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11 隠された一面の覗き見

 エリーゼも目をむいて、丸め焼きのフォークを止めた。


「こら。あなたの冗談も品がないですよ。というか、なぜあなたが怒るのです」

「だって、ムカつくだろ! なんか、こう、すごい腹立った!」


 なんとも乏しい語彙力だ。後でもう少し、上手い言葉を教えてやろう。


「気持ちだけ受け取っておきます。わたくしの代わりに怒ってくれて、どうもありがとう」


 口の悪さや、大袈裟な物言いはさておき……何だか不思議と、胸の奥がスッとした心地がした。


 未だフレーゲルはわなわなと両手を震わせて、やり場のない苛立ちに身悶えている。人の目もあるし、少し話題を変えるとしよう。


 エリーゼの話は終わりにして、今度はフレーゲルの話を聞くことにする。


「あなたは子供が好きそうね。良い相手が見つかって、結婚したら子供が欲しい?」

「え、俺? 俺は……正直、どっちでもいいなぁ」


 話題が振られたことで、彼の意識はすぐにそちらへと向いた。


「相手と話し合って、その時、二人で幸せだと思う方を選びたい。って、俺は思うけど、先生は? ぶっちゃけ、どっちが良かったの? 旦那の意見とかは別として、子供いるのといないのと、どっちの方が幸せ?」

「わたくし? それは、もちろん――……」


 予期せず、また話が自分の方へと戻ってきてしまった。

 

 子供の有無について、自分はどちらが幸せか――。答えようとしたが、自分でも不思議なことに言葉が詰まった。


 義務をまっとうするという意味では、当然、欲しかったに決まっている。それがあたり前だから。

 けれど、自分個人の幸せを主軸としたら……考えたこともなかった。


「いえ……どうでしょう。わからなくなってきました」


 自分は果たして、本当にソーベルビアとの子が欲しかったのだろうか。義務としては望んだけれど、それを抜きにしてしまったら、正直なところ、望んではいないのでは……。


 公私で、気持ちがちぐはぐじゃないか。そのことに、今、気が付いてしまった。


 ソーベルビアの子など、欲しくはなかった。――と、口にするのは、さすがに憚られるので、誤魔化して答えておいた。


「でも、そうですねぇ。フレーゲルみたいな陽気な人が夫だったなら、明るい気持ちで子を望んだかもしれませんね。夜を共にするのも楽しそうだし」


 軽い冗談を添えて返したら、串揚げを食べていたフレーゲルが思い切りむせた。

 ゲホゲホと咳き込む彼の顔は、見る間に真っ赤になっていく。もしかして照れているのか。


「あら意外。こういう冗談は苦手なの? 街一番の色男を自称しているくせに」

「……いや……! 全然苦手じゃない……! 全然得意だよ……! 嘘じゃない、本当に……!」

「嘘を取り繕う時には、目を泳がせてはいけないのですよ」

「……っ」


 涼やかな目を向けてやると、フレーゲルは散々呻いた後、負けを認めるように項垂れた。


「じ、実は……女遊びだけは経験がなくて……手を、握るまでしか……その……」

「まぁ! あれほど軽やかで鬱陶しいナンパをしておいて?」

「……誰にも言わないでくれ……」


 暗い顔でボソボソと語り始めたフレーゲルは、ネッサに怒られた時のキャンにそっくりだった。


「……この街に来る前は、仕事柄、女の子と縁がなくって……。経験がないから、ナンパしても、あと一歩のとこで怯んでしまう……小心者なんだ、俺は……」

「あらまぁ、そんな悩みが」


 王族の男子は十代半ばになると、強制的にそういう指導が入ってステージアップをするのだけれど。民草の中には、こうやって人知れず悩みを抱えている男がいるのか。また一つ、学んだ。


(ここは先生として、悩める生徒に何かアドバイスを――)


 ふむ、と考えを回して、提案してみた。


「娼館に通えばよろしいのでは?」

「娼館……!? それは、なんか、違うんだよ……! 俺はちゃんと好きな相手を見つけて、幸せな恋をしたいんだ! 一夜の夢なんかじゃなくて! 窓から星空を眺めて、オルゴールを聴きながら、ふかふかなベッドの上で真実の愛を交わしたいの!」


 耳まで赤くしながら語られた理想に、思わず笑い声を上げてしまった。

 

「あっはっは、なんてロマンチックなのかしら! あぁ、可笑しい! オルゴールって、あなた……! あっはっはっは!」


 悪いと思いつつも、止まらない笑いに肩を揺らしてしまう。年頃の乙女でも、そこまで綿密なシチュエーションなど考えないだろうに。


 こんなに思い切り笑ったのは、生まれて初めてだ。けれど、そろそろ笑いを止めないと、彼が拗ねてしまうかもしれない。


 そう思ったのだが、予想に反して、彼もまた笑みを浮かべているのだった。


「リセ先生がそういう風に笑ったとこ、初めて見た。最初に会った時、愛嬌がないとか言っちゃったけど……訂正しとく。笑ってる先生、すごく可愛いや」


 エリーゼを見て目を細め、彼は優しげな微笑みを浮かべていた。


 普段の陽気な笑顔とも違う。ナンパをする時のわざとらしい笑顔とも違う。飾らないやわらかな笑み。

 愛情を内包した笑み、とでも呼ぶのが、適しているだろうか。


 そんな顔で、可愛い、などと口にされたものだから……不覚にも、一瞬、胸が高鳴ってしまった。


 誤魔化しを兼ねて、言葉を返しておく。


「ちゃんと、口説き文句を心得ているではありませんか。女性遊びの第一歩ですね」

「既婚者は口説かないよ」

「あら。わたくし、じきに離縁しますのよ。口説きの練習相手くらいにはなりますけれど」


 練習ならば付き合ってもいい。彼の望む、幸せな恋とやらを手に入れる、手伝いをできたら光栄だ。雑なナンパ術を改善して、是非とも良縁を掴んでほしい。


 と、そんな冗談を返したら、フレーゲルは身を乗り出して聞き返してきた。


「離縁……? そうなんだ、それはよかった! クソ旦那とは早く別れた方がいい。そんでもって、次の相手を探すべきだ! この色男めはどうでしょう?」

「今の口説き文句は最悪。お断りします」


 差し出された手をペシンと叩き落とすと、フレーゲルは笑いながらも、どこか神妙な面持ちをしていた。



 王が没したら、エリーゼは一時は独り身となる。そうして城へと帰り、また新王と縁を結んで妃になるのだ。


 これが悪妃エリーゼの起こす謀反(むほん)の一端。関係のないフレーゲルにはもちろん、秘密のこと。


 今さっき高鳴ってしまった胸のことも、彼に明かすつもりはない。すべては秘密。エリーゼが動かす盤上の駒に、フレーゲルという平民は入っていないのだから。





 ――と、そう思っていたのに。


 エリーゼは結局、この男に甘んじることになってしまったのだった。この男の、壮絶な殺しに。









 露店の広場で腹を満たした後、一旦フレーゲルとは別れて、エリーゼはネッサの家に帰ってきた。


(遅くなってしまったわ。博士に謝らないと)


 無事に取り返した買い物品をテーブルに置き、ネッサを探す。


 と、その時――。奥の研究室から、ガシャン、と何かが割れる音が聞こえて、音に反応するかのように、キャンの鳴き声が上がった。


(あら、大丈夫かしら……?)


 入るな、と言われている部屋なので、こっそり覗き見る程度に留めたが――……瓶が割れて、何やら黒い液体が飛び散っていた。


「あーあー、割っちまって! ほら、キャン、足を切っちまうよ! 向こうへ行ってな! まったく、貴重なドロドロを……」


(ドロドロ?)


 扉の陰に隠れながら、密かに室内の様子をうかがう。こぼれた黒い液体の事を、彼女はドロドロと呼んでいるらしい。


 コーヒーみたいな見た目だが……よくよく目を凝らしてみると、あろうことか、わずかにうごめいている。


 ネッサは不気味なドロドロに指先をつけて、なんと、口へと運んだ。


「あぁ、美味しい。とびきりの呪い味だ。……おや? そこに誰かいるのかい?」

「っ……」


 息を呑み、気配を消すように努める。ネッサはすぐに、気のせいか、と意識をまたドロドロへと向けた。


 ホッと胸をなでおろしつつ、場を離れる。


(そういえば、前に、博士のコーヒーが動いたように見えたけれど……まさか、あれって……)


 ネッサは毎日、コーヒーを(たしな)んでいるが、決してエリーゼには淹れさせない。研究室の小さなかまどで、自分で作っている様子。


(何か、怪しげなものを服用している……?)


 問いただしたいが、機嫌を損ねると住処を失う可能性がある。不用意に首を突っ込むことはできない。


 この日は釈然としない気持ちを胸に抱きながら、午後の授業に臨むことになった。


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