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異常事態

「色と味が違って規格外でも、効くなら大丈夫だよ。俺そんなに細かくないし」


 シオンはポーションを迷いなく手に取り、さっそく一口飲んでいた。


「本当だ、味が違うね。すごく飲みやすいよ!」


 本物のポーションは、すごく苦味がある。でも、老婆のレシピは、爽やかな口当たりで、お茶みたいに飲みやすい。

 シオンは勢いよく飲み干した。


「おお、本当に効いているよ。いつも定期的に身体が病むんだけど、もう痛くない」


 彼はそう言いながら、左腕の先端をさすっていた。


「いや、それどころか、なんかいつもと違う? うわっ、熱い!」


 シオンが叫んで左腕を慌てて押さえる。

 彼が持っていた小瓶が床に転げ落ちるが、それを気にしているどころではない。

 彼はすごく辛そうで、身体を前屈みにして、苦しそうに低く唸っていた。

 なんと彼の顔からも、主に傷痕から白い湯気が発生している。

 異常事態だ。


「シオンさん、大丈夫ですか!? ごめんなさい、私のせいで!」


 やっぱりポーションを飲ませなければ良かった。

 リリアンの胸が罪悪感で潰れそうになったとき、目の前で異変が起きた。


「うわぁぁぁあ!」


 シオンが絶叫した直後、彼の左腕が伸びたのだ。

 左腕の切れた末端から、生えてくるように。


 気づいたら五本の指先まで見え、そこから湯気が立ち上る。


「はぁはぁ」


 シオンの荒い息がやけに部屋の中に響く。


 リリアンは目の前で起きた出来事に衝撃を受けすぎて言葉を失っていた。


 彼の左腕は元のように戻っていたが、復活した部分の皮膚には他の人にはないような黒い模様が描かれている。

 明らかに異様だった。


 ふらりと彼の身体が傾き、バランスを崩して床に座り込んだ。


「あのっ、シオンさん、大丈夫ですか?」


 我に返って、慌てて彼の様子を窺う。


 顔の傷痕がなくなっているのに気づいた。

 左側の顔が、右側と同じ健康な肌色だ。どうやら顔の傷跡も治ったようだ。


「失礼します」


 彼の側にしゃがみ込み、老婆から習ったように右手の脈拍を調べる。

 速いが力強く正常だ。


「シオンさん、意識はありますか? あのっ、左手の感覚もありますか?」


 リリアンがそっと左手の指に触れると、逆に勢いよく彼に握られた。

 驚いた直後、すぐに離された。


「うん、ちゃんと動くし、感覚はあるから大丈夫」


 シオンは確かめるように何度も手を開いたり閉じたりしている。


「あのっ、左手は元々こうだったんですか?」

「いや、違う。こんな状態は初めて見たよ」


 それを聞いてリリアンは自分のポーションがこんな事態を引き起こしたのだと思った。


「ごめんなさい。こんなことになるなんて!」


 リリアンは彼に土下座していた。


「いや、あなたのせいじゃないと思うよ。それに多分だけど、この痣は火竜討伐のせいかもしれない」

「……そうなのですか?」


 リリアンは顔を上げるが、まだ恐くて彼の顔は直視できなかった。


「うん。多分だけど。だから、リリアンさんが謝る必要はないよ。むしろ、腕を戻してくれたんだから、俺の恩人だよ。ありがとう」


 穏やかで優しい声だった。

 床についていた両手を彼に持ち上げられて握られる。

 勇気を出して見た彼の顔には、不快さはなく、むしろ感謝に満ちている。


「……それなら良かったです」


 リリアンもやっと安心して笑みを浮かべられた。


 傷のない彼の顔は、とても整っている。綺麗に治って良かったと思った。


 シオンに促されてゆっくりと立ち上がる。


「それにしてもポーションって、すごい効果があるんですね。初めて知りました」


 思えば、自作のポーションを重傷人に使うのは初めてだった。

 みんな疲労回復で使っていたからだ。


「え?」


 ところが、シオンに驚かれて、まじまじと顔を見つめられる。


「いや、普通のポーションで腕なんか生えないからね? リリアンさんが普通じゃないんだからね?」

「え?」


 今度はリリアンの顔が固まる番だった。


「多分だけど、これを上に報告したら、あなたは聖女、いや大聖女として認められると思うよ? そうしたら王都に戻れるよ。どうしたい?」

「私が大聖女ですか? そんな訳ないです!」


 思わず絶叫してしまった。


(だって、役立たずの落ちこぼれだって王都の騎士団にしっかりと認定されたのよ!?)


「俺もびっくりだけど、欠損部位を治すくらいの力は、大聖女くらいの実力じゃないのかな? 他の聖女と同じ物が作れなくて当然だよね。あなた自身が規格外だったんだから」

「でも、」

「あなたの言い分はよく分かるよ。俺も正直心底怒っている。あなたの力に全然気づきもしなかったどころか、あなたを落ちこぼれだと苦しめた奴らに対してね」


 確かにそうだ。王都にいた一年間、リリアンはずっと辛かった。

 落ちこぼれを理由に疎まれて拒絶され続けたから。


「あの人たちと、二度と働きたくないです」


 思い出すだけで身体が恐怖で震えそうになり、吐き気までしてくる。


 でも、シオンは理解しようと、こうして歩み寄ってくれた。

 上司として理想的なのは、目の前にいる彼だ。


 そう強く願って、リリアンは口を開いた。


「あのっ、私は、シオンさんが、いいです」


 しっかりと熱意を込めて言葉にした。


 すると、シオンの目が見開いたと思ったら、みるみる頬が赤く染まっていった。


「リリアンさんに、その、そう言ってもらえて嬉しいよ」


 彼は口元を押さえ、とても恥ずかしそうにうつむく。


「は、はいっ」


 リリアンもつられたのか顔が熱くなってくる。


(私、何か変なことを言ったかしら!?)


 口下手なので、説明不足だったり、言葉の選択がいまいちなときがある。


 リリアンは真っ先にそれを心配していた。


「あなたのポーションは報告しないよ。その力はバレないほうがいいんだよね?」


 その言葉を聞いて、リリアンは青ざめた。


(左腕が戻ったと知らせたら、彼は王都に復帰できるかもしれないのに、私のせいでダメになるの?)


「元々、あなたに出会わなければ戻らない腕だったんだ。俺のことは気にしないで、と言ってもあなたは気にするかな?」


 リリアンは言葉の代わりに大きく頷いた。


「じゃあ、やり方を変えよう。要は結果的に、あなたが俺と働けたらいいんだよね?」

「え? あっ、はい」


 シオンはきちんとリリアンの話を理解してくれたようだ。


「やり方はかなり変わるし、遠回りな方法になるけど、あなたの希望に沿えるように根回しするよ」


 彼が自信を持って約束してくれたので、リリアンは彼を信じて頷いた。


「ありがとうございます。でも、シオンさんに全部任せて、あのっ、大変申し訳ないんですけど……」

「いや、リリアンさんにも協力してもらうことになるから、気にしないでね。お互い頑張ろう」

「はい!」


 そういうことならと、リリアンは気合いを入れて返事をした。




 シオンと別れたあと、リリアンは寄り道しながら屋敷に帰った。


 先日のいただきもののお礼に作ったポーションを近所の人たちに配ったからだ。

 そうしたら、大変喜ばれた。


「売っているポーションはマズイくせに効きが悪くて高いのよね。ぼったくりもいいところよ」

「リリアン様のポーション以外は使いたくないわ」


 みんな似たようなことを言っていた。


(商人が取り扱うポーションは粗悪品が多いのね)


 リリアンはそう思ったが、真実は全く違っていた。


 それは翌日にボンカルが分所を訪れて明らかになった。

 彼はリリアンが作ったポーションのおかげで痛めていた膝が良くなったのだ。

 昨日は年寄りらしく杖をついて歩くのも一苦労な様子だったのに、すっかり昔のように機敏に動けるようになっていた。一回りくらい若返っている気がするくらいだ。


 でも、それはボンカルだけではなく、近所の人も同じで、ポーションをあげたみんなが生き生きと元気になっていた。


 ボンカルはシオンの顔や左腕が治っていることに驚いていたが、リリアンのポーションの素晴らしさに納得もしていた。


「お嬢様がいなくなってから、行商人が売りに来た騎士団のポーションを買ったけど、あれは高いくせにお嬢様のと比べたら全然ダメだったから、助かったぜ」


 領民たちが嘆いていた粗悪品のポーションは、なんと騎士団の正規品だったようだ。


「でもお嬢様、すぐに王都に戻っちまうんだろう? 残念だな」


 ボンカルは一時的にリリアンが帰省していると誤解しているみたいなので、落ちこぼれで異動になったことを話した。


「はぁ? 王都の騎士団の奴ら、ちゃんと目がついているのか?」


 ボンカルはひどく呆れていた。

 それからリリアンが大聖女として認められる可能性があるが、彼女が嫌な上司のいる王都への異動を望んでいない話を聞いて、彼も協力してくれることになった。


「お嬢様の価値が分からない王都の奴らにお嬢様は渡せねぇよ!」


 ボンカルは現地採用されてボーヘン分所を長年一人で真面目に勤めたので、リリアンだけではなく他の地元の人からも信頼されていた。

 だから、彼の協力は頼もしかった。


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