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29 魔女の研究

 キャンが茂みから飛び出して、真っ直ぐに庭へと駆けていく。ネッサが迎えて抱き上げ、こちらを向いた。


「あぁ、戻ってきたね。リセと……フレーゲル、かい?」


 ズタボロの体をマントで隠したエリーゼの隣には、葉の付いた小枝を手にして身を隠す、フレーゲルが並んでいる。


 二人とも異様な様相だ。特にフレーゲルの方は、異形の体を隠そうとしても、まったく隠しきれていない。頭から生えた鋭い角と、背に負った大蛇が丸見えだ。


 ネッサは目を(みは)り、未だ庭に居残りしていたピスカ、プカ、パックの三人も、子供らしい素直な驚きの声を上げた。


「わぁっ!」

「真っ黒おばけだ!」

「角生えてる! あとなんか、ニョロニョロしてる! うわぁ~!!」


 少年たちの声に怯み、フレーゲルは茂みの中へと後退った。エリーゼが庇うように前に出て、どうにか上手い説明を捻り出そうとしたが――……その前に、少年たちは続きのお喋りを始めてしまった。


「すっげ~! 強そう!」

「ネッサ博士と一緒じゃん!」

「フレーゲルも秘密の薬飲んだの!?」

「…………は……?」


 何を言っているんだ……? と、エリーゼとフレーゲルは二人で声を合わせて、疑問に首を傾げた。


 キャッキャとはしゃぎ出した少年たちの頭をペシペシと叩いて、ネッサは眉を吊り上げる。


「こらー! 口の軽い悪ガキどもめ! 秘密だって言ってるだろうに! 街中で軽口を叩いたら、鍋に放り込んで食ってやるからね!」

「ぎゃはははっ、怖ぇ~!」

「魔女に食われるぞ!」

「逃げろ~!!」


 三人組はふざけながらパタパタと走り出し、帰っていった。夕日に照らされた背中を見送り、ネッサはやれやれ、とこちらを向く。


「リセ、フレーゲル。まずは『おかえり』と、言っておこうか。二人とも、よく帰ったね。さぁ、そんなところに突っ立ってないで、家にお入り。中で話そう」


 ネッサはいつもと変わらない飄々とした笑みを浮かべ、小屋の扉を開けた。


 彼女の笑顔に、態度に、どれほど救われる心地がしたか……たとえようのない安心感が胸に湧き、肩の力が抜けていく。


 エリーゼとフレーゲルは促されるまま、家の中へと歩を進めた。



 倉庫代わりに使っていた小屋を、居住用にするべく、整理している最中である。まだ引っ越しの片付けが済んでおらず、室内は荷物でごちゃごちゃしている。


 ネッサは研究道具が詰め込まれた箱を漁って、何かを探し始めた。その間に、広場での一件を手短に報告した。


「かくかくしかじか――……というわけで、フレーゲルに助けていただき、わたくしは死なずに済みました。代わりに、彼がこの姿に……」

「運のめぐり合わせってのは、わからないものだねぇ……」


 しみじみと哀れみながら、ネッサは荷箱の中から一つの瓶を取り出した。瓶の中には真っ黒な液体が入っている。


「あぁ、あったあった。やれやれ、まさかこんな身近なところで、研究が役に立つ時が来るとは……本当に、わからないものだよ」

「博士、それは……?」

「なんだか、うごめいてるように見えるんだけど……俺の気のせい?」


 瓶詰めの異様な液体を前にして、二人は怪訝な顔をした。先ほど少年たちが口にしていた『秘密の薬』とは、まさか、これのことだろうか。


 エリーゼは以前、こぼしたところを覗き見してしまったことがある。あの時の液体と同じものか。


 ネッサはカップに液体を注ぎ、何てことない調子で言ってのけた。


「さて、あたしの研究をお披露目しようか。お前さんたちの役にも立つだろうさ。説明するより、見てもらった方が早い。この液体を飲むと、こうなるわけだ」


 カップになみなみと注がれた闇色の液体を、彼女は一気に飲み干した。


 すると、途端に、とんでもない変化が起こり始めた。

 ネッサの肌は黒いインクが滲むように、じわじわと(まだら)に変色していき、頭には角のような尖りが伸びてきた。

 彼女の綺麗なオッドアイ――オレンジ色の左目は、色を濃くして赤に近くなっていく。


 ほどなくして変貌は止まり、ネッサは人と異形の中間くらいの様相に落ち着いた。その姿は、フレーゲルとも似ているように見える。彼ほど酷くはないが、明らかに、人ならざる見た目だ。


「あたしは魔物の研究をしているんだ。見ての通り、あまり褒められた研究方法じゃないから、コソコソやってるわけだが」

「魔物の研究……」

「魔物の呪いがどう進むのか、この身をもって実験している。いつもは少量をコーヒーに混ぜて飲むんだが、原液を一気に取り込むと、こうなっちまう」

「うげぇ……博士、まさかその原液って……」

「魔物をぐずぐずに溶かしたものさ」


 さらっと明かされたが……エリーゼとフレーゲルは顔を引きつらせてしまった。


「どうやら、呪いは眼球に蓄積されていくらしい。片方ずつ進行し、犯された目は、やがて魔力を宿すようになる」


 ネッサのオッドアイは、この呪いの実験によるものだったらしい。自分を被検体にするとは……とんでもない学者だ。


「――と、あたしの実験では、そこまでのデータしか得られていないが、フレーゲルはその先までいっちまってるようだね。こりゃ興味深い」

「俺は被検体じゃないぞ……」

「研究者としては、行きつくところまで見てみたい気もするが……まぁ、意地悪はしないでおいてやろう」


 フレーゲルはエリーゼの後ろに隠れて、ネッサの不敵な笑みから逃げた。異形の二人に挟まれて、エリーゼは視線を往復させる。


「でも、博士は日頃から呪いを取り込んでいたのに、どうして人の姿を保てていたのですか?」

「答えは簡単だ。呪いに対抗する魔法を身に着けているからだよ」

「そんな魔法が……!?」


 この国において、魔法を使えるのはバルド王族だけだ。もう一人、異形化したフレーゲルも、意図せず魔法を放っていたが……(おおやけ)には王族だけということになっている。


 他国においても同じで、魔法を操ることができるのは、ごく一部の人間のみである。だというのに、ネッサは魔法が使えると言う。


(もしかして、ネッサ博士はとんでもなく尊い血族ということ……!?)


 ごくりとつばを飲み込んで、続く言葉を待つ。が、彼女は何てことない風に説明し出した。


「魔法と言うと大げさだね。言い換えよう。呪いに対抗する力とは、『(まこと)の愛』さね」

「愛? そんな、子供だましのような……」

「馬鹿にしちゃあいけないよ。古い伝承にも、愛の口づけで解呪に至る話がよくあるだろう? 愛情ってやつは、古くから人々の暮らしに根付いている、魔法の一つなんだよ」


 エリーゼは怪訝な顔をしてしまったが、ネッサはその反応すらも予想していたらしく、肩をすくめてみせる。


「目に見える物質しか信じない、頑固な学者たちには、戯言だと笑われるがね。形がないから証明しにくいってところが難儀でねぇ。でも、こいつは魔物の呪いにも、よく効くようだ。あたしがこの身体で証明している」

「愛による解呪の証明……ですか?」

「えっ……!? まさかネッサ博士、恋人でもいるの!?」

「あぁ、いるとも。(まこと)の愛を交わす相手が、ほれ、そこに」


 視線は足元へと落とされて、のん気な笑顔で尻尾を振っているキャンが、小首を傾げた。ひょいと抱き上げながら彼女は言う。


「あたしは犬が大好きでね。毎日尽きることなく、愛情が湧いてくるのさ」


 キャンを抱きしめて、ふわふわの頬に口づけをしてみせた。

 その瞬間――。驚くことに、彼女の角や肌の黒ずみが、煙になって消え始めた。


 キスに応えたキャンが、ペロペロと頬を舐めているうちに、呪いは霧散して、ネッサは元の姿を取り戻した。色違いの左目すらも、元々のグレーに近い色へと戻りかけている。


「まぁ! 本当に解呪が!」

「どうだい、信じるに値する魔法だろう? 胸の中を(まこと)の愛で満たすこと。フレーゲル、お前さんにもできるんじゃないかい?」

「……っ」


 ニヤリとした笑みを向けられて、フレーゲルはハッとし、たじろいだ。そんな彼をよそに、エリーゼは喜んで顔を寄せた。


「ありがとうございます、ネッサ博士! さぁ、フレーゲル。あなた、わたくしのことを好いておられるのでしょう? どうぞ、口づけを。呪いを散らせるかもしれないわ」

「待っ、えっ……キスしろって……!? ……ほ、他に方法とかは……!?」

「何を躊躇(ためら)っているのですか。他に選択肢などないでしょうに」


 たじろぐフレーゲルの両手を取って、エリーゼは自身の頬に添えさせた。彼は赤い目を見開いて固まっていたが、意を決したように、ゆっくりと顔を寄せてきた。


 エリーゼは目をつぶり、口づけを待つ。……――が、いつまで待っても、唇が触れる気配がない。


 待っているうちに、何だかこちらまでドキドキしてきてしまって、たまらずにチラリと目を開けた。


「……焦らさないでください。照れるでしょう」

「可愛いことを言わないでくれ……余計のぼせる……」


 頬に添えられているフレーゲルの両手が酷く熱い。……いや、彼の手だけでなく、もしかしたら自分の頬の熱も、同じくらいになっているかもしれない。


 もう一度目を閉じると、ほどなくして、今度こそ顔を寄せられた。

 頬の、唇の端をかすめたあたりに口づけをもらい、柔らかな感触と熱に、胸が鳴る。


(唇を重ねてしまってよかったのに。まったく、気が小さいのだから)


 こぼれそうな苦笑を堪えて、口づけを受け止めた。


 フレーゲルの体からは黒い煙が立ち上り、肌から闇色が抜けていく。角と背中の蛇たちも、スルスルとほどけて消え、左目は元の緑色へと澄んでいった。


 解呪の煙が止んだ頃、フレーゲルはそっと顔を離した。


 右目の赤色(せきしょく)と硬化は解けず、利き腕にも黒い斑模様が残ったままになってしまったけれど――……ひとまず、人の姿は取り戻した。


「も、戻った……!」


 フレーゲルは目を丸くして、自分の体を見回す。肌の変色は九割方戻ったが、代わりに、顔が真っ赤に染まってしまっていることには、触れないでおいてやろう。


 エリーゼもホッと胸をなでおろし、フレーゲルの手を取って共に喜んだ。ネッサも彼の背中をポンと叩いて言う。


「ははっ、いい実験体が手に入った。まとめてた研究データが燃えちまったから、お前さんにも手伝いを頼むよ」


 フレーゲルは笑みをこぼしかけたが……すぐに複雑な表情を浮かべて、肩を落とした。


「でも……俺は人を殺しました。たくさん……。そんな無法者と仲良くしてていいの……?」


 しゅんとしたフレーゲルに、ネッサはふんと鼻を鳴らしてみせる。

 

「あたしは人道主義者じゃないんでね。孫のように可愛がってた同居の娘をボコボコにしやがった連中なんぞ、死んじまったところで、ざまぁねぇや! としか思わんよ」

「まぁ、お口が悪いこと」


 ボコボコの姿のエリーゼも、クスリと不敵に笑ってみせた。


 エリーゼもネッサも、凛と背筋を伸ばして立っている。背中を丸めているのはフレーゲルだけだ。


「……とんでもない人たちと知り合っちゃったんだな、俺……」


 今更ながら、そんな事実を実感して、ぼそりと独り言をこぼしてしまった。ついでに小さな笑みと、ほろりと涙もこぼれ落ちた。


 なんだかんだで、自分の未来は良いように続いていくらしい。良いのか悪いのかわからないけれど……もう引っ張られるままに、彼女たちについて行ってしまおう。


『なるようになれ』――人生は意外と、そういう思い切りが、一番大事なのかもしれない。本のどこかの章にも、そんなことが書いてあったと思う。


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