謎
薬草園の温室にリリアンたちは再び来ていた。
本日の天気は良く晴れていたので、ガラス張りの建物の中に燦々と陽の光が差し込んでいる。
昼頃の時間帯なので、特に蒸し暑い。
じわりと服の下で汗を流すリリアンたちの眼下には、例のマンドラゴモドキがある。
一株ずつ区切られて大きな一つの容器に入れられている。緑の細い葉の下には一本の茶色い太い根があり、培養液に浸っている。葉の近くの根には人間の顔みたいな皺があり、今は目を閉じているような状態だ。半分くらいは元気なく倒れるように葉が萎れている。
「俺が疑問に思ったのは、この薬草のことだよ。メルリ見習い聖女は言っていたよね? 最初に来たときは元気だったけど、指示どおりに世話をしていたら元気がなくなっていったと。つまり、一ヶ月前には元気だった薬草が弱った原因が気になったんだ」
シオンの発言に真っ先に反応したのは、サラサとアザベルだ。
「あら、そのマンドラゴモドキでしたら、その弱った状態が普通ですよ。むしろ元気だったというのが異常と言いますか、普通ではないです」
「サラサ様のおっしゃるとおりです。それは元々弱りやすいんです。下手に触ると、名前の由来になったマンドラゴラのように人に害を与えるので、小さい株のうちに移植したあとは培養液をあげるくらいしか手の施しようがないんです」
二人の言葉に彼女たち以外が目を丸くする。
メルリの顔は青ざめていた。
「嘘ではないです! 本当に初めて見たときは元気だったんですよ!」
「そうです。確かにメルリさんの言うとおり元気でしたよ」
メルリはリリアンの言葉を聞いて、まるで救世主を崇めるような視線を向けてくる。
でも、真相を知っている身としては、少し罪悪感があった。
「あの、私が世話をしているときは、ですけど」
最後のリリアンの発言で、周囲の視線が一斉に集まった。
「リリアンさん、どういうこと?」
「私が落ちこぼれだったときによくこの薬草園に来ていたんです。仕事がなかったので、手持無沙汰だったものですから。それでマンドラゴモドキの世話もよくしていたんです」
「じゃあ、この薬草にリリアンさんが作った聖水を与えていたの?」
「いいえ。様子を見ながらこまめに株ごとに水位を変えていたんです」
リリアンの説明を聞いて、聖女たちが顔色を変える。
リリアンも知らなかったのだ。マンドラゴモドキが、元々半分が弱っていて当たり前だという事実を。
知らなかったので、なんとか元の正常な状態に戻さなくてはと必死だった。
聖女の仕事だけではなく、薬草の世話すらろくにできないのかと、あれ以上は責められたくなかったから。
「リリアン様、それはすごい発見ですわよ!」
「聖水を使わず、水位を変えるだけなら、私たちでもお世話が可能ってことですか!?」
サラサとメルリが食いつき気味に発言してきた。
「リリアン様、ご説明をお願いできますか?」
少し遅れてアザベルが冷静に尋ねてくる。
「はい。明らかに萎れているのは根腐れを起こしているので回復する必要がありますけど、そうでない場合でも放っておくと元気がなくなっていきます。なので、植物の状態を見極めることが大事です」
「どうやって見分けるんですか?」
メルリが好奇心旺盛に目を輝かせている。
「この二つを見てください。何か違いが分かりますか?」
尋ねると、メルリ以外は首を傾げた。
「……もしかして、葉っぱの様子が少し違いますか?」
「そうです」
メルリに頷くと、他の聖女たちが慌てだす。
「そうなんですか? 私には分かりません」
「私にも分からないわ」
不思議そうに首を傾げるばかりだ。
「弱りそうな株を少し上に持ち上げると根腐れを防げるんですが、その位置は株の様子を見ながら恐る恐るやるので、何度も失敗して覚えたんですよね。申し訳ないことに説明がしづらいです」
「ちょっと待って。株の様子を見ながら? 失敗するとどうなるの?」
「はい、逆に間違った位置にすると、株が抜かれると誤解して叫び出してしまうので、周囲の株が一斉に攻撃してきます」
「……」
マンドラゴモドキは、特殊能力を使った聖女や魔剣士の疲労回復に役立つ効能を持つ。
だが、この恐ろしい性質があるので、収穫するときは手で直接は抜かず、必ず培養液の容器を空にして遠くで叫ばせて少し乾燥させてから採取する必要がある。
「えっ、もしかしてリリアンさん、この株たちに攻撃されたことがあるの?」
シオンが恐る恐るといった様子で尋ねてきた。
「ええ。でも、ちょっと手がチクっとしただけですよ?」
リリアンは利き手をみんなに掲げてみせる。特に傷跡もなく、何も問題ないことを証明してみせた――つもりだった。
「いやいやいや。ちょっと待ってリリアンさん。マンドラゴモドキの恐ろしさは薬草に関して素人の俺でも知っているよ? 本家のマンドラゴラみたいに死の危険はないけど、葉が鋭利な刃物のような形状になって襲ってくるって有名だよね? 下手すると手が壊死するって」
「そ、そうですわ。リリアン様。チクっとしただけでは普通は済まないと思うんですが」
サラサの笑顔が少し引きつっている気がした。
「そうですか? では、試しにやってみますか?」
「いやいやいや、今は大丈夫だから!」
「リリアン様、結構ですよ!」
怖がった様子でみんなが慌てて首を横に激しく振って拒否してくる。
(みんな心配してくれたのね。優しいわ)
「そうですか。では、実際に動かして見せましょうか? 今は慣れたので、わざとではなければ失敗しませんよ」
「本当に問題ないなら見てみたい気もするけど……」
危険だと言われる薬草に触れるので、みんな躊躇しているようだ。
ところがアザベルは違った。
「疑うわけではないのですが、本当に株を動かせるのか、私は是非見てみたいです。どの株を動かすのかはメルリさん、あなたが選んでみては? 葉っぱの違いが分かるのでしょう? リリアン様も万が一刺されても大したことがないとおっしゃっていましたので」
アザベルの提案にメルリは不安そうに目を泳がせる。目が合ったときにニコリとリリアンが彼女に自信を持って微笑みを向けると、やがて彼女は覚悟を決めたように力強く頷いた。
「分かりました。選んでみますね」
メルリはじっと株を観察したあと、リリアンに一つの株を指差した。
「これはどうですか?」
「では、さっそく動かしてみますね」
リリアンはすぐに株に触れ、わずかに左右に揺らして上に動かす。
「本当に襲ってこないわ!」
「大聖女様、すごいです!」
「あら、メルリだって、良い目をしているわ。一度教えられただけなのに、よく見分けられたわね」
「えへへ」
サラサに褒められたメルリはすごく嬉しそうだ。
まだ納得していなさそうなアザベル以外は、賞賛の目をリリアンに向けてくれる。
「まさかですけど、ちょっとくらい動かすくらいでは、反応しないだけなのでは?」
「じゃあ、試してみればいいよ。万が一のことがあっても、リリアン大聖女がいるし」
シオンの言葉に背中を押されたのかアザベルは先ほどのメルリと同じように株を見定め、選別した株に手を伸ばす。
先ほどのリリアンと同じように少し動かした程度に見えた――。
「キエエェェ!」
ところが、薬草の口みたいな皺が動き、耳を貫くような叫び声が発せられる。ガサガサと周囲の葉が素早く動いたと思ったら、アザベルの悲鳴が温室中に響き渡った。




