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1 エリーゼという妃

物騒なロー■の休日といった雰囲気の小説です。年末年始のお供となれましたら幸いです。

中盤に犬が……!というシーンがありますので、犬の危機を見たくない!という方は薄目で読み流してください。

 

――地位高き者は己を滅し、義務に生きよ――


 この世に生を()けた日、王城の聖堂に連れられて、わたくし、エリーゼ・ベルホルト・バルドは、司祭からこの言葉を授かった。


 我がバルド王国の尊き憲章(けんしょう)だ。王家を支えるベルホルト公爵家に生まれたわたくしは、その瞬間から、義務に生きる運命を歩み始めた。


 ひと時も(ないがし)ろにすることなく、遵守してきたつもりだ。





 四歳の頃。

 ソーベルビア王子が誕生し、わたくしは王の意向で妃に内定した。その日からおもちゃは取り上げられて、代わりに勉強道具が与えられた。


 突如始まった妃教育は、あまりに厳しく、あまりに苦しいものだったが、涙をこらえて受け入れた記憶がある。幼いながらも、自らの人生に課せられたものを、既に感じ取っていたからだろう。


 七歳の頃。

 我が家と肩を並べる名家である、ヴィクトール公爵家に女の子供が産まれた。名前はリュミエラ。彼女もソーベルビア王子の妃として内定し、わたくしの唯一無二の友として隣に据えられた。


 将来的に正妃、側妃という立場にはなるが、リュミエラと争うことなく仲良くするように――と、大人たちに命じられた。そんなこと、言われるまでもないと思った。


 だって、人生で初めてできた友人なのだ。他人との私的な交友が認められていなかったので、こうして王家から与えられて、初めて友人ができたのだった。


 ただ一人の、妃という同じ立場にある友人。共に過酷な義務の道を歩んでいく、頼もしい戦友だ。


 リュミエラが生まれてからは、わたくしは王室教師と一緒になって、彼女の妃教育に注力した。


 十一歳の頃。

 わたくしは初潮を迎えた。子を産める体だと公表されて、王子との婚約が正式に結ばれた。同時に、わたくしの位は正妃という位置に定められ、リュミエラは側妃に内定した。


 四つ下の、当時七歳だったソーベルビア王子との婚約の儀式が執り行われた。が、王子は理解しておらず、つまらないと駄々をこねて、宴の席のお菓子しか見ていなかった。


 十八歳の頃。

 わたくしは王子と結婚した。彼はまだ十四歳の若さだったが、父王が酷く具合を悪くしていたこともあり、取り急ぎ、縁を結んだのだった。


 いざという時は、わたくしが、若くして玉座に着くであろうソーベルビアを支えなければならない。その意識をもって、王が没する前にあらゆる仕事を必死に覚えた。

 大きい声では言えないが、崩御と我が夫の即位に備えて、奔走していたのだ。


 二十歳の頃。

 いよいよ父王が没して、十六歳のソーベルビアが王として立った。若い身で絶大な権力を手にした彼は、大いに浮き立っていた。まるで、責任の重圧を忘れようとするかのように、奔放に振る舞い出した。


 そんな、未熟な若王の影に立ち、わたくしは彼に代わって君主の務めを果たし続けた。表の王がソーベルビアならば、わたくしは『裏の女王』とも呼べる立場にあったと自負している。実際、城人(しろびと)たちからは、密かにそう呼ばれていた。


 二十一歳の頃。

 ソーベルビアとの間に子が授からないので、医師と相談のもと、治療を始めた。ソーベルビアは興味がないようで、わたくしの報告をほとんど聞いてはいなかった。


 二十二歳の頃。

 十五歳を迎えたリュミエラがソーベルビアと結婚し、正式に側妃に上がった。ソーベルビアは若いリュミエラを歓迎し、早速、(ねや)を共にするようになったが、側妃との間にも子を授かる気配はなかった。


 二十三歳の頃。

 未だ浮ついた雰囲気が消えない傍若無人な若王に、城内は疲れを見せ始めていた。この数年のうちに国力にも陰りが出てきて、目ざとい他国から、ちょっかいをかけられる始末。


 民衆の母、国の母として、わたくしはひたすら務めに邁進し、どうにかこうにか、城人と共に国の舵取りを行っていた。


 二十四歳の頃。

 国の行く末に危機感を募らせた宰相の一人が、ソーベルビア王に進言した。どうか、態度を改めてほしい、と。

 その宰相は翌日、処刑された。わたくしのお爺様だった。


 空いてしまった宰相の位は父が継ぎ、兄が秘書としてつくことになった。



 

 そうして二十五歳の、この日。

 わたくしもソーベルビアに、一つ進言をすることを決めたのだった。


 このままでは子を授かることができずに、王家が絶える可能性がある、ということを。その原因はわたくしたち妃ではなく、どうやら、あなたにありそうだ、ということを。


 わたくしは、今や暴君と成り果てたソーベルビア王を前にして、濁すことなく申し上げた。国母としての義務に従って。




 それが、大きな過ちだった。

 これまで賢妃と呼ばれてきたわたくしが、()()()()()()との、汚名を被ることになった発端だ。


 この進言は、終わりの始まりとなってしまった。

 わたくしは激昂したソーベルビアに殴り飛ばされて、家具に頭を打ち付けた。その後も、蹴られ、踏みつけられ――……わたくしは、死ぬことになったのだった。




――地位高き者は己を滅し、義務に生きよ――


 生まれてから、ただひたすら懸命に、実直に、厳かに、この尊き理念を守り通してきたというのに……。台無しにされるのは、一瞬のことだった。


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