頃から、いろいろ忙しくてもなんだかんだ成績良かったですし。俺と違って、勉強で困ってるところは一度も見たことないんすよね。何をさせても要領がいいんすよ」


「へぇ、文武両道とは恐れ入るね」


「変なキャラ付けやめてください。俺は普通にやってるだけです」


 こう話している間に、昼休みの時間も残り少なくなっていた。教室のある校舎とは別の建物にあるこの家庭科室。早めに出ないと授業に遅れてしまう。


「そろそろ戻りましょうか」


 御影さんの呼びかけで、ぞろぞろと席を立ち教室を出ていく。


「真尋君、ちょっと待ってくれないか」


 みんなに続いて俺も外に出ようと立ち上がったが、最後まで座っていた山田部長に呼び止められた。

 全員を呼ぶわけではなく、俺だけとは珍しい。


「何か用ですか?」


「有紗ちゃんの件でね。中間テストまでには、何かしらの結果を出そうと思ってる。ストーカーの正体についてとかね」


「犯人が誰かわかったんですか?」


「それはまだだよ。いろいろ手は尽くしてるんだがね。だから君達が帰る時に、私も後ろをついていくことにするよ。もちろん、相手にバレないように離れてね。それっぽい人がいたら君には連絡するよ。くれぐれも、有紗ちゃんには内緒で頼むよ」


 指を一本立てて口元に当てる山田部長。彼女のさりげない仕草一つ一つが、まるで絵画のようで効果音まで聞こえてきそうだ。

 一瞬思考が止まった俺の前で、山田部長はくるりと背を向ける。


「期待してるよ、真尋君。この先、いろいろなことが起こるだろうけど、君ならきっと受け止め切れる」


 そう言い残して山田部長は家庭科室を出て行った。いまだに考えがまとまらない俺を残して。

 なぜ今まで静観していたのに、このタイミングで介入しようと思ったのか。やはり何か知っているのではないか。そんな考えが頭の中を巡る。

 ……よくよく思い返してみると、俺が山田部長の考えていることを理解できたことなんてなかった。


「まぁ、いいか」


 何を考えているかわからない人のことに脳のリソースを費やしても、大した利益にならない。山田部長関係のことは考える前に動いた方が良さそうだ。

 結局最後まで家庭科室に残っていた俺。時計の針は授業開始五分前を示していた。

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