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31 帰城と魔法の終わり

 ソーベルビア王の崩御と、王権交代の知らせは、数ヶ月をかけて国中を駆け巡った。


 さらに、ジル=ハイコの大事件と相まって、様々な憶測を呼び、大変な騒ぎとなっている――……とのこと。


 伝聞の形なのは、エリーゼが身を潜めて、極力外に出ないようにしているからだ。あの事件の後、エリーゼとフレーゲルは領主の屋敷に(かくま)われたのだった。


 領主フィデリオの厚意に甘え、怪我を癒しつつ――……見舞いがてら、ちゃっかり仕事を寄越すネッサも一緒になって、騒動が落ち着くまで、皆で研究やら論文やらに勤しんでいた。




 そうして、ようやく世の中の空気もおさまってきた頃――。

 まとめられた論文を携えて、エリーゼは王都に足を運んだのだった。


 ネッサの後援者へ論文を提出するのと、新王ならびに妃の、引見のご所望に応えるために、城へと上がる。


 悲願叶っての、帰城である。


 エリーゼにとっては故郷への帰省みたいなものだが、隣の男にとっては、観光旅行のような心地らしい。

 フレーゲルは馬車の窓にへばりつき、王都の風景に夢中になっていた。


「ジル=ハイコは都会だと思ってたけど……俺は騙されてたみたいだ。王都と比べたら全然、田舎街じゃないか。これこそが真の大都会だ!」

「王都と地方都市を比べるのではありません。フィデリオ様に失礼ですよ。というか、あまりよそ見ばかりしないよう。一応、あなたはわたくしの護衛として、隣にいるのですからね」

「もちろん、わかっておりますとも! 護衛、頑張ります。――あ、あの建物は何? 行列ができてる!」

「……わかってない」


 エリーゼは隣に座るフレーゲルの膝をペシリと叩いたが、彼はそんなやり取りすらも楽しんでいるらしく、目を細めていた。


「そろそろベルホルト家の屋敷に着きます。ほら、あの建物」

「うわ、でっか……! 金持ち屋敷だ……! リセって、本当に尊い身分のお貴族様なんだな……なんか、緊張してきた」


 ジル=ハイコからの数日の旅を終え、馬車は実家の門前に停められた。

 既に使用人たちが到着を待っていて、盛大な出迎えを受けることになった。


 並び立ち、敬礼する使用人たちの前を通って、堂々と玄関へと歩を進める。フレーゲルは後ろの方で身をすくめていたが、まぁ、こういうのは習うより慣れろ、である。


 玄関ホールに入ると、家族や上級使用人たちが明るい声を上げて出迎えてくれた。

 兄、母、家令、執事、そして付き合いの長い侍女たち。さらには――……父も、抱擁の挨拶を交わしてくれた。


「ただいま帰りました! お父様、お母様、お兄様! 皆、再会を嬉しく思います……!」

「よく帰った、エリーゼ! 本当に、よくぞ無事に生きて帰ってくれた……!」

「お父様も、お元気になられて何よりです!」


 父はソーベルビアに死の命令をくらったものの、九死に一生を得たのだった。散々暴行を受けた後だったため、自死の剣がおぼつかず、致命傷には至らなかったのだとか。不幸中の幸いだ。


 怪我の後遺症により、杖が必要な体にはなってしまったが、その程度で済んだのは奇跡と言えるだろう。

 

 兄と母とも抱擁を交わし、一家の無事と再会を喜び合った。


 そうして、ひとしきり言葉を交わした後、端の方でコソッと荷物を持ち、待機していたフレーゲルの背を押した。


「こちらがわたくしの護衛騎士です。魔王から救ってくださったの」

「ええと……フレーゲルと申します。どうも~……」


 家族の前にグイと押し出して紹介すると、彼はあっという間に取り囲まれた。


「君がフレーゲルくんか……!!」

「エリーゼを助けていただき、何とお礼申し上げればよいか……!」

「あらぁ~! 想像の百倍、男前だわ! なんて素敵な騎士様!」


 事の次第は、既にすべて家族と共有している。フレーゲルの勇姿と手柄も、事細かに手紙に綴り、伝えてある。その上での初対面だ。


 娘の命を救った騎士を迎えて、家族の高揚は最高潮といった様子。彼は皆に揉みくちゃにされて称賛を受けていた。


 家族というものを知らない彼にとっては、未知のイベントだろう。人間に手放しで可愛がられて撫でまわされている、犬っころみたいになっている。オロオロ、ニコニコ、はわはわしながら尻尾を振っていた。――ように見えた。


 揉みくちゃの輪の中から母が顔を出し、見守っていたエリーゼに問いかける。


「この後のご予定は? 屋敷で休むのなら、お茶の用意を――」

「いえ、家族での茶会は後でお願いします。先に用事を。新王の御目にかかる約束があるのです」

「まぁ、それはそれは。お忙しいこと」

「腰を下ろすと、逆に疲れが出てしまいそうなので……もう、すぐにでも、支度をして城へ向かいます。フレーゲルも連れて行きますので、彼の身支度の手伝いをお願い」


 控えている使用人たちに命を出すと、キビキビと動き始めた。


「えっ、俺も……!?」

「服は私のものを貸そう。ちょうど合いそうだ」

 

 兄がフレーゲルの肩を押し、部屋へとさらっていった。


 エリーゼも侍女たちを連れて自室へ向かい、久しぶりに足を踏み入れた。


(死体を演じた時以来ね)


 なんだか懐かしい心地だ。テーブル、ソファー、ドロワー、ベッド――。室内はあの日のまま。荒らされたベッドまわりは、しっかりと整えられていたけれど。


「エリーゼ様、ドレスはどちらをお召しになりますか?」

「それじゃあ、これを」


 持ち寄られたドレスを見回し、あの日に身に着けていたものと同じものを選んだ。


 飛び散った血の汚れは、綺麗に落とされている。使用人たちの仕事に感謝し、報いるためにも、このドレスで身を飾ろうじゃないか。


 同じドレスをまとって、城内を歩いてやるのだ。感慨深さもひとしおというものだろう。


 簡素な平民服を脱ぎ、手を借りて煌びやかなドレス姿へと身を変える。


 体には、未だ暴行の跡が残ってしまっているけれど、使用人たちが化粧で上手く誤魔化してくれた。皆に嘆かれながらの着替えとなってしまったが……生きているだけで、良しとしてほしい。


 それよりも、ドレスを着るにあたり、久しぶりのコルセットの締め付けの方が難儀であった……。でも、背筋が伸びて気合いが入る。この心地は嫌いではない。

 

 化粧と髪を整え、アクセサリーを合わせて、『女王エリーゼ』が仕上がった。――ただ一つ、頭を飾るティアラだけは欠けていて、以前のエリーゼとは違う仕上がりとなったけれど。



 支度を済ませてロビーに戻ると、既にフレーゲルが待っていた。彼はエリーゼを見るなり、目を大きく見開いた。


「わっ……! す、すごく綺麗だ……! お姫様……いや、妖精にたとえた方がしっくりくるか。いや違う、あれだ、女神様みたいだ……! 美しい……」

「また恥ずかしげもなく、ナンパな口説き文句を……。でも、ありがとう。あなたも素敵ですね。煌びやかな王城騎士みたい」

「こんなに良い服を着たの、初めてだよ……落ち着かない」


 フレーゲルは黒い騎士服姿へと変わっていた。体格の良さも相まって、とてもよく似合っている。この姿だと黒革の眼帯も馴染んでいて、むしろ平民服よりもしっくりくる。


 けれど、フレーゲルは飾りのマントをそわそわと揺らして、弱気な言葉をこぼしていた。


「やっぱり俺は屋敷で待ってるべきじゃ……。城に上がるなんて、場違いすぎない?」

「護衛騎士が(あるじ)の側を離れてどうするのです。平民が城に上がる機会なんて滅多にないのだから、よい経験になるでしょう。社会勉強として、ついていらっしゃい」


 ピシャリと命じると、フレーゲルは複雑な面持ちで返事を寄越した。


「……まぁ、でも、最後の機会か。リセ……いや、エリーゼ様にお供できるなんて。わかったよ、社会勉強、頑張ります」

「よろしい」

「ついでにもう一つ、良ければ、勉強させてもらいたいことがあるんだけど」

「あら、熱心だこと。何かしら? 城でのマナーなら、この後教えますけど」


 首を傾げて顔を覗き込むと、彼は顔を赤くして目を泳がせた。一呼吸の間を空けてから、思い切った様子で願いを口にする。


「貴族の恋愛を、体験してみたい。人生経験として。せっかくこんな良い服を着て、城に上がるのだから……煌びやかな貴族の恋人ごっこをしてみたいんだ。お姫様みたいな、あなたと」

「まぁ、恋人ごっこ?」

「笑わないでくれよ。一生縁がないんだから、ちょっとくらい夢見てもいいだろう」


 夜会や舞踏会、煌びやかな貴族たちの世界――。そんな場所での恋愛に夢を見るのは、少女たちだけだと思っていたけれど……そういえば、この男も見た目によらず、乙女じみたところがあったのだった。


「ふふっ、わかりました。それでは、今から、わたくしたちは『(あるじ)と護衛』ではなく、『恋人同士』ということで」

「……っ!」

 

 エリーゼは早速、フレーゲルの腕に自身の手を絡めてみせる。体を寄せ、距離をピタリとなくして歩き出すと、彼は照れと緊張で頬から耳までを紅潮させた。

 

「さぁ、城へ向かいましょう。扉をくぐる時は女性を先に通すこと。馬車の乗り降りのエスコートも忘れずに」

「は、はい!」


 不慣れでギクシャクしてはいるが、彼のエスコートで歩くのは存外楽で、心地良い。形だけの振る舞いではなく、根底に優しさと愛があるからだろう。


 階段でスカートを踏まれたことは、咎めないでおいてあげよう。転びそうになったけれど、しっかりと腕の中に受け止めてくれたから。






 馬車は大通りを進んでいき、ほどなくして王城へと至った。

 フレーゲルの肘に手を添えて、豪奢な正面玄関の扉を潜り抜ける。


 頭上には輝くシャンデリア。足元は磨き上げられた白い石床。繊細な彫刻をほどこされた柱に、金箔が散りばめられた壁画――。


 使用人や衛兵たち、通りがかった臣たちは、ビシリと敬礼をして控え、エリーゼに道を開ける。


 豪華絢爛(けんらん)にして、厳粛な空気にも満たされた城内を見回し、感慨深さにため息を吐いた。


(あぁ、帰ってきた。わたくしは、生きて帰ることができたのだ)


 屍に成り果てて帰ることになると思っていたのに……こうして自らの歩みをもって、帰ることができた。この感動は筆舌に尽くしがたい。


「ご機嫌麗しく存じます、エリーゼ様。陛下とリュミエラ妃殿下(ひでんか)がお待ちです。どうぞこちらへ」

「えぇ」


 出迎えた上級使用人の案内を受けて、廊下を歩き出した。



 凛と胸を張り、何一つとして気後れを感じさせない、澄ました顔をしているエリーゼ。そんな、傍らの貴婦人を見て、フレーゲルは密かに、ため息と苦笑をこぼした。


(……ここが、リセの生きる世界なんだ)


 本来の彼女が生きる世界。想像はしていたけれど……自分の貧相な想像力など遠く及ばない、別世界が広がっていた。


 実際に足を踏み入れ、目で見て、思い知らされた。生きる世界が違うことを。


 あまりに煌びやかで……自分の片目には、眩しすぎる――……。


 迷い無く歩を進める彼女に合わせて、廊下を進んでいく。もうあと数十歩も歩けば、恋人ごっこは終わる。


 自分の側を離れ、彼女はあるべき場所へ――……玉座の隣へと、収まるのだろう。


 終わりが訪れる前に、耳元に顔を寄せて、最後にコソリと囁きを贈ることにした。


「リセ、楽しいひと時をありがとう。愛してる」

「そういう言葉は、もっと雰囲気のあるところで囁くものですよ。でも、せっかくなので、宝箱にしまっておいてあげましょう」


 そう言って、エリーゼが悪戯な顔で笑った時、目的の部屋の前に着いた。

 肘に絡んでいた手は解けて、魔法の時間は終わりを告げた。


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