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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 出会い
9/72

序章.9 初めての領都到着

 気持ちのいい朝だった。

 晴れ間が広がり、こんな日は洗濯物が良く乾きそうだ、とセーラはあくびをしながら窓から外を眺める。


 ベッドに座ったまま、後れ毛に気を付けながら崩れた髪の毛を一つに丸くまとめた。なるべく頭巾から出ないようにするためだ。

 鏡がないので、窓にうっすらと映る自分の影を見ながらではあるが、左右に首を振り、髪の位置を確かめる。

 革紐でぎゅっと強く縛ると、頭巾を丁寧に被った。


 ベッドから降りて一度伸びをしたところで、鍵の開く音がした。

 先に起きていたソジュが、手水盥ちょうずだらいを持って戻ってきたのだ。

「お、目が覚めたか。飯の前に顔を洗っちまえ」

「父さん、ありがとう」

 セーラは被った頭巾を改めて下ろして洗うと、床の隅の方に盥を置いてテーブルに腰掛けた。


 しばらくして給仕が持ってきた朝食を、今日の予定を確認しながら二人で食べる。

「今日は北門からコランドルを出て、そのまま北へ向かう。途中から直轄地に入って、今日は宿場町に泊まるからな。次の日は領都の玄関と呼ばれる街に泊まる。その翌日に領都だ」

 領都に近づくと、行き交う商人や旅人が多くなる。そういう人たちが立ち寄るための街が、街道沿いにあるのだ。


「人が増えるってこと?」

 温かい麺麭を手で千切りながら、恐々とセーラは聞いた。

「まあ、コランドルも人が少ない街じゃないし、領都に入ればそれこそ人の多さは段違いだ。気を付けるのは変わらないからな」

「分かってるけど……」と、気を張りすぎて疲れた記憶がよみがえり、少し不満そうにセーラは言った。


 本当に、セーラは思ったことがそのまま顔に出る。

 ソジュは少し笑った。

「あれ? 知識の館に行くまでは頑張るんじゃなかったのか? ここで待つか?」

「頑張るよ! 初めてのことばかりで楽しいもん! ……でも、疲れるのも本当なんだよね」

 目を大きくして、首を振りながら反論しつつ、最後には疲れた老婆のような顔をしてセーラはため息を吐いた。


 そして決意したように姿勢を伸ばすと、頷く。

「うん。でも大丈夫!」


 ころころと表情が変わるセーラを、ソジュは内心で愛おしく思いながら見つめた。

「ほら、早く食べて出るぞ」

「わふぁっふぁ」

 口の中をいっぱいにしたまま話をするのは、セーラの悪い癖だ。

 こら、と顔だけでソジュが怒り、慌てて咀嚼してミルクと一緒に飲み込む。


 食事が終わった頃、通常とは違う暗号のノックで扉が叩かれ、レグルスが声を掛けた。 

「おはようございます。先に馬車の準備しときますね」

「ああ、俺たちも出るよ」



 一行は、宿を出て馬車に乗り込み、北門からコランドルを出た。

 出る時も同じような問答が繰り返され、セーラは隠れて膝を抱えていた。


(あ、地面が変わった)

 門を出ると、振動が変わった。

 コランドルの街は、地面が石畳で敷かれ整備されていたことに、セーラは初めて気づいた。


(貴族の治める街って、やっぱり村とは違うんだわ。食べるものはそんなに違わなかったけど、色々見て回りたかったな)

(きっと、村にはない、見たことや食べたことがない物もきっとあるんだわ)


 宿屋のみの滞在で、しかも一泊しかしていないのにもかかわらず、セーラはコランドルの街のあれこれを想像し、離れることを少し寂しく思った。

 なかなかたくましい想像力だ。

 

 途中、月寝の宿に用意してもらった、豚肉を挟んだ蒸した麺麭を昼食にしながら、馬車は北へ向かう。

 馬のためにも何度か休憩を挟みながら、しばらく馬車に揺られると、レグルスが振り向いた。

「もうすぐ、コランドル管轄を出るよ」

「あれ? 門はないの?」

 ただの道が続いているだけで、境界がないことをセーラは疑問に思った。

 景色が変わっているようには見えない。


「うん。門や街を囲んでいる壁は貴族のいる街だけだね。他は集落ごとに自警してる。南の村もそうだろ? ここはまだコランドルが管轄している土地ではあるけど、街じゃないからね」

「そうなんだ。でも管轄が違うことはどこで分かるの?」

「だいたいだ」

 ソジュが簡潔に答えた。


「え?」

 セーラは、目を大きくした。

 初めて目にすることが多く、それに比例して「なぜ? なぜ?」と疑問が多くなっていることは、セーラ自身も分かっていた。

 ただ、先ほどまではセーラの質問にはすべて丁寧に説明してくれていたのに、いきなり大雑把な回答が来たので、驚いたのだ。


 慌てたようにレグルスが付け加えた。

「管轄しているコランドルの貴族様や領主様なんかはきっと分かってるさ。俺らはしっかり知ってなくても問題ないからね。南の村の境界はきちんと把握しているしさ」


 そういうもんか、とセーラは思った。

 同じ領内だから、そんなに問題ないのかな、と思ったくらいで納得した。



 一行は、予定とあまり相違なく夕方に宿場町に到着した。

 立派な門や壁はないが町の入り口に立っている門番とやり取りし、中へ入る。


 この宿場町の地面は、石畳ではなく地面のようだ、とセーラは気付いた。頭巾を深く被っていて入ってくる情報が限られるため、貴族の治める街との違いはそれくらいしか分からなかったが。

 コランドルと同様に宿屋で部屋に入る。もちろん、食事は部屋で取ることになった。

 宿場町だからだろうか、この宿には三人泊れる部屋があり、一行は一部屋で休むことにした。


 セーラは、緊張はしたものの、一度経験したため昨日より疲れは出ていない。慣れたように内鍵を閉めて椅子に座ると、頭巾を下ろした。

「お疲れ様」

 そう言いながら再度セーラは立つと、備え付けられた水差しからカップに注いだ。テーブルに置きながら改めて言う。


「今日も二人ともお疲れ様でした」

 二人とも、謝意を述べ、水を飲んで渇きを癒した。


「そういや、今日も酒場に行くの?」

 セーラがそう問うと、レグルスは頷いて肩を竦めた。

「こういう宿場町は色んなところから人が集まってるからね。色んな情報も集まるってわけ」

「酒が飲みたいだけだろう」

「保護者様はセーラちゃんから離れちゃ駄目ですからね。一人でこなすのは大変ですけど、僕は僕の役目を果たしてまいります」

 レグルスは心の底から仕方なさそうな顔をしつつも、大変な仕事を請け負ったように胸を叩いた。


「こいつ……!」

 ソジュが手を振り上げると、レグルスは笑って「行ってきま~す!」と軽やかに扉を開けた。

「待て、鍵を持って行け。寝てる時に起こされちゃかなわん」

 ソジュは鍵をレグルスに放り投げる。

 おっと、とちょっと落としかけながら鍵を受け取ると、レグルスはそのまま出て行った。


「父さん、ごめんね?」

 酒がどれだけ美味しいのか、飲むことがどれだけ楽しいのか、経験がないセーラは疑問形で謝る。合ってるかどうか分からないが、セーラがいるからしたいことができないなら、それは謝らなければならない。

「ああ、大丈夫だ」

 ふっと笑ってソジュが嬉しそうに答えた。

「それに、今日はエールを晩に一杯頼んでるからな」

「あ、お腹減ってきた」


 コンコンと、タイミングよく食事が来たようだ。セーラは本能に従って扉を勢いよく振り返ったが、あっと思い出した顔をすると、慌てて頭巾を被って一番奥のベッドに入った。



 本日の献立は、芋と根菜の煮込みだ。

 熱々の芋を頬張って、エールで喉を潤すと、ソジュはいい顔で木のジョッキをドンっとテーブルに置いた。

「ぷはー! 美味い!」

 いつもの家での父親の顔だ。セーラは少し安心して笑った。


「父さん、昨日、レグルスは情報貰って来たの?」

 レグルスが出て行った時に、昨日の酒場の話を聞いていないことを思い出したのだ。


「ああ。まあ、あんまり緊急な情報はなかったけどな」

「そう」

「第二公子様が王都留学から帰ってきたとか、それで持って帰ってきた王都で流行している菓子が、領都の下町で流行り出したとかだ。噂も特になさそうだったな」

「お菓子! できたら食べたいな」

「ああ、買えたら買っておく。どんな菓子か分からんし、日持ちするかも分からんから、土産にするかどうかは商業ギルドに行った時に考えるか」


「そういや、情報集めも荷送部の仕事って言ってたけど、荷送部はコランドル以外ではあんまり街に立ち寄らないんだよね? 酒場だけ行くの?」

「あれは、あいつの酒場に行きたい言い訳だ」

「え?」

「もちろん、情報収集は荷送部の仕事だが、領都で行えば基本的には充分だ。領都に着くまでは、コランドル以上の情報は恐らくないだろうな」


 セーラが呆れた顔をしたのを見て、ソジュが付け加えた。

「言い訳は酷かったな、ちゃんと情報も収集してるようだし。ま、大義名分だ」

 どっちもどっちだ、とセーラは思いながら肩を竦めた。


 

 翌日も同じように弁当を宿に作ってもらい、同じように朝早く街を出ると、北へ向かった。

 領都の玄関と呼ばれる街でも一泊し、頭巾で髪と目を隠すことにも慣れてきたころ、遠くに白い壁が見えるのが分かった。


 山脈の麓で台地の中でも少し高くなっているところに広い範囲で見える。

 そして、その奥に、山脈に沿ってとても高い何本もある塔で区切られた壁があった。

 すごい存在感だ、とセーラは驚く。山の自然とのコントラストが強く見え、まだ遠くに見えただけにもかかわらず少し怖くも感じた。


「あれが国境だ」

 手綱を握ったまま、ソジュが言った。

「あの奥は深い堀が掘られているらしい。橋が架かっている一か所のみしか、山の向こうの国とは行き来ができないと聞いたことがある。噂だがな」


 侵略された側だからだろうか。守る方に比重が偏っているような気がした。国を超えて先へ行くことは、ユール・ディフェル王国はあまり考えていないようだ。


 セーラは、初めて見る領都に、声もなく圧倒されていた。

 ぶるっと一つ身震いをする。


「知識の館はあの奥の壁の近く?」

 恐々聞いたのが分かったソジュはすぐに否定した。

「いや、あそこは貴族様しか行けないな」

「そうそう、下町と貴族様が住む場所も城壁で区切られてるし、領主様がいる城なんて見たこともないよ」

 にっこり笑ってレグルスが続ける。セーラは少しほっとした。

「知識の館は、領民がアランディア文字を覚えるために領主様が下町に建てた館だからね。領民であれば誰でも入れるよ」


 漸くだ。漸く、皆と同じように文字が読めるようになる。

 三日の旅で身体は疲弊していたけど、改めて文字を読めるようになる喜びが湧いてきた。


「今回は三日滞在だ。知識の館は明日行くからな。明日は村の用事を片付けるから、一日中知識の館にいなくちゃならない。その次の日は、午前の半日だな」

「分かった」

「村の子どもたちは、行くたびに文字だけじゃなくてこれからの自分の仕事に必要な知識や基本的な算術なんかも徐々に勉強していくんだが、セーラは多分文字だけしか勉強できない」

「分かった」

「……文字はきっちり覚えるように」

「大丈夫。分かってるよ」


(もうすぐ私も十五の儀だ。ちゃんと分かってるよ)

 ソジュが少し口籠った理由も、何となくわかる。

(文字さえ覚えられれば、後は村で何とかなるでしょ)


 そう楽観的にセーラは思いながら、後ろを見ていない二人に分かるように、大丈夫だと、もう一度心から明るく言った。

 往路の終了はもう間近だ。

 近付いてくる南の城壁を馬車の中から見つめて、セーラは一つ、頷いた。

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