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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 出会い
7/72

序章.7 初めての街と昔ばなし

 街へ入った馬車が宿へ向かう。

 セーラはぎゅっと頭巾の端を持ったまま、耳を澄ませた。


 夕方のこの時間は、仕事を終えた人々が通りを急いで歩く音、和気藹々と酒場へ向かう集団の声、その客を引くための店員の呼び声などが重なって、それなりに賑わっているのが感じられた。

 目に入ってくるのは自分の足だけだが、それでも村よりも賑わっているこの街の人口が多いことは分かる。


(いっぱいの人達。どんな感じだろう)

 馬車から響く振動が土ではないことを示して、それもまた気にはなるけれど、それよりも怖気が勝って、セーラは大人しくしていた。


 好奇心旺盛で、ここまでの旅の途中は目を輝かせて色々なものを吸収していたセーラは、街へ入る時から、幼い頃に預けられたロディー婆の話が頭を巡り、知らないことへの興味よりも怖さが勝ってしまったのだ。


 セーラは昔のことを思い出した。

 女連中が畑仕事をする時、手伝えない子ども達の面倒を、まとめて世話をしてくれていたのがロディー婆だ。

 ロディー婆は色んな話を知っており、子ども達に語り聞かせてくれたのだが、その中で一番深くセーラの心に刺さった物語があった。

 魔女の話だ。



 その昔、心優しい娘が一人で森の中に住んでいた。

 その娘は、動物と言葉を交わすことができた。他の誰も動物と言葉を交わすことができないと知った時、娘は人ではなく動物と暮らすことを選んだ。

 もちろん、人は狩りもする。動物たちは食料にもなり得るのだ。

 言葉を交わすことで友とも呼べる動物たちに危害が加わることを怖れた娘は、誰にも言うことなく、住み慣れた土地を離れて森に入った。

 一人ではあったものの、周りには動物が集まり、娘は寂しい思いをすることもなく平穏に暮らしていた。


 ある時、近くの村に住む少年たちが、遊ぶうちに森の深くへ入り込み、娘の住処を偶然見つけた。

 彼らは自分より年上だが大人ではない娘が一人で暮らしているのを見つけたが、不思議な雰囲気に声を掛けることができなかった。


 その時、娘は洗濯物を干していた。少年たちが茂みの陰から見ていると、楽しそうに鼻歌を歌いながら籠から洗濯物を取り出している彼女の手から、小鳥が数羽、服の端をくちばしで挟んで物干し竿に掛けている。

 そして、洗濯物を掛けた小鳥に対して、「ありがとう」と娘は礼を言った。

 礼を言われた小鳥たちは、娘の肩に留まり、ピーピーと鳴いた。

 すると、娘はそれに答えるかのように、大きく頷いた。

「分かったわ。これが終わったら木の実をあげるわ」

 

 少年たちはぎょっと目を大きくして見合わせた後、最初は静かに、森を出てからは一目散に「わあー」と叫びながら村へ戻った。

「魔女がいた!」

 口々に娘のことを話す少年たちに、大人たちは笑って取り合わず、森の奥深くへ入った少年たちを叱る。


 少年たちは、信じてもらえなかったことにむしゃくしゃしつつも、大人には逆らえない。

「大人は分かってない。このままだと魔女にやられちまう。俺たちで、魔女を退治するんだ」

 自分たちの言い分を信じてもらえなかったことへの憤りと、何の正義かよく分からない団結感だけで彼らは武器を手にした。


 自分たちが農作業で使う鍬や集めた石をそれぞれ持ち、再び森へと向かう。

 少年たちは、娘が人に害をなす魔女だと信じ切っていた。

 動物と話せるという人と違う一面それのみで、実際に悪いことをされたわけでもない。それにもかかわらず、娘は少年たちの中で凶悪で罪深い魔女になっていた。

 

 少年たちが娘の家に到着した時、娘は家の玄関ポーチへ続く木の階段に座り、黒い狼と向き合っていた。

 娘は頬杖をつきながら、片方の手で狼の首の毛を優しく撫で、話をする。

 娘は、狼が冬籠りをするために暫く来られないということを聞いていた。


「一冬の間は寂しくなるわね。皆冬眠するんですもの」

 少女がため息を吐きながら、また狼の首筋を撫でる。

「また春には会える。それを楽しみに元気でいるように」

 気持ちよいのだろう、狼が鼻を鳴らすようにそう答えている時だった。


 狼が少年たちの気配に気づいたのか、茂みを見て唸った。

「何かいるぞ」

 娘は、不安気に立ち上がり、茂みを見た。


 少年たちは、狼に睨まれた時に竦んだ足を、勇気を振り絞って一歩を踏み出した。

「魔女め! お前のような悪い魔女は退治してやる!」

 武器を手にした少年たちが茂みから現れ、娘は口を手で覆ってびっくりした顔をした。

 狼の唸りが大きくなる。

「魔女だと? どの口が言う」


 そんな狼の声は、少年たちには届かない。

 唸り声に恐怖で慄いた少年の内の一人が、冷や汗が流れる中、手の中にある石を娘に向かって投げた。娘の顔に当たって血が流れる。

「よし! 倒せ!」

 鍬を振りかぶって向かおうとした別の少年の前に、狼が立ちふさがり、更に唸った。


「わっ!」

 少年が怯んで止まる。


 狼が吠えると、少年たちは恐怖に怯え命からがら逃げだした。

「殺される~! 魔女に殺される~!」


 自分たちが魔女を倒しに行って、魔女が殺しに来たわけではないことは既に頭にはなかった。

 途中で転んで怪我をしながら村に舞い戻った。


 そして、大人たちに魔女にやられたことを言う。転んで怪我したことは伝えない。あくまで魔女にやられたのだ。

 恐怖から更に話が大きくなり、魔女は目が吊り上がっていただの、口が裂けていただの、とんでもない話になった。


 怪我をしていることと少年たちの怯え切った姿から、大人たちも事態を重く見て森へと向かう。


 少年たちが言った通り、本当に森に娘が住んでいたことを知り、大人たちはそのまま娘が魔女であることも信じてしまった。


「子どもに何をしたんだ! 魔女め!」


 娘は、怪我を負った顔を押さえながら、涙ながらに言った。

「私は魔女ではありません! 何もしていません!」


 少年たちは畳みかけるように言う。

「うそだ! 追い掛けてきて僕らは怪我した! それに、それに、狼とも話して僕を襲うように言っていたじゃないか!」

「そんなことは話していません!」

「狼と話していただろ!」

 そこで、娘は口籠った。襲うなんて物騒なことは決して話してはいないが、狼と言葉を交わしていたことは事実だったからだ。


 その一瞬の口籠りが、大人たちに娘が魔女であるということを確定させてしまった。そのうえ、大人たちが戻ってくるまで側にいた狼が、改めて娘を守ろうとしたことも信憑性を増した。

 狼に襲わせようとしているように見えたのだ。


「魔女だ……!」

 大人も恐怖を感じた。そして、その恐怖はそのまま攻撃へと転じてしまったのだ。

 大人が持った武器と人数の前に狼はかなわなかった。


 無残にも殺されてしまった友達を見て、娘は涙を流して悲しんだ。顔に怪我を負って流れる血と涙が混ざり、まるで血の涙を流しているように見え、更に恐怖を周囲の人に与えた。

 ただただ、娘は悲しかっただけなのに。


 人を傷つけてもいない、傷つける気もない、それでも、話をしていたことで傷つけられる、そんな理不尽と友の死がとても悲しかった。

 そして、そのまま娘は友の側で、恐怖に駆られた周囲の人々に命を奪われた。


 村人たちは悪を倒した正義感に酔っていた。

 魔女の家や魔女と狼の死体を燃やし、これで平穏になると信じて、良いことをしたと信じた。大人たちは少年たちに信じなかったことを詫び、めでたしめでたしとなるはずだった。

 

 しかし、そんなことにはならなかった。

 森にすむすべての動物たちが、人間の敵になったのだ。

 動物たちは見限った。

 食料にするわけでもなく、優しい娘を殺し、守ろうとした狼を殺し、森の秩序を乱した人間を見限った。

 何故か不思議なことに、狼の被捕食者である草食動物含めてすべての動物が、人間の敵になった。

 計画でも立てたように、食べるためでもなく、作物を壊し、家を壊し、人間を襲った。

 もちろん、人々は応戦したし、退治に向かったりもしたが、まるで知恵でもついたように翻弄された。


「魔女の呪いだ……!」

 誰かが言い出した。

 魔女の呪いではなく、自業自得によるものだとは露とも知らず、月日が経つごとに村人は減少し、いつの日か村は絶えてしまった。

 


 この物語を話し終えた後、子ども達は全員が悲壮な顔色をしていたことをセーラは思い出した。

 誰もが口を閉じ、身を寄せ合っていた。涙目の子もいた。


 ロディー婆はこう言った。

「これは全員が不幸になるお話で、幼いあなたたちには少し難しかっただろうね。どう思ったかい?」

「怖かったー!」

 笑顔で聞くロディー婆にちょっとほっとしたのか、口々に子どもたちが言う。


「優しい娘だったけど、人間に受け入れられなかった。人とは違うという一点だけなのにねえ。でも、人間は知らないことには恐怖や不安を覚えるもんらしい。それを知って欲しかったんだ」


 そう言って、ロディー婆はセーラを見る。

「そういや、セーラは皆とは違うねえ。こんな髪の色と目の色は、見たことないよ。皆もないだろう?」

 ぶんぶんと頷きながら男の子が言った。

「セーラは……えっと、何だっけな? そうそう、()()()()()って父さんが言ってた!」

「そうだね。セーラは皆と違うけど、魔女じゃないだろ?」

「違うよ~! セーラはセーラだもん」

 セーラの隣にいた女の子が、ちょっと怒りながら言ってセーラの手を握って続ける。

「友達だもん」


 ロディー婆は一つ頷くと、深い笑みをこぼした。

「あなたたちは良い子だね。ちゃんと根っこで分かってる。でもね、それはセーラの違うところと違わないところを知ってるからなんだ。違うところしか知らない人は、もしかしたら村人のようにセーラに接するかもしれない。皆、守っておやりね。明るく曇りない目で人を見れる皆なら安心だ」

 褒められた子どもたちは、皆笑顔で「分かった」と元気がいい。


 ロディー婆は、セーラに一言付け加えた。

「セーラは、皆の友達で仲間なのには変わりはないよ。ただ、覚えておくんだよ。違うところしか見ない人は大勢いるんだよ。この村の人と余所の人が同じようにセーラに接してくれることは、ないかもしれない。セーラも、そのことを知らないまま接しちゃいけない。両親の言うことをよく聞くんだよ」


 セーラは、先ほどの優しい娘の物語を思い出し、殺される映像を頭に思い浮かべながら頷いた。怖かった。

 それと同時に、先日村

に来て南へ向かった旅人が、不信や恐れ、怒り、嫌悪、それらが綯交(ないま)ぜになったような目でセーラを見てきたことを思い出して、それらが繋がった気がした。

 もちろん、幼かったセーラは言葉として感情を認識したわけではなく、あくまで感覚ではあったが。


「分かった」

 神妙にセーラは頷いた。自分が人と違うことで、普通の子以上に気を付けなければいけないことを知ったのだ。



 そんな昔ばなしを思い出しながら、セーラは改めてあの話がとても心に刺さっていることに改めて気づいた。


 もう今は亡きロディー婆は、子どもたちにはまだ早かったであろう人の悪意と生き死にの物語を、恐らくセーラへの教訓として皆に言い聞かせてくれたのだ、と今ならば分かる。


(私は魔女じゃない。でも、分かってもらえなかったら魔女だと思われちゃうし、気をつけなきゃ。知識の館に到着する前に殺されるなんて真っ平ごめんよ!)


 この昔ばなしを思い出す度に自分と物語の娘をリンクさせてしまっており、『人に知られることは殺されることだ』と拡大解釈していたセーラは、馬車の中で震え上がっていた。

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