25 王殺しの宣告
ソーベルビアは日の出と共に城を発ち、私兵隊を率いてジル=ハイコへと向かった。
ほどなくして開かれた議会にて。リュミエラは空いた王の席に座り、集まった臣たちに語ったのだった。
「ソーベルビア陛下には、もう世継ぎが期待できないでしょう。彼は魔法の力を妄信し、もはや手放すことができなくなっている。魔力に犯され続ける身では、子は成せないし、寿命もたかが知れている。――そこで、わたくしは皆様に問いたい」
会議室を端から端までぐるりと見回して、皆の耳に届くように提起した。
「次の王を擁立してはどうか、と。――いや、問いかけではなく、これは命令である。わたくしは玉座に新王を据えることを考えています。陛下が都を出ている、この間に」
はっきりと言い放つと、臣たちは大いに面食らい、どよめいた。
「なんてことをおっしゃるのだか!」
「陛下のお耳に入ったら、とんでもないことになりますぞ……」
「議会が処刑場になってしまう……!」
ざわざわと騒がしい声が響く中、席を並べている宰相陣からも苦言を呈された。
「妃殿下……滅多なことを口になさるな。陛下のご寵愛を受けておられるあなたとて、無事では済みませんよ」
「覚悟の上です」
リュミエラは立ち上がり、冷や汗を流している皆に向かって檄を飛ばす。
「皆が王を恐れて、口を慎む気持ちはわかります。でも、いつまで、その怯えに甘んじているのでしょう。どんなに媚びへつらおうとも、結局、一度機嫌を損ねれば、ベルホルト宰相のようになるのです。このまま理不尽な恐怖に耐え続けることに、果たして利があるのでしょうか」
「しかし……そう申されましても、支配魔法を操る王族に逆らうなど……」
「そうやって皆が怯え切って、バルド王族の顔色をうかがっている内に、どれだけ国力が落ちたか。近年は他国の干渉も増えている。明日にでも、侵略兵を差し向けられるかもしれません。これ以上、王家にへつらい、むざむざ国を衰えさせてはいけない」
テーブルに力強く手をつき、渋い顔をしている臣たちに訴えかけた。
「今こそ勇気を振り絞り、支配から脱する時です! わたくしの策をお聞きくださ――……」
「はっ、口だけのお妃様は気楽なものですな」
今後の策へと話を移そうとしたのだが――……初老の臣が鼻で笑い、皮肉めいた言葉を被せてきた。
彼の言葉を皮切りに、各所でボソボソと愚痴や揶揄の声が上がり始める。
「いやはや、本当に。策もなにも、どうせ動くのは我々だ」
「陛下に歯向かうなど……業火に飛び込むようなものだろう。危険に身を晒したくはない」
「ははは、リュミエラ妃殿下よ。さてはエリーゼ妃殿下が逃げ出して、正妃に上がるチャンスだと息まいているのですか?」
「世話になってきただろうに、恩知らずな側妃様だ」
緊迫した空気から逃げるように、話を茶化して笑い出す者まで現れた。
老臣たちの聞き捨てならない雑談が耳に届き、思わずスカートを握りしめてしまった。
(……あなた方に、わたくしの気持ちの、何がわかるというのか)
怒鳴りつけてしまいそうになったが、唇を噛んで耐えた。
生まれた瞬間から定められていた、辛く厳しい妃の道。そんな過酷な道の上で、エリーゼだけが、幼い自分の手を引いてくれた。共に歩いてくれたのだ。
家族すらも他人事のような応援しか寄越さない中で、彼女だけが、どんな時も手を握ってくれていた。唯一、甘えられる相手だった。
彼女の存在がどれほどの励みになったか。どれほど頼もしかったか。どれほど愛おしかったか。
本当に、大好きだったのだ。心から愛していた人だった。
その愛と甘えに盲目になり、道を違えることになり、仕舞いには見殺しにしても、為すべきことを為さねばならないところまで来てしまった。
このやりきれない後悔を……何も知らない者に、ヘラヘラと嗤われてたまるものか。
なおも軽口を飛ばす臣たちを睨みつけたが、彼らは、からかうように肩をすくめてみせた。
「くだらない女の意地争いに、我々を巻き込まないでいただきたい」
「命じるだけで、どうせ中身のない策でしょうよ。むざむざ陛下に目をつけられるのは御免こうむりたい」
「ははは、まったくだ」
笑い声を遮って、リュミエラは凛とした大声を響かせた。
「口を慎め、無礼者め! わたくしが何もせずにきたと思うたか。新王権の擁立にあたり、既にオトフリート辺境伯家と盟約を取り結んでいる。彼の家との縁をもって、新たな王を玉座に据える予定である。ソーベルビア陛下は、もう城へは戻らないだろう」
「何……っ!?」
「オトフリート家と……謀反を……!?」
「陛下は城へは戻らない、って……まさか、王殺しをなさる気か!?」
人々は大いにざわめき、室内の空気は一変した。
「辺境伯家が玉座に……? 今まで都の政には、口を出さずにきた連中なのに……どういう風の吹き回しだ? というか、いつの間に……!?」
「陛下を謀って赴き、わたくしが自ら密約を交わした。わたくしも既に渦中にいるのだ。皆に任せるだけで、安全なところから高みの見物をしようなどという気は、さらさらない。むしろ、今、最も死に近いところにいる逆賊の親玉だと自負しているが、まだわたくしに物申したい者はいるか?」
そう言い放ってやると、揶揄の声はあっという間に止んだ。
茶化され、緩みかけた雰囲気は引き締まり、ピリピリとした緊迫感に包まれた。謀反が本気なのだと伝わったようで、臣たちは神妙な顔で考え込んでいる。
「オトフリート家……確かに力のある家だが、最果ての辺鄙な土地の貴族が、玉座に着くのは……」
「血生臭い家ですし……。もっと、こう、都の貴族たちの中から擁立してはいかがでしょう」
重鎮たちは渋い声をこぼした。都の貴族たちにとっては、縁の薄い遠方の貴族家を城に迎えても、直接的な利益がない。王を倒してもらえれば、脅威からは解放されるだろうが、それだけだ。
まだ先のことだというのに、後々の利益にまで考えをまわすのは、浅はかに思えるが……彼らの難色を取り払うためにも、ここは一つ、良い情報を出してやろう。
「わたくしが候補としたのは、オトフリート家末子のウルリヒ様だ。彼はまだ十六歳の身。柔軟な若き王ならば、城暮らしにもすぐに馴染むことだろう」
「ほう! 次男の騎士隊長あたりと縁を繋がれたのかと思いましたが、三男ですか。それはそれは」
宰相の一人がニヤリと笑みを浮かべた。若い王ならば、自分たちがいいように操って甘い汁を吸えるのでは――という期待が湧いたのだろう。
しょうもない欲だが……今はその気持ちを利用させてもらう。実際には、そう簡単に付け入らせはしないけれど。
宰相陣が良い反応を示すと、議会の風向きが変わってきた。すかさず、今後の動きを皆に伝える。
「辺境伯家にはもう、早馬の知らせを出している。陛下がジル=ハイコから戻るまでに、討伐の軍を間に合わせる。関所の大橋を落として帰路を遮り、時間を稼ぐつもりだ。王都に至る街道で襲撃する」
「上手くいくでしょうか……? 以前にも王家に謀反を起こした者はいましたが、皆、魔法にやられています」
「陛下の支配魔法は、数と勢いで乗り切るしかない……。オトフリートの騎士隊に応援を要請した。死をも恐れず、魔物と渡り合う勇猛な戦闘集団だ。彼らの奇襲に賭ける」
「祓魔の騎士隊ですか……。いやはや……本当に、王を討つおつもりなのですね……」
「えぇ」
ゴクリ、とつばを飲み込む臣たちを見遣って、もう一度、改めて、宣言した。
「リュミエラ・ヴィクトール・バルドは、これより王殺しを行う。そして、わたくしは正妃として、新たな王をお支えする。すべての責任はわたくしが負おう! 意見を異にする者はいるか?」
堂々と言い切ったリュミエラの頭には、豪奢なティアラが据えられている。誰もがその輝きを真剣な面持ちで仰ぎ、もう、嗤いをこぼす者はいなかった。
が、しばらくの沈黙を経て、ポツリと一言だけ、声が上がった。
「……王太后様のご意見は……?」
誰かが口にした言葉に反応して、会議室の端に控えていた王太后――ソーベルビアの母が立ち上がった。
普段、彼女はこういう場において、端に控えて静かに座っているだけの身だ。意見を述べることもなく、皆の視線を浴びることもなく、半ば置物のように、ただそこに在るだけの身。
そんな彼女が前に出て、緊張からか、少し声をくぐもらせながら答える。
「先に話はリュミエラから聞いていました。バルド王族は傲慢が過ぎた。血が絶えようとしているのは、その罰なのでしょう。先んじてソーベルビア王を廃し、支配の時代を終わりにすることを認めます」
王太后にとっては、『息子を殺すことを許す』という宣言だ。色々な想いがあるだろうが……彼女は静かな面持ちで、そう告げた。
王太后の言葉によって場は締められ、その後の会議は滞りなく進められた。
話がまとまり、区切りがついた後。リュミエラと王太后は二人きりで言葉を交わした。
王太后はどこか遠くを見ながら、心の内をこぼした。
「ありがとう、リュミエラ。あなたに感謝しなければいけない……。わたくしはずっと、怖ろしかったのです。亡き夫のことも、息子のことも。薄情なこと、この上ないが……バルド王権が終わることに、肩の軽さを感じてしまっている」
彼女は悲しむような、安心したような、未だ怯えを残すような、どっちつかずの例えようもない表情をしていた。
「……でも、いいのかい? エリーゼを見殺しにすることになる。赤子の頃から慕っていた相手だろうに」
「もう……覚悟は決めております。恐らくは、エリーゼ様も……最初から……」
「そうですか。……わたくしにも、あなたたちのような高潔さがあったなら、と身が縮みます」
王太后は遠慮がちにリュミエラの正面に向き合い、頭を飾るティアラを仰いだ。
「わたくしはエリーゼが正妃で、リュミエラが側妃に収まるのが、最良だと思っていました。あなたはわたくしに似ていたから、表に立てる器ではないと思っていた。正妃になってしまったら、わたくしと同じ轍を踏み、怯えるだけの愚かなお飾り妃になってしまうと思っていたわ」
以前までのリュミエラは、正妃を目指そうだなんて考えてもいなかったし、仮になってしまったとしても、彼女のいう通り、お飾りの人形にしかなれなかっただろう。
「でも違った。軽んじていたことを詫びます」
王太后はリュミエラに敬礼を送った。そしてかしこまった声音で言う。
「王が死んだら、わたくしも後を追います。長らく国母の務めを果たさず、お飾りに徹し、己の身ばかりを守ってきた罪を償おう」
「王太后様……。……お言葉ですが、」
心を決めた様子の王太后に、リュミエラは待ったをかけた。真正面から見据えて言葉を返す。
「お逃げにならないでください。死より、生きて償い続けてくださった方が、国の利になります。わたくしも、夫殺し、友殺しを、生きて償っていく所存でございます。生きて、正面から向き合い、手を尽くし続ける。――後悔や過ち、償いの始末をつけるというのは、そういうことではないか、と」
王太后はわずかに目を見開いた後、深く息を吐いて苦笑を浮かべた。
「……言うようになりましたね。生きながらの償い、か……女王よ、わたくしに、何をお望みですか?」
「わたくしと新王を、後ろ盾として守っていただきたく存じます。どうか、お願いいたします」
「わかりました。『地位高き者は己を滅し、義務に生きよ』……目を逸らし続けてきたが……今からでも、理念をまっとうできるよう努めましょう」
「無礼な願いを口にしてしまい、申し訳ございません。感謝申し上げます」
今度はリュミエラが敬礼を返した。
そうして話に区切りがついたが、最後に一つ、リュミエラも心の内をこぼすことにした。王家への複雑な心情を明かした王太后への、お返しに。
「……――でも、その理念を気負ってしまわぬようにだけ……お願いいたします。実を言うとわたくし、その王国憲章があまり好きではないのです。問答無用で人を操る、王族の支配魔法と似ている気がして」
人に明かすのは初めてだが、子供の頃から思っていた。意思を滅され、王の思いのままに操られてしまう魔法が思い起こされて、あまり好きではなかったのだ。
エリーゼはよく、この理念を口にしていたが……その時の彼女の面持ちが、息苦しさをはらんでいるように見えたことも、好きになれない理由だ。
王太后は目を丸くして、言葉を返した。
「では……王権が代わったならば、憲章を改定するとしましょうか」
この戦いが終わったら、きっと国は大きく変わる。憲章も、見合ったものへと変わることだろう。




