表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/33

5 盲目の側妃

「エリーゼが死んだ」


 城に戻ってきたソーベルビアは開口一番、リュミエラにそう告げた。

 疲れた顔をして帰ってきた彼を見て、リュミエラはエリーゼの勝利に胸をなでおろした。


(えぇ、存じております。さすがエリーゼ様! 見事に陛下を騙しなさった)


 リュミエラは心の内でホッと息をつきながらも、表向きには唖然とした表情を作ってみせる。


 一刻前に慌ただしく部屋を出ていった彼を見送って、深夜をまわるこの時間まで、ハラハラしながら待っていたのだ。


 エリーゼが無事であるかどうか――という部分を心配していたのだが、ソーベルビアは良いように勘違いをしたようで、やれやれ、と笑みを浮かべた。


「お前を放って出て行ってすまなかったな。心配をかけた。私は大丈夫だ。ベルホルト宰相に偽装を命じておいた。エリーゼは生きていることにするから、何も案ずることはない。お前も気に病むことはないぞ」

「でも……」

「案ずるな、と言っている。何度も言わせるな。大丈夫、王は私だ。今までエリーゼが掠め取っていた権力も人心も、これですべて私の元に戻ってくる。よくよく考えれば、彼女の死は、むしろ喜ぶべきことだ。これで城内の権力構造が正常化するだろう。裏の女王だなんて、馬鹿げた虚構は消えて良かったんだ」


 ソーベルビアは、まるで自分自身に言い聞かせるかのように口を回した。


 神妙な面持ちで聞き手に徹していると、ふと、彼の手元で何かが煌めいた。


「……? 陛下、何をお持ちになっているのでしょう……?」

「あぁ、正妃のティアラだ。遺体を確認した後、ベルホルト家から回収してきた。お前に授けようと思ってな」

「え……わたくしに?」

「喜べ、リュミエラ。今この時をもって、正妃の位はお前のものだ」

「そんな、わたくしなどが受け取れるものでは……。これはエリーゼ様のものでございます」

「遠慮するな。死者に気後れすることはない」


 強引に押し付けられたティアラを受け取ってしまったが、さり気なく、近くの棚の上に置いて手放した。


 ソーベルビアは苦笑して、リュミエラの頬を撫でる。


「お前はいじらしくて可愛いな。本当に、エリーゼとは正反対だ。あの女の最後の姿を教えてやろうか。実に無様だったぞ。顔はぼこぼこで見れたものじゃないし、みっともなく下半身を晒して、失禁していた。あの状態で棺に入れられるのを想像すると、笑えてくる」


 聞きたくもない。これ以上、エリーゼを(けな)さないで。――と、胸の内だけで反論する。が、もちろん、口には出さない。

 共倒れはいけない、とエリーゼも言っていたし、そもそも勇気もないし……。嫌な話は、適当に聞き流しておく。


「可愛いなどと……お褒めに預かり光栄です。ですが……エリーゼ様が亡くなられたのは、本当に残念でございます。お墓はどちらに……?」

「お前が参る必要はないし、皆の邪推を避けるため、許可は出さぬ」

「……承知しました」


 ソーベルビアが日頃『可愛い』と褒める、従順な顔をして、命令を受け入れた。


 彼は満足そうに頷き、部屋の奥のベッドへと腰掛ける。


「来い、リュミエラ」

「お疲れでしょうに……お好きでいらっしゃいますね」


 うふふ、と、困ったように笑い声をこぼして、彼の隣へと移動した。


 リュミエラは既に寝間着のシュミーズに着替えている。この姿の妃をベッドに呼んだということは、そういうことである。夜を共にするつもりらしい。


 隣に座ると、すぐに力強い腕に羽交い絞めにされた。じゃれるような口づけは、徐々に深くなっていき、ベッドに上体を押し倒される。


 胸を鷲づかみにされて、リュミエラはもがくように体をくねらせた。


「陛下、痛いです……っ。あぁっ……痛い、痛い……っ……もう少し、優しく……あぁっ」


 首を振って目を潤ませると、ソーベルビアはさらに息を荒げていった。

 

 あぁ、痛い、そんなに激しくしないで――……なんてね。


(このペース感だと、今夜は早く終わりそうね)


 リュミエラは冷静な頭で、()が終わる時間を計算し始めた。


 実際は胸など揉まれても何とも感じない。騒ぐほど痛くもないし、もちろん気持ち良くもない。


『王は加虐趣味があるから、「痛い痛い」と言いながら嬌声(きょうせい)を上げて、身をくねらせていたら、すぐ満足して早く終わる』、との教えは、エリーゼから(たまわ)ったものだ。側妃に上がった時に教えてくれた技である。これまで、ずいぶんと助けられてきた。


(そう、すべてはエリーゼ様の手のひらの上。陛下は転がされているに過ぎない)


 そして、自分も喜んで彼女の手のひらに乗っている。


 すべてはエリーゼの手のひらの上。今までも、これからも。彼女の手のひらの上で、この国はつつがなく回っていく。これ以上に素晴らしいことはない。


(……今回の暴行事件と、エリーゼ様の策には驚いたけれど。うん、きっと大丈夫よね)


 エリーゼは強い人だ。唯一無二の、完璧な存在だ。きっと何もかも平気なのだ。

 自分は何も心配することはない。(あるじ)たるエリーゼの言う通りにしておけば、すべて上手くいく。


『新しい王を連れて来い』という、彼女のとんでもない命令も……緊張はするけれど、きっと何てことないに違いない。


 もし失敗しても、彼女は生きているのだから、泣きつけば助けてくれる。


(早く新王が立って、エリーゼ様が帰ってきたらいいなぁ)


 正妃のティアラはエリーゼのものだ。自分はその輝きを、一歩後ろに控えた位置から見上げているのがいい。


 その位置が、側妃の位置が、一番しっくりくるから。


 城内のいざこざの矢面に立たされることなく、落ち着ける位置。心が軽くいられる位置。気楽で、安全で、守ってもらえて、可愛がってもらえる位置なのだ。


 大好きなエリーゼに、思い切り愛してもらえる位置――。


 けれど、そのエリーゼが無事に城へと帰るためには、自分もやらなければならないことがある。本音を言えば、少々面倒な気持ちもあるが……彼女に嫌われてしまうのは嫌だから、頑張ろうと思う。


 指示通りに動けば問題はないはず。彼女のやることは、いつだって間違いないのだから。彼女を信じている。


 自分はエリーゼの手のひらの上で、くるくると操られる人形でいればいい。



 ソーベルビアに代わって新王が立ち、帰ってきたエリーゼが正妃として隣に立つ。そして自分は、一歩下がった位置で、今までと同じ側妃の位におさまる。

 

 その位置が、一番心地が良いから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ