謁見
一年前、隣国ハルベキヤは自国にて水竜の討伐を試みた際に取り逃し、魔物が越境して移動した危険性をリレルフィール王国に伝えなかった。その結果、王国内のボーヘン男爵領にて甚大な損害を出した。
隣国ハルベキヤはボーヘン男爵領への賠償金と水竜討伐の報奨金を支払うことを約束した。
水竜を討伐した功労者として、シオンだけではなくリリアンも王宮に呼ばれることになった。
謁見の間で陛下を待っている状況だ。
リリアンはこの日にために慌ててドレスを用意して着飾ったので、外見だけは立派な令嬢となった。
(国王陛下に拝謁するなんて夢にも思わなかった! 本当に私も来てよかったのかしら?)
なにせ水竜を倒したのは、他ならぬシオン一人だからだ。
彼は魔剣の力だけでなく、魔石もないのに魔物のように魔法を使い、超人的な身のこなしで竜を見事討ち取った。
でも、その際にシオンの左腕にある痣が蠢き、彼の身体を蝕んでいたように見えた。
リリアンの浄化でシオンは落ち着きを取り戻せたが、彼は左腕の痣について、詳しくは教えてくれなかった。
「機会が来たら必ず説明するから」
そう約束してくれたから、リリアンは彼を信じることにした。
彼は儀礼用の騎士団の制服姿で待機している。
畏まった格好の影響か、普段よりも凛々しく見える。
陛下が数人引き連れてやってきた。
その中に騎士団長であるハーマンもいて、彼はシオンの姿を驚いた顔をして食い入るように見つめていた。
陛下に対して跪き、名乗りと挨拶を行う。
「面を上げよ。この度は水竜討伐、見事であった。そのほうら二人だけの力で討ち取ったとは真か?」
「はい、陛下。この聖女リリアン嬢は隠れていた水竜の居場所を鋭い感覚で見当をつけ、浄化の力を使って魔物を出現させました。彼女がいなかったら、広い山の中で水竜を見つけ出すことができませんでした。また、戦いの際も、浄化の力で水竜を弱体化させ、戦況を有利にしてくれました」
「なんと、それは優秀な聖女だな」
(結果だけ言えばそうかもしれないけど、私の遠隔浄化はヘロヘロな速度でしか出ないから、結局数打てば当たる作戦で、水竜の周辺に浄化を撒き散らしたのよね。それがたまたま敵に当たっただけだし)
つまりかなり不格好な方法だった。
「それだけではありません。私は左腕を前回の火竜討伐にて失くしましたが、このリリアン嬢が作ったポーションのおかげで元に戻ったのです」
驚きと賞賛の声が周囲から聞こえてくる。
「腕が元に戻ったのだと? そんな奇跡のような力が、彼女にあるのか!?」
「はい。そのおかげで、左腕にあった竜刻に気づき、それを利用して水竜と戦いました」
「竜刻だと!? それは上位級の魔物を討ち取った際に稀に得られる恩恵ではないか! 前回火竜を討伐したハーマンが得たと聞いていたが、一体どういうことなのだ?」
「実は、私もその火竜の討伐に参加していたのです。ですが、その戦いで腕を失いました」
「リヒュエル卿も討伐の功労者ならば、なぜ黙っていたのだ?」
疑惑の目を向けられたハーマンから血の気が引いている。
「申し訳ございません。なにしろ死に物狂いで戦っていたもので、気づけなかったようです。しかも、彼は腕にひどい傷を負っていたものですから」
リリアンは今の話を聞いて全て悟った。
シオンの顔を見つめて目が合えば、彼は察してくれたのか、何も言わずに頷いた。
だから、リリアンは彼の意志を汲み取り、彼の邪魔をしないように見守ることにした。
「陛下、騎士団長の竜刻は偽物です」
シオンは迷いなく断言した。
「でたらめを言うな! 無礼だぞ!」
騎士団長がすぐさま反論したが、シオンは全く動じなかった。
「では竜刻を使ってみてください。竜刻があれば魔石と同じように魔法が使えました。竜刻から魔力を感知できなければ偽物となります」
リリアンがシオンから圧倒的な強さを感じた理由は、竜刻があったからだ。
でも、それなら竜刻を持つ騎士団長からも同じように竜刻由来の強さを感じなければおかしかった。
「リヒュエル、何故貴様に指図されなくてはならない! 図に乗るな!」
「黙るのはハーマン、そなただ」
陛下には騎士団長も逆らえず、彼は渋々罵声を止める。
「フィリプ卿から聞いているぞ。この聖女は能力がないからボーヘン分所に異動させたと。大聖女並みの奇跡を起こす聖女を使えないと判断したそなたを信用できると思うのか」
陛下の説明で周囲から驚愕の声が漏れる。非難の目が騎士団長に集中する。
「騙されたのです! この聖女を指導していた筆頭聖女エマの嘘に!」
(そんなわけない! 彼は保身のために嘘をついているわ!)
それを証言できる人間は、この場ではリリアンだけだ。
でも、こんな恐れ多い人たちの前で発言するのは怖かった。
思わず隣にいたシオンを見上げ、すがるように彼の服を掴んでいた。
彼はリリアンと目があった瞬間、すぐに気持ちを理解してくれたのか、黙ってうなずいてくれた。
「恐れながら陛下。リリアン嬢が述べたいことがあるそうです。発言をお許しください」
「良い、許す」
口出しを許可されたので、リリアンは騎士団長を気合を込めて睨みつける。
ポーションでシオンの腕を治す前に、彼はリリアンを聖女として認めてくれた。
だから、騎士団長の偽装を告発した彼のために何か役に立ちたいと強く願っていた。
その切なる想いが、口下手なリリアンに勇気を与えてくれた。
「私は、その、騎士団長の前で、何度もポーションを作らされました! それで、あのっ、ダメだと判断されたんです。筆頭聖女のエマ様に騙されたなんて違います」
「ならば、私の前でわざと手を抜いて低く己を見せたのだろう!」
「そんな……!」
そんな風に言い返されるとは思わず、咄嗟に上手く反論できなかった。
すると、リリアンの肩にシオンの手がポンと優しく置かれた。
まるで安心させるように。
「リリアン嬢の故郷にいた人が言っていたんです。彼女が聖女になったのは、家族を助けるためだと。災害で損害を受けて領地の資産を減らしたからです。そんな彼女がわざわざ自分を低く見せるわけがないです」
シオンの発言に周囲にいた人たちは深く頷く。
今回の水竜の損害賠償は公の話となっている。
知らない者がいないわけがない。
「ハーマンよ。これ以上、見苦しい言い訳は控えよ。己の名誉のために竜刻の調査を許可するように」
陛下の命により、騎士団長は潔白を証明することになった。
やはり案の定、騎士団長の竜刻は偽物だった。
刺青のようなもので描かれたものらしい。
それをきっかけに竜刻偽装に関わっていた者たちが、手のひらを返したように騎士団長の罪を告発し出した。
なんと、騎士団長は竜刻を得たシオンの腕を証拠隠滅のために切り落としていたのだ。
その非道な行いは、王都中を震撼させた。
しかも、この事件だけではなく、他の任務でも実績を横取りされたと訴え出る者が複数いた。
その結果、騎士団長は役職を罷免。
リリアンの大聖女の資質を見逃しただけではなく、低評価を下して王都から左遷させたのは国の大損失だと、王宮の離れに無期限の幽閉処分となった。
病弱の王子がリリアンの作ったポーションによってすっかり体調が良くなったことも、彼の不手際に輪をかけた。
その後、リリアンはと言うと、シオンが予見したとおり、大聖女となった。
実家の男爵家は大聖女を輩出した功績として陞爵し、現在は伯爵家となっている。
リリアンは王都に戻り、王宮付きではなく、再び騎士団所属となった。
その騎士団は、大聖女左遷事件によって人員の入れ替わりがあり、役付きの顔ぶれがだいぶ変わっていた。
筆頭聖女のエマは降格されて平の聖女となっていた。彼女本人の希望で地方の騎士団分所に異動したらしい。
ハーマンがリリアンの評価の原因を全部エマのせいにしたとき、リリアンが証言してエマを救ったと聞き、彼女は泣いて嫌がらせしたことを後悔したそうだ。
己の嫉妬心から魔が差してしまったと謝罪の手紙で正直に告白し反省していたので、リリアンも和解の返信を書いたが、彼女は贖罪をしたいと手が届きにくい地方で聖女として頑張りたいと手紙で語っていた。
他にもリリアンの評価判定に関わった騎士たちも処分を受けていた。