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規格外のポーション

 上司の配慮のおかげでリリアンは大分休むことができた。

 実家では良く眠れ、食事も美味しく食べられる。

 王都の騎士団での悪夢のような日々とおさらばできて、本当に良かったと感じていた。


 とは言え、久しぶりの出勤なので、やっぱり緊張する。

 到着した騎士団分所には、上司のシオンだけではなく、誰もいなかった。

 肩透かしな気分だが、相変わらず室内は汚い。

 書類は出しっぱなしで未分類な感じに見える。台所も以前のように使った食器がそのまま重ねられている。


 書類はリリアンが見てもいいのか分からないので、職場の共用部分にあたる台所だけでも片付けを始めた。

 彼は片手が不自由だから、洗うのも一苦労だろう。


 あらかじめ用意していたエプロンを着けて家事を始める。

 一通り終わったあとに上司は戻って来た。


「騎士様、あのっ、おかえりなさいませ」


 今日の彼は騎士の制服を身につけている。左袖が邪魔なのか、余った部分をまくり上げている。

 どうやら仕事で出歩いていたようだ。

 足元が土でひどく汚れている。


「あれ? 来てたの? ってか、そんな女中みたいなこと、しなくて良いよ! あなたは領主の娘でしょう!?」


(領主の子供は全員、家事をしないと思っているのかしら?)


 彼の認識を改める必要があるようだ。


「弟は、その、アレの皮をむきます」

「アレの皮?」

「はい。あっ! アレとは、おいものことです」


 説明不足に気づいて、慌てて補足する。


「そうなんだ……。君の家では、みんな家の手伝いをするってこと?」

「はい」


 雇える使用人が少なくなったので、料理までは手がまわらないからだ。

 みんなで協力し合っていた。

 我が家は貧乏だが、そこまでは二度目に会った人には言えない。

 それに――。


「あのっ、少しでもお役に立てればと……」


 聖女としては役立たずだから。

 ここでも低評価なら、最悪クビになるかもしれない。それだけは避けたくて必死だった。

 リリアンがシオンの様子を窺うと、彼は少し驚いたように固まっていた。


 リリアンの殊勝な態度は、王都から送られてきた評価と全く異なるからだ。

 

 リリアンが不思議に思って首を傾げる。すると、彼は慌てて笑みを浮かべた。


「ありがとう、助かるよ。ところで、火にかかっている鍋は何かな?」

「スープです。あのっ、一緒にお昼にいかがですか?」


 リリアンは聖女になったときに支給された収納バッグからパンやおかずを取り出して、手早くテーブルに並べる。


 このバッグは見かけ以上に物が入るだけではなく、物の重さも感じない。

 すごく便利なので、今日みたいに荷物が多いときに活用している。


 魔物から取れた素材には、不思議な力が宿っており、このバッグのように日用品にも使用されている。


「ありがとう。家の中がピカピカになっているし、なにからなにまで……」

「いえいえ」


 恐縮しているけど、ありがたそうな様子を見れば、ひとまず好印象のようだ。

 食事も口にあったようで、喜んでもらえた。


「あのっ、お茶をどうぞ」

「うわー、温かい飲み物なんて久しぶりだよ。本当にありがとう」


 お湯すら沸かしていなかったようだ。

 この部屋の荒れ具合を見れば、彼は一人でこの地に赴任したようだ。


「騎士様の故郷は、どこなんですか?」

「あぁ、俺の故郷は王都近くの村だよ。でも、子供の頃に孤児になったから、人の多い王都にやってきたんだ」

「まぁ、それで騎士に? すごいですね」


 ほとんどの騎士は、貴族の嫡子以外の男子がなっている。

 実力があれば平民でもなれるが、貴族の推薦やよほどの実績なければ難しい。


 リリアンが率直に称賛すると、彼は意外そうな顔をする。


「貴族に賄賂を送ったとか、媚びへつらったとか、思わないの?」


 お金さえあれば、そういう手段で騎士になることも可能だった。


「そんなこと思いません! だって……」

「だって、なんだい?」


 リリアンが口籠り、次の言葉がすぐに出なくても、シオンは当たり前のように待ってくれた。


 それがとても嬉しかった。

 以前の職場では、愚図のように扱われる原因になっていたから。


「……あのっ、気に障ったら申し訳ないのですが、あなたは強い人ですから」


(落ちこぼれの自分が他人を、しかも上司を評価するなんて、身の程知らずと思われたらどうしよう?)


 でも、どう言えば、角が立たずに伝えられるのかリリアンには分からず、そのまま思ったことを口にした。


「どうして、そう思ったの?」

「どうしてって……、見てそう感じたからです」


 そう答えて嫌なことを思い出した。

 前の職場でも同じことを言って嗤われたからだ。

 いい加減なことを言うなと。


 具体的にどう違うのか、うまく言葉で説明できなくて、結局理解されなかった。

 リリアンは感覚で強さを測っていた。


「すみません、変なことを言って。あのっ、今のは忘れてください」


「いえ、興味深い話だから、もっと聞いてもいいかな? あなたが会った中で一番強いと感じた人は誰かな?」


 これも前の職場で同じことを尋ねられた。そして、正直に答えて怒られたのだ。


「……言ったら、気に障るかもしれません」

「そんなことで怒らないよ」

「なら、言いますが、……あなたです」

「俺? 騎士団長ではなく?」

「……はい。桁違いです」


 前は上司が騎士団長だったから、彼以外の名前を挙げて怒られた。


 火竜を討伐して竜刻を得た英雄を馬鹿にするなんてとんでもないと。


 竜のように多大な魔力を持つ魔物の体内には、魔核と呼ばれる器官がある。その魔核を魔物がまだ生きている状態で破壊したとき、魔物の大量の魔力を浴びることによって、魔物のような力を得ることがある。

 その証が竜刻で、騎士団長の腕にあると言われている。


 竜は、一体現れただけで街が壊滅的になるほどの脅威だ。

 ただの兵士が百人いても太刀打ちできない。


 だから、この発言は、シオンに対してただのご機嫌取りに思われる恐れがあった。


(でも、こんなに強そうなのはおかしいわ。すごく圧倒される感じ。やっぱり私がおかしいのかしら)


「そっか。あなたにはそう見えたんだ」


 シオンの顔が少し強張った気がした。


「すみません、やっぱり気に障りましたよね」

「いや、あなたが聞いていた話とは全然違うから」

「え?」

「あと、俺はそこまで畏まられるのは苦手だから、騎士様ではなくシオンって呼んで欲しい」

「いいんですか?」

「もちろん」

「では、シオンさんと呼ばせてください」

「うん、じゃあ俺もリリアンさんと呼ぶね」

「はい」


 落ちこぼれだから、嫌われる前提で考えていた。

 でも、こうして彼と少し打ち解けられて嬉しかった。

 思わず顔がにやけてしまう。


 それから彼は色々と話してくれた。

 

「実は俺も火竜討伐の一員だったんだよ。これでも魔剣の使い手でね」

「まぁ、魔剣士だったんですね」


 魔物から得られる魔石は、装飾に利用しやすく、魔物のように魔法を使うことも可能だ。

 魔石が装飾された剣を魔剣と呼び、聖女と同じように資質がないと扱えない。

 魔剣士と呼ばれる騎士は、魔物討伐に必ずと言っていいほど呼び出される。

 魔法が使える彼らがいないと話にならないからだ。


(だから、シオンさんも命令で討伐に参加せざるを得なかったのね)


「うん。でも、竜との戦いのあと、ボロボロになってしばらく意識もなく寝込んでいたんだ。やっと動けたのは二ヶ月後で、その間に王弟の騎士団長が国に英雄として認められていた。俺はわずかばかりの報奨金を得られたのはいいけど、この腕では今までの仕事は難しいだろ? 辛うじてクビにはならなかったけど、魔物の少ない場所に異動になったんだ」

「……そうだったんですね」

「だからさ、俺はもう片腕を失くして使い物にならないと思っていたから、リリアンさんに認めてもらえて嬉しかった」


 そう言う彼は、照れくさそうに満面の笑みを浮かべていた。


「リリアンさんも俺が認めるよ。あなたが落ちこぼれではなく、立派な聖女だって」

「……え?」


 シオンの理屈が全然理解できなかった。

 

(私が落ちこぼれではなく立派な聖女? なぜ、そんな風に思ったのかしら? あっ、そういえば彼は私が落ちこぼれだと知っていたの?)


「他人の話を鵜呑みにしていたら、危うく俺は間違った対応をするところだった」


 シオンは苦笑いするが、リリアンにはその理由が分からず首を傾げる。でも、残念ながら彼から説明はなかった。


「そろそろ帰りなよ。なんか今日は家事だけしてもらって申し訳なかったね」

「いえ、お役に立てて良かったです。これからも任せてください。あのっ、次はいつ出勤すれば良いですか?」

「明日は大丈夫?」

「はい、問題ないですよ」


 リリアンは了承したあと、帰り支度を始める。


「それ、もしかして、ポーション?」


 バッグの中を整理しているときにシオンに声をかけられた。


 帰りにお裾分けのお礼を渡そうとバッグに自作したポーションを入れていたのだ。

 会ったときに渡しやすいようにバッグの入り口に移動したときに彼の目に留まったようだ。


 小さな透明な瓶に入った青色の液体だ。


「そうなんですけど……」

「ポーションは作れないと報告に書かれていたけど」

「はい、正規品は作れません」


 リリアンの説明にシオンは合点する。


「あぁ、もしかして、色が違うせい?」

「はい。だから、その、規格外なんです」


 本来のポーションは、緑色だ。

 でも、リリアンが作ると青色になってしまう。


 違った色だと別の物と勘違いしてしまう恐れがあり、緊急時に混乱して使えないからと、騎士団では絶対に認められなかった。


「そうなの? でも、使えるんだよね?」

「そうなんですけど……」

「へー、ちょうど良かったよ。ポーション、ちょうど切らしていたから。さっそく使ってもいいかな?」

「えっ、でも、その」

「どうしたの?」


 言葉に詰まるリリアンをシオンは特に気分を害しないで待ってくれた。


「……色々と違うんです」

「どんなところが?」

「レシピがです」

「どんなふうに違うの?」

「騎士団で教わったものと違いますし、あと味も違います」

「えっ、あれよりもマズイの?」

「いえ、味が違うだけです」


 リリアンは聖女になる前からポーションを作ることができた。今は亡き遠縁の老婦が薬草に詳しく、親しくしているうちにポーションの作り方も教えてくれたからだ。


「アンタ才能あるね。これは誰でも作れるわけじゃないんだ」


 老婦のその言葉をリリアンはなんとなくで聞いていた。

 その後、その才能の正体が分かったのは、騎士のボンカルのおかげだ。

 彼はリリアンの作ったポーションで気づいてくれたのだ。


「お嬢様には、聖女の才能があるよ。騎士団で採用してくれるけど、どうする?」


 その言葉に仕事を欲していたリリアンは、一も二もなく頷いていた。


「お嬢様のポーションは美味しいし、良く効くから、絶対に気に入ってもらえるよ」


 ボンカルはよく疲労回復やちょっとした怪我のために服用していた。

 彼がそう言って評価してくれたから、騎士団でも問題なく認められると安易に考えてしまったのが運の尽きだった。


 リリアンが王都の騎士団に来た当初、ポーションを作れると申告したら、すぐに任されて作成した。

 ところが、完成品の色が違ったので、全部破棄されてしまったのだ。


「緑は、癒しの色と昔から言われているのよ。それ以外はありえないと知らないの!?」

「で、でも……」

「ポーションの歴史の講義を受けたでしょ!? 二百年前、聖女自ら赴かなくても回復できるように開発されたときから、癒しのポーションは緑色なのよ!」

「す、すみません……」

「作れるだなんて嘘つき! 貴重な材料を無駄にして信じられない!それに、あなたが知っている作成方法の方が効率が良いですって? ここは優秀な人材が集まっているのよ。世間知らずな冗談は田舎だけにしてくれない?」


(そう筆頭聖女のエマ様に非難されてしまったのよね)


 味の違いも規格外にされた理由だった。

 同じでなければ駄目だと、王都の騎士団では厳しかった。


 教えられた作り方や材料に従っても、リリアンがやると、どうしても同じ物ができなかった。


「このやり方でみんな同じに作れるのに、なぜあなたはできないの?」


 エマに責められてばかりで、その報告が騎士団長まで届き、彼が不機嫌に監視する中でわざわざ作らされたのだ。


 他の聖女たちもいたので、針のむしろのような恐ろしい状況だった。

 何度も作らされ、失敗するたびに「真剣にやれ」と舌打ちされる。


 泣きたくて仕方がなかった。

 みんなと同じように作れない自分自身が情けなかった。


 やっと緑色で完成したとき、リリアンは何度も作らされたせいで疲労困憊でクタクタだった。


 でも、頑張った末の成功だったから、嬉しくて仕方なかった。

 やっと認めてもらえる。

 期待を胸にその完成品を騎士団長に差し出した。

 ところが、効果テストで合格できなかった。折れた一輪の花に垂らしても治らなかったからだ。


「花びらの萎れが少し良くなったくらいでは、残念ながら不合格だ」

「そんな」


 リリアン自身、その結果が信じられなかったが、実際に目の前で証明されてしまい、反論すらできなかった。


 その結果、リリアンはポーション作成では使い物にならないと判断された。


 故郷にいたときは、みんな青い色を気にせずリリアンのポーションを喜んで使ってくれていた。

 だから、今回お裾分けのお礼に久しぶりに作ったが、王都から来た彼に使わせるのは大変躊躇いがあった。


 正規品とあまりにも異なるリリアンのポーションに戸惑い、嫌な思いをするかもしれないからだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 規格外、という言葉が正しく使われてて感動しました なろうだと、いわゆる超人を指し示す時だけに使われていて、ものすごく違和感を覚えていました (クソコメごめんなさい)
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