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12 託された任務

「隣国ベハーミアが、我が国の辺境領主たちと勝手な会合を繰り返しています。言い寄って、取り込もうとしているに違いない」

「手を打たないと、領土を掠め取られかねません」


 バルド王国の城内では、(まつりごと)を担う臣たちが意見を交わしている。広い会議室の正面奥には王の席があり、寄り添うようにして妃の席も設けられている。


 ソーベルビアの顔色をうかがいつつ、リュミエラは部屋の中を見回した。


 これまで同様、議会には一応、厳粛な空気が流れてはいるが……以前と決定的に違うのは、厳粛さの中にあった凛とした雰囲気が消え去り、代わりに、ドロドロとした居心地の悪さがあることだ。


 この数ヶ月の内に、城の中はずいぶんと荒んでしまった。


 それもそのはず。裏の女王――正妃エリーゼという揺るぎない柱を欠いて、ソーベルビア王という、不安定な柱のみになってしまったのだから。ガタつきが出るのも無理はない。

 

 ソーベルビアはフンと鼻を鳴らし、臣たちの議論に口を挟んだ。


「他国に寝返った領主は殺すと脅しておけばいいだろう」

「陛下……そう単純なものでは……」


 王の近くには宰相たちが席を連ねている。彼らは皆、一様に、頭を抱えて深い息を吐いていた。

 さらに言うと、宰相たちだけでなく、議会全体に『やれやれ、どうしたものか……』と、あきれたような空気が流れている。


 耐え兼ねたのか、一部の人々がヒソヒソと小声を交わしていた。


「女王が療養に入られて三ヶ月か……まだお体が優れないのでしょうか?」

「本当につわりなのかどうか……」

「前に、ボロボロの姿で城を歩いているところを見た者が……」


 小さな囁き声だったが、ソーベルビアの耳に届いてしまったみたいだ。


「今、私語をした者は即刻、出ていけ! 次に私の前で()()などという言葉を使ってみろ。この場で死を命じる!」


 皆が息を呑み、各所で交わされていた雑談が途切れて、静まり返った。けれど、ため息の音までは止められなかったみたいだ。


 皆のあきれと、諦めと、緊張と、落胆の深い息の音が重なった。その、何とも例えようのない重苦しい空気が、さらに王の心を逆なでして、荒れさせる。


 苛立ちを募らせたソーベルビアは、我慢ならんとばかりに机を叩き、立ち上がって魔法をたぎらせた。


 右手にはめられた魔石の指輪が、皆を睨みつけるかのように、ギラリと深紅の光を放つ。魔力にあてられた人々は体をこわばらせ、見開いた目で光を凝視した。異様な様相だ。


「無礼者どもめ! 貴様らの(あるじ)が誰か、今一度わからせる必要があるな! この私、ソーベルビア・バルド王を讃えよ! 愚か者どもよ!」

「ははぁ……! 我らが(あるじ)、尊きソーベルビア陛下……!」

「バルド王国に栄光あれ……!」


 何かある度に、彼はこうして支配の魔法を使って、無理やり礼賛させる。城内はとてもじゃないが、一国の中枢とは呼べない様相を呈している。


(まぁ……こうなるのも当然だわ)


 リュミエラはさりげなく椅子を引き、魔力から逃げるように王の後ろに控えた。


 前までは、王は会議を話半分に聞いて、最後に承認の捺印をするだけの立場だったのだ。エリーゼの支えがあったからこそ、その程度の役目で済んでいた。


 本来、妃は議会には同席しないのだが、前王が弱り始めた頃に、エリーゼは議会に加わることを願い出た。次の王――若きソーベルビアを正しく支えるために、勉強をし、経験を積みたい、と。


 そうして彼女は、側妃であるリュミエラも同席させるようになった。どんな仕事の経験も、無いよりはあった方が良い。きっと後々の力になるから、という考えの(もと)に。


(正直、眠たくて仕方ない時もあったけれど……エリーゼ様のお考えは、やっぱり正しかったわ)


 今、こうして問題なく、頼りない王の仕事をサポートできているから、彼女の先見の明には脱帽する。


 リュミエラは、この数ヶ月ですっかり板についてしまった、荒れた議会の進行役を務めるべく、動き出した。

 未だ右手を掲げているソーベルビアの袖を引いて、声を掛ける。


「陛下、ご覧の通り、皆のお心はあなた様のものです。さぁ、こちらの書類に捺印を。あとはこちらの書類にお目を通してくださいませ。そしてサインを。それと、隣国への対応は宰相らに任せてはいかがでしょう?」


 うかがうように笑顔を作って、首を傾げてみせる。ソーベルビアは魔法を収めて、言われた通りに書類に手を付け始めた。


 その間に議会の面々に告げておく。


「陛下は魔法をお使いになられて、お疲れでいらっしゃいます。本日は先に退席いたしますが、よろしいでしょうか」


 異を唱える者はいないだろう。魔法で自由を奪われている状態だし、心の内でも、役立たずな王など議会にはいらない、と考えている者が大多数のはずだ。


 リュミエラは一応の体裁を整えつつ、王の腕を引いて退席をうながした。少しすれば、皆の魔法も解けるだろう。

 

 エリーゼが城を出てからというもの、大体いつも、こういう流れで場を収めている。

 会議室を出て、今日も上手くいった、上手く丸め込めた――と、胸をなでおろした。


 の、だけれど。気持ちが顔に出てしまっていたのか、ソーベルビアに見咎められた。


「リュミエラ……お前も私を馬鹿にしているのか?」

「え……? い、いえ、決してそのようなことは」

「今、そういう顔をしているように見えた。お前も、今この場にいるのがエリーゼだったら良かった、と思っているのではないか? 答えよ!」


 喋るうちに、また感情が高ぶってきたようで、ソーベルビアは語尾を強くして、力任せに肩を押してきた。廊下の壁に背中を打ち付けて、小さく悲鳴を上げてしまった。


「ひっ……陛下、落ち着いてくださいませ……! わたくしは陛下だけをお慕いしておりますゆえ……!」


 肩を押さえつけてくる王の手には、指輪が鈍く光っている。魔力をたぎらせているのだ。今、一言、彼に『死ね』と命令されたら終わり。支配の魔法に抗えずに、自分で自分を殺してしまう。


 涙ぐみながら必死に弁明すると、ソーベルビアは顔を寄せてきた。


「そうか。では、真実の愛の証として、口づけを」

「は、はい……!」


 よかった、この流れなら許される。ホッとしつつ、唇を重ねた――……が、直後に、強烈な痛みに呻くことになった。


 彼はリュミエラの唇に歯を立ててきたのだった。噛み切られた唇から血が流れ出て、思わず両手で押さえ込んだ。


「ははっ、やはりお前は可愛らしいな。素直に涙を見せるところが良い。エリーゼとは違って」


 流れ出てきた涙を見て、彼は満足した様子で歩き出した。口元を押さえながら、リュミエラも添い歩く。


(……あの日、殴られたのがわたくしだったらよかったのに)


 もし、殴られたのが自分だったら――。つい、胸の内でそんなことを考えてしまった。


 きっとエリーゼが上手く策を講じてくれて、自分が城を脱出する立場になっていただろう。そうしたら、荒れる王に怯えながら生活することもなく、不穏な情勢に胸を重くすることもなく、城人(しろびと)との板挟みになることもなかった。


 絶対的に、楽でいられたのに――。


 そんなことを考えてしまったが……首を振って振り切る。


(……いえ……余計なことは考えず、わたくしはエリーゼ様の言う通りにしていればいいのよ)


 そう、きっと最後には彼女が助けてくれる。自分が困っている時には、いつだって駆けつけてくれたのだから。


 辛いのは今の内だけ。ちゃんとお役目を果たせば、必ず、また自分のもとにエリーゼが戻ってきてくれる。

 国は、自分は、悪王から救われるのだ――。


 今はエリーゼの作戦を遂行することだけを考えよう。有能な人形になりきろう。後で思い切り、可愛がってもらうために。


 ハンカチで口元を拭って、改めて、ソーベルビアに身を寄せた。


「あの、陛下……わたくしを可愛がっていただけるのでしたら、どうか一つ、願いを聞いてくださいませんか?」

「何だ。申してみよ」

「わたくし、近く、子宝の加護の泉を訪ねようかと考えておりまして……。陛下との間に、元気なお子を授かるために、力を尽くしたいのです」

「ほう、殊勝な心掛けだ」


 王都から離れた地方に、沐浴すると子宝の加護を授かれる、と伝えられている泉がある。そこへ出向くのを口実にして、新王権を築くための会談へと向かう。有力な辺境伯家のもとへ。――これが、エリーゼから託された任務だ。


 ソーベルビアの腕に絡みつき、豊かな胸元を押し付けてやる。上目遣いに見上げて、困ったような笑みを浮かべれば、彼は簡単に表情をゆるめる。


 この男が好む、弱くて健気でしおらしい、色気のある女を演じて、操る――。これは自分だけが持つ、武器だ。


 色気だけで側妃の位に収まっている――と、陰で皮肉を言われたこともあったけれど、エリーゼは鼻で笑って、こんな自分のことを褒めてくれた。


 殿方を魅了して自在に操るのも、一つの技術である、と。ましてや暴君を手なずけられるとなれば、何よりも強い、誇るべき武器となり得るだろう、と、言い切ってくれたのだ。


(そういえば……エリーゼ様は、この色気の技だけは苦手なのだと言っていたっけ)


 ずいぶんと昔のことだから忘れていたが……今、ふと思い出された。あの時、彼女はどんな顔をしていたっけ……?


 記憶を手繰り寄せる前に、ソーベルビアが了承の返事を寄越した。


「わかった。いつ頃出るつもりだ?」

「来月か、再来月には出られるように、公務を調整したく存じます。行って参りますね」


 しな垂れかかり、潤んだ目を細めて微笑む。


「帰ってきたら、ご加護のもとに熱い夜を過ごしましょう」

「あぁ、楽しみにしている」


 次に落とされた口づけは、先ほどとは打って変わって、熱の入った口づけだった。


(ちょろい男)


 胸の内に浮かんだ思いは、顔に出る前に沈めておいた。




 

 王と別れて、一人、自室へと向かう。

 化粧台の鏡で唇の傷を確認しながら、これからのことを思う。 


(国の最果て、オトフリート辺境伯家に出向き、密約を交わす。長男のフェルス様を新王権に迎える、という)


 この任務さえ成し遂げれば、自分の役目は終わりだ。後は数年の間、ソーベルビアの機嫌を損ねないように過ごして、彼が弱るのを待つ。


 ソーベルビアが短命に没したら、エリーゼも潜伏を終えて城に戻ってくる。辺境伯家の長男を新たな王として迎え入れ、彼女が正妃の位につくだろう。


 そうして自分は、また側妃の位にでも収まればいい。一歩後ろに控えた位置で、楽な位置で、また、ささやかな城暮らしをしていく――。


 引き出しから薬瓶を取り出して、唇に塗りつけた。ピリッと走った痛みに顔を歪める。


(……でも……城内はこの荒れ模様。新王が立つまでもつかしら……。陛下の魔法の乱用は、以前よりも目立つようになっているし……。もし、早まった城人(しろびと)たちが暴動でも起こしたら……)


 不安が胸をよぎった。もし城の中で乱暴な争い事が起きたら、自分もエリーゼのもとに逃げていいだろうか。


(うん、そうなったらエリーゼ様に泣きつこう。きっと良いようにしてくれる。わたくしを守ってくださるわ)


 きっと大丈夫だろう、と楽観することで、胸の不安を追い払う。


 ふと、部屋の窓を見ると、雨粒が線を描いていた。リュミエラは微笑みながら、暗い雨雲の向こうにいるエリーゼを想った。


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