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22 乱心の暴君

 バルド王城の一室、(まつりごと)を担う城人(しろびと)たちが集っている議会は、荒れに荒れていた。


「南の辺境伯、クラフト家が隣国の騎士隊と共同演習を行ったとのこと。我が王国から離反するつもりだろう!」

「クラフト家が寝返れば、近隣の領主たちも続くに違いない……!」

「国土が掠め取られてしまう! どうするおつもりです、陛下!」


 今、この場には、人々を律して滞りなく議論を進めるエリーゼも、上手に(いさか)いを収めてみせるリュミエラもいない。


 不穏な情勢は人々の感情を逆撫でし、議会は動揺と興奮で荒みきっていた。昂った気持ちの矛先は、立派な椅子にドカリと座っているソーベルビアへと向く。


 ついには中年の臣の一人が怒声を飛ばしてきた。肥えた腕で机を叩き、勢いよく立ち上がって、こちらを睨みつけて言う。


「陛下! エリーゼ妃殿下(ひでんか)は、まだ療養から戻られないのですか!? というか、本当に療養の身なのですか!? あの女王のようなお方が、この大変な時に休んでいるとは思えない……! もしかして、あなたが手にかけたのではないのか……!? そういう噂がまわっています! どうなのか!!」

「なっ……っ!? 貴様ぁ! 私に無礼な口を利くとは何事か!!」


 図星を突かれて、ソーベルビアも思わず立ち上がった。


 王に歯向かう命を知らずな臣まで出てくるとは。内心の動揺は押し殺して、負けじと怒声を返す。


「許されざる不敬だ! 命をもって償え、愚か者め!! 今この場で死ね!!」


 指輪の魔法を放ち、中年の臣へと死を命じる。

 深紅の光を浴びた男は、途端に脂汗をダラダラと流し、ペンを握りしめて自身の喉に突き刺そうと動いた。が、周囲の男たちが力づくで阻止した。


「邪魔をするな! クソッ、どいつもこいつも……! 庇った者は全員まとめて死ね!!」


 魔力を一層強めて命令を加える。男の自死を止めようとしていた者たちも、各々凶器を手にして、自身の喉を豪快に切り裂いた。


 会議室の一角で、数人分の絶叫と血しぶきが上がる。周囲の人々は目をむいて身を引き、王の周囲に座していた宰相たちは黙って目を伏せた。


 騒然となった空気の中、エリーゼの父――ベルホルト宰相が側に来て、耳元で囁いた。


「陛下……今日の議会は仕舞いにいたしましょう。これでは話し合いも何もありません。陛下も魔法の疲れをお癒しください」

「……あぁ、そうする」


 舌打ちをしてから立ち上がり、青い顔をした側近を連れて部屋を後にした。



(あぁ、クソッ! クソがっ……! 気分が悪い……!)


 胸の中にヘドロが溜まって渦巻いているような心地だ。やり場のない苛立ち、怒り、屈辱感、そして未来への一抹の不安感が、(よど)みになって溜まっている。


(まつりごと)も執務も、何もかも上手くいかない……! それもこれも全部あいつのせいだ! エリーゼの奴が死んだせいで……!)

 

 歯車が狂い始めたのは、エリーゼが死んでからだ。あの女のせいで、自分は無駄なストレスに神経をすり減らすことになっている。


(悪妃め……! 死してなお、私を苦しめるか!)


 ふと目を向けた廊下の先――。柱の陰に、エリーゼの姿を見た気がした。影はこちらを見て、クスリと高慢な笑みを寄越した。


(エリーゼ……っ!?)


 あの女は、自身を殴り殺した夫を憎み、地獄からチクチクと嫌がらせをして(わら)っている――……。

 そう思い至った瞬間、柱の陰に向かって魔法を放っていた。


「失せろ!!」


 深紅の光が廊下を隅々まで照らしたが、エリーゼはどこにもいない。幻影に翻弄されて、ただでさえ荒れていた心が、さらに大きく歪んだ。


(……クソッ! クソッ! クソッ!! 気がおかしくなりそうだ……!!)


 ドカドカと靴音を鳴らして廊下を歩き、どうにか振り切ろうとしてみるが、心の(よど)みからは逃れられない。


 城内のそこら中から、エリーゼのクスクスとした嗤い声が聞こえてくる気がして、背中に冷や汗が流れた。――と、その時。また廊下の向こう側に人影を見た。


「……! エリーゼ……じゃない……リュミエラか!」


 エリーゼの幻影かと思ったが、あれはリュミエラだ。健気で可愛らしい、愛する妃。一瞬気持ちが浮上しかけたが――……帰城がずいぶんと遅れたことに思い至って、怒りの方が強くなってしまった。


「ようやく帰ったか、リュミエラ! あまりにも遅い! まさか観光なんぞに(うつつ)を抜かしていたわけではあるまいな!」

「申し訳ございません、陛下。馬車の都合で旅程が遅れたのです」

「フンッ、まぁいい……! しっかりと子宝の加護には預かれたのか?」

「えぇ、泉に沐浴をして参りました」


 リュミエラは淡々と問いに答えた。が、どことなくいつもと違う印象を受けて、またジクリと胸がうずいた。


 いつものビクビクとした小動物みたいな可愛げが感じられない。

 なんだか、目の前にいる自分ではなく、その向こう側の、どこか遠くを見据えているように思えて……胸の澱みが濃くなった心地がした。


 苛立ちに任せてリュミエラを羽交い絞めにし、廊下の壁に押し付けた。そのまま噛みつくように口づけをして、豊かな胸を鷲づかみにして揉みしだく。


 気分が晴れない時には、()()が一番だ。欲と一緒にストレスを吐き出してしまえばいい。いつもそうしてきたし、この可愛い妃はいつも受け入れてきた。


 事を察した側近たちは、命じられずとも場を離れていった。廊下の陰には、もう二人だけ。苛立ちと昂りで荒くなった息のままに、リュミエラのスカートへと手をかけた。


 いつものように、たくし上げようとしたのだが――……予期せず邪魔が入った。まさぐる手を掴み上げ、リュミエラ自身が止めたのだった。


「陛下、恐れながら、このような場では(はばか)られます。乱暴に事に至って、わたくしが怪我を負うことになれば、子宝を授かれなくなりますよ。どうか、お気持ちを静めてください」

「……っ!」

 

 リュミエラに(いさ)められた。今まで一度も、自分に逆らったことなどなかったのに……。

 

 例えようのない、耐え難い腹立たしさが込み上げて、半ば無意識のうちに手を上げてしまった。

 右手のひらで思い切り頬を打つと、リュミエラはよろめいた。


「生意気な口を! まだ旅行気分が抜けないようだな! お前は黙って私に従っていれば――……」


 顔を上げたリュミエラを見て、思わず、叱責の言葉尻が小さくなってしまった。泣いているだろう、と思ったのに……彼女は冷静な面持ちを保っていた。


 ただ静かにこちらを見て、諫める目をやめない。


 その姿に、エリーゼの面影を見てしまった。

 リュミエラの背後にエリーゼの幻影が浮かび上がり、見下す笑みを寄越す。


「な……なんなんだ……!? 失せろ……! 失せろよ……っ!!」


 たまらずに後退り、半ば逃げるように場を後にした。



 よろめきながら廊下を歩き、頭を抱える。


「リュミエラまで……一体どうしたというのだ……! これは呪いだ……エリーゼの呪いに違いない……!」


 エリーゼを殺してから、何もかもが上手くいかなくなった。(まつりごと)は言わずもがな、先ほどの通りだというのに……ついには、リュミエラまでも変貌してしまった。


 これはもう、いよいよ、エリーゼの祟りであると認めるしかないのでは――。


「どうすればいい……どうすれば怨念から逃れられる……? ……そうだ、ベルホルト宰相に相談を……」


 あてもなく彷徨(さまよ)っていた足を止めて、先ほど後にしたばかりの会議室へと向かう。


 議会は仕舞いになっていて、臣たちは部屋の内外でたむろしていた。

 人死(ひとじに)に涙を見せる者や、眉間をしかめる者、怒りに顔を赤くする者や青ざめている者など、色々であったが……戻ってきたソーベルビアの姿を見ると、皆、一様に硬直した。


 そんな者たちには構わずに、ベルホルト宰相のもとへと向かう。


 宰相を別室に呼び出して、単刀直入に話をした。


「ベルホルトよ、相談がある。エリーゼの墓を移して、弔い直そうかと思うのだが……お前に協力を頼みたい」

「弔い直す、ですか?」

「あぁ。あの女は死んでも性格が悪いらしく、私に祟りを寄越して迷惑している……。丁重に弔い直してやれば、いくらか満足するだろうさ」

「はぁ……しかし……」


 宰相はなぜか返事を渋り、表情を曇らせた。が、しばらくして、何か決心した面持ちを向けてきた。


「……わかりました。棺を王家の墓地に移しましょう。しかし、改葬するとなると、正妃の死が明らかになります。城は大騒ぎになるでしょう。……よろしいので?」

「かまわん。こそこそ隠ぺいなどするから、あの女はへそを曲げているのだろう。この際、事が露見してもよい」

「……承知しました。では、半月後の予定でいかがでしょう?」

「もっと早く、どうにかならないか。来週の頭にしろ」

「何かと準備がありますゆえ……せめて来週の末頃に」

「わかった。日が決まったら知らせろ。仕方ないから直々に、棺に花を添えてやることにしよう」


 そう言うと、宰相は遠くを見て、深く息を吐いた。






 ソーベルビアとの話を終えた後、ベルホルトは自身の秘書を務める息子を呼んだ。


「どういう風の吹き回しか、陛下がエリーゼの墓を移すとおっしゃられた。(から)の棺が暴かれることになる」

「そんな……! どうして今更になって……。死体を見繕って偽装することは叶わないでしょうか」

「たぐい(まれ)な銀の髪を持つ女の遺体を探すなど、無謀であろう。かつらですら、銀髪はなかなか手に入らないというのに……。私は腹をくくることにしたよ。時間を稼ぐから、お前は家の者たちを連れて、即刻王都を出ろ。道中、エリーゼを拾って遠くへ逃げなさい」

「父上……」


 顔を歪める息子の肩に手を置き、家長として命令を下した。


 ソーベルビアを放っておけば、人を操って勝手に墓を暴き、改葬に踏み切るだろう。何やら切迫した様子だったので、今日明日にでも事に及んだかもしれない。


 それならば、腹をくくって改葬を受け入れ、時間稼ぎに注力した方がいい。そう判断し、決めたのだ。


「さぁ、時間がない。すぐにでも。死ぬのは私一人でいい」

「……はい」


 息子の背を押して歩みを促す。家長である自分が堂々と城に残っていれば、ベルホルト家に馬車の出入りがあっても、怪しむ者はいないだろう。


「ここまできたら、陛下の怒りを真正面から受け止めてやろうじゃないか。……――まぁ、もしかしたら、エリーゼも同じ覚悟を決めるかもしれないが」


 死ぬのは私一人でいい、なんてことを言ってしまったが……死ぬのは二人になるかもしれない。遠くの空の下にいる気丈な妃のことを想って、苦笑をこぼした。






 そうして翌週の末、王都の街はずれの墓地にて。掘り返された簡素な棺の中は、誰がどう見ても空っぽだった。


 ソーベルビアは訳が分からない、という唖然とした顔をして、しばらくの間、立ち尽くしていた。


 ずいぶんと時間をかけて、ようやく動きを取り戻し、立ち合いのベルホルトへと顔を向けたが――……その表情は魔物のように醜く歪み、目の奥には激烈な怒りをたたえていた。


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