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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 出会い
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序章.6 初めての門前

 旅は順調に進んでいた。


 小川の流れを見ながら、田舎道を馬車は進んでいく。

 途中、馬のためにも何度か休憩を挟みながら、コランドルへ一行は向かっていた。クッションがあるからまだマシだ、とは言えるが、きちんと舗装された道でもなく馬車は大いに揺れた。揺れに対して気分が悪くなる者も多いとセーラは聞いていたが、新しく見るものに神経が張っていたのだろうか、気持ちが悪くなることはなかった。


 気持ち悪くなることはなかったが、じっと座っているのは体が痛くなってくる。ずっと同じような道で、目に見えるものも変わり映えが無くなってくると、セーラは体の痛みと同時に眠気を感じ、荷台の中でうとうとしながらそのまま眠りについた。

 


 夢の中で、セーラは先ほど話に聞いた、南の村より南にいた。


(あれ? 村は……どこ?)


 振り返ると、村の南端の丘に立派に育つ大樹が遠くに歪んで見える。


(ああ、私は村より南へ来たのね)


 何故かすっと腑に落ちて、疑問も持たずに南へと一人歩いていく。しばらくすると足が重くなり、なぜだろうと下を見ると、砂で足が覆われていた。引き抜くにも時間がかかり、体力がどんどん取られるようだ。このサラサラと流れる様な砂は、見た目とは違って水分を含んだように重く、セーラは儘ならない歩みに焦燥感に駆られた。


(早く、早く行かなきゃ)

(うまく足が動かない……この……! 早くしないと!)


 ずっとずっと続く重みに、耐えきれなくなって涙がこぼれてきた。思うようにいかない砂にも、自分にも腹が立ってくる。何とかして上手く砂の上に乗ろうとするのだが、必ず砂を突き抜けて、次の足を引き出すにも時間がかかってしまうのだ。


 そこでふと気づく。早く行かないと、何がどうなのだ?

 この砂は、何なのだ?

 なぜ、私は焦っているのだ?


 そうして、夢だと気づいた時に、遠くから声が聞こえた気がした。



「……ラ。……セーラ。そろそろ起きなさい」

「う……」


 体がとても重い。どうやら汗もかいているようだ。


 セーラがぼんやり覚醒していくと、座っていたはずの自分はクッションの上で丸まっており、膝をぎゅっと抱えて眠っていたようだ。


 何だか足も腕も(しび)れており、それを解放して痺れが治まるのを待ちながら、ふと心に残った声を反芻した。


(父さんの声? う~ん……。何だか聞いたことない声だった気が。何て言ってたっけ。 ……あれ? どんな夢だったっけ?)


 そう思ったときに、ぱっと目が覚めて起き上がる。


「父さん、寝ちゃった」

 そう言った自分の声が掠れていて、セーラは喉の渇きを同時に感じて首に手をやった。

「水、欲しい」


「おはよう」

 そう言いながら、レグルスが御者台から振り返って丸みのある革袋に入った水筒をセーラに渡す。

「疲れたかな? よく寝てたね……ってすごい汗!」


 頬から顎へと流れた汗を腕で拭いながら、セーラはごくごくと水を飲んだ。


「は~。なんか夢見ちゃったみたいで」

 水を飲んで落ち着いたのか、恥ずかしそうにセーラは言った。


「右手の脇に、何枚か布を置いてあるだろう。着替えはないからちゃんと拭いておきなさい」

 ソジュが、前を見たまま右手で荷台の右の方を指さした。


 セーラは一枚布を取って、丁寧に顔や首回りを拭きながら、二人の背中越しに外を見た。どうやら、寝入っている間に夕方になっていたようだ。日は残っているものの、すぐに暗くなりそうだ。


「そろそろ、コランドルの街に入るからな」


「あれが門?」

 目を細めて遠くを見ると、街をぐるりと囲うような長い塀と門が見えた。揺れが少なくなっていたことにふと気づき、地面を見ると舗装されている。


 セーラは街が近づいてきたことを実感し、また少しワクワクして御者台の方に身を乗り出した。


 横目でその様子を見たソジュは、ちょっとため息を吐きながらセーラの頭巾を深く下ろした。

「わわっ!」

「こら。髪の毛が出てる。門では?」

「きょろきょろしない!」

 反射で右手を上げて、セーラは大人しく荷台へ戻った。


 それをみて笑いを堪えながら、レグルスはセーラへもう一度言った。

「そろそろ街を出てた人も帰って来る時間だし、人が多くなるから我慢してね」

 その言葉に人の流れが気になったが、セーラは諦めて頭巾を深く被り、クッションに座りなおした。


 門では、荷物の一覧表は行き先等を記した書類を確認してもらい、門番に判をついてもらうことを先に聞いていた。しばらく門で留まることを知っていたため、息を潜めて大人しくしつつ、セーラは耳を澄ませた。


「南の村か。今回はセルンやポールじゃないんだな」

 書類をめくる音と、門番の声が聞こえる。

「ああ。荷送部隊は今回は留守番だ」

「なぜだ?」

「知識の館に初めて向かう子が一人いたんでな。病弱なため、管理ができる親の引率が必要だってわけで、交代したんだ」


 病弱以外の嘘は交えずにソジュが言う。何でも、嘘は重ねれば重ねる程に辻褄が合わなくなってくる、とソジュに聞いたことをセーラは思い出した。「正直ほど強いもんはないんだ、例え頭に馬鹿が付こうとな」とソジュが言っていたことも改めて思い出し、それでもセーラのために嘘をかざるを得ないソジュの負担を思うと、娘として少し申し訳なくなった。


「どれ?」

 と門番が荷台を確認しに来る。少し緊張しながら、改めて顔を伏せた。


「こりゃ色の白い子だな。しかし、初めての知識の館って結構大きい子じゃないか。行ったことがないのかい? なぜ?」


 セーラに聞いていることは分かったが、顔を上げれないから答えることもできない。何より、緊張していた。知らない人から話しかけられるのは、ほとんどないにも等しいからだ。

 南の村に訪れる南へ向かう旅人も、直接話しかけてくる人はほとんどいなかった。


 心配になったのか、御者台を降りて普通の顔を装いながらソジュが後ろに回ってくる。

「ああ、病弱だって言っただろ。村から出られなかったんだ」

「そうか」

 少し門番の声が同情の色を帯びた。

「それでも十五の儀までに一度は……な」

「そうか」

 門番は言葉少なになり、荷物を確認すると御者台の方へ回った。セーラは少しほっとする。


「不備はなさそうだな。滞在は今日一日だけか?」

「ああ、明日の朝には北の門から出るよ」

「分かった。気をつけてな。……お嬢ちゃんも!」


 最後の言葉は大きく、セーラに聞こえるように門番は言う。顔を上げずにセーラがコクコクと頷くと同時に、馬車が動き出すのが分かった。


 少し手の平が冷たくじわっと汗をかきつつも頭巾がずれないように抑えたままだ。

 御者台から、低く押さえたソジュの声が聞こえた。

「宿まではそのままでいるんだぞ」

「……分かってる」

 セーラも声を押さえたままで周りを見ずにソジュに答えた。

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