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自業自得

 エマは王都騎士団の筆頭聖女だ。


 妾の美しかった母に似ず、地味顔の父に似たせいで、幼い頃から両親に失望されていた。

 ところが希少と言われる聖女の才能が見つかり、売られるように騎士団にやってきた。


 ここを追い払われたら行くあてがない。

 エマは必死に勤めて、実力と実績を上げていき、とうとう二十歳になった現在、責任ある地位を任されるまでとなった。


(おかげでハーマン様とお会いしてお話までできるわ)


 仕事の報告で、上司である騎士団長と接する機会があった。

 彼はエマと年はそう変わらない上に容姿端麗で、真面目な人柄も素晴らしい。

 他の女性のようにエマも思いを寄せていた。


 血筋は現国王の弟。王位継承権二位で、非常に高い地位にいる。

 王の子は三人いるが、唯一の王子は病弱で、まだ七才と幼い。彼の代わりに王弟が王位を継ぐ可能性が高かった。


(でも、平民出身の私では、身分が釣り合わない。せめて大聖女くらい力があったら、まだ望みがあったのに)


 歯がゆいが、まだ彼に婚約者もいない状況に一縷の望みを持っていた。


 ところが、一年前に一人の少女が王都にやってきた。

 名前はリリアン・ボーヘン。男爵家の娘だという。

 貴族という身分だけでも羨ましいのに、その若々しい容姿はとても可愛らしくて、騎士団で話題になるほどだった。

 艶のある栗毛、思わず目を惹く魅力的な琥珀色の瞳。理想の聖女が現れたと言わんばかりだった。


 彼女は故郷でポーションを作り、領民に配っていたと言う。

 既に実績もある彼女に周囲の期待は非常に高かった。


 そんな彼女に憧れの上司から指導するように命令された。


(なによ。この子の活躍をハーマン様に言わなきゃいけないわけ? この私が?)


 エマは関わりたくなかったが、立場上面倒をみないわけにもいかない。

 でも、可愛らしいリリアンを見ると、醜い嫉妬で胸が苦しくなる。

 顔が美しくないと両親から失望されて見捨てられたエマは、顔に劣等感を覚えていた。

 それをリリアンは見るだけで刺激してくるのだ。


 だからなのか、今まで真面目に働いてきたエマにふと魔が差した。


「リリアン様は、婚約者はいるのかしら?」

「いいえ、エマ様」

「では、この騎士団で素敵な相手が見つかるといいわね。リリアン様は貴族の出身だから、裕福で高貴な方がいいんでしょう?」

「まぁ、ご縁があれば……。でも、そんなの無理ですよ」

「あら、リリアン様なら、きっとご縁はあるわよ」


 にっこり笑ってリリアンと別れたあと、エマは周囲の騎士たちにこう言いふらした。


「あの新人の子、ほら可愛いでしょう? だから王都で身分が高くてお金持ちな男性とのご縁が欲しくてここに来たみたい。あなたたちにあまり話しかけないのも、それが理由みたいよ」


 リリアン自身が口下手な上に人見知り気味で積極的に他人に話しかけて打ち解けるタイプではなかった。

 だから、エマの話を今までの信頼のおかげもあって、あっさりと信じてもらえた。


 騎士になる男性のほとんどが貴族の嫡子以外だ。

 しかも、あまり裕福ではない実家が出身の。

 実家の資産が多い場合、本家の運営を支える働き手となる。わざわざ外で仕事を得る必要がないからだ。


「リリアンは貧乏人の騎士たちとは仲良くなる気がない」


 この噂はあっという間に広がり、リリアンは多くの騎士たちに反感を持たれた。


 ポーション作成の実績も、実際に作らせて完成品を提出させたら、正規品には到底及ばない品質だった。

 彼女が申告していた実績が嘘だと証明されて、ますますリリアンは信頼を失くしていた。


 それこそ坂を転がり落ちるように。


 彼女の話をまともに聞く人間なんていなくなっていた。

 瘴気の浄化もイマイチだったから、遂には騎士団長にまで匙を投げられていた。


 故郷の分所に異動になったと聞いたときには、胸のつかえが取れたみたいに非常に爽快だった。


 嫌な奴がいなくなって良かった。

 エマの職場はリリアンが来た以前に戻り、やっと普段どおりの生活が始まった。


 ところが、一ヶ月もしないうちに驚愕の知らせが舞い込み、エマは窮地に立たされることになる。





§



『ボーヘン男爵領にて水竜が出現したので討伐。水竜は隣国ハルベキヤの魔物特定固有種につき、ボーヘン男爵は魔物の討伐報酬と領地の被害賠償請求のため、隣国との交渉希望。国王陛下の承認を求む』


 リレルフィール王国騎士団ボーヘン分所から報告書が届いた。

 内容を確認したハーマン騎士団長は、すぐには信じられなかった。


 あそこには魔物を対処できる人材がいないからだ。


 一人だけいる騎士は、過去は優秀な魔剣の使い手だったが、今は片腕しかないため、ろくに戦えない。


(彼は私の功績のためによく働いてくれた。片腕を私のために失ってまで。だから、罪滅ぼしと労いの意味で分所に仕事を与えてやったのだ)


 ハーマンは王位継承権第二位だ。

 病弱な王子よりも優秀な後継者ならば、貴族たちの支援を受けてさらに王位に近づけると考えた。

 そのための箔付として火竜討伐に挑んで成功した。

 腕にある竜刻が、その証となっている。


(そういえば、あの分所には聖女もいたな。あまりにも使えなくて、つい最近王都から追い出すように異動させたばかりだった)


 戦力にならない二人しか分所にいない。

 特定固有種の魔物を相手に領民たちが束になって挑んでも、敵の強烈な魔法で返り討ちにされるのがオチだ。


 そもそも報告の内容が嘘だというほうが、まだ信憑性があった。


(別の魔物と勘違いしていないか? 私でさえ火竜と以前戦ったときは死にそうな目に遭ったというのに。まぁ、魔物がなんであれ、討伐まで済んでいるなら、私の出番はない。あとは陛下から指示待ちだ)


 ボーヘン男爵からの要請を受け、陛下が水竜の確認や交渉役の護衛が必要だと判断したら騎士団が動けばいいだけだ。


 その心の準備をしておけばいい。

 そう楽観的に考えていたので、陛下から命を受けて交渉役を任された外交担当のフィリプ卿から分所にいた人材について尋ねられたとき、正直に答えていた。


「騎士はシオン・リヒュエルという者が一人配属されている。しかし彼は過去に火竜討伐に参加するほどの腕の良い魔剣士だったが、その戦いが元で片腕を失くしている。聖女もリリアン・ボーヘンという者が一人いるが、ここで仕事を任せられるほど能力がなくて異動となった人物だ。水竜討伐と報告があったが、果たして本当なのか正直疑っている」


 フィリプ卿はいかにも文官といった中年の男性で、力仕事とは無縁な細い体つきをしている。

 こちらに尻尾を振りたいのか、締まりがないような愛想笑いを向けてくる。


「確かに水竜は大物ですから、そう思われるのも当然です。もし虚偽の報告ならば、とんでもない。私は嘘が大嫌いでしてな。恐れ多くも陛下を巻き込んだ勘違いならば、ボーヘン男爵には厳しい処罰が下されるでしょう」

「確かにな」


 最悪、領主不適者として領地の取り上げも考えられた。


(聖女リリアンはその男爵の娘だったな。娘だけではなく、父までも使えないのか。領民が不憫だな)


 ハーマンはそう見下していたが、このフィリプ卿との会話で自分の首を絞めることになるとは夢にも思わなかった。



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