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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 出会い
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序章.4 初めての歴史

 森を抜けると、視界が開けた。


 南の村や森は、台地の中でも少し高台になっているのか、少し遠くまで見通せる。

 左手には緑豊かな山脈が、ずっと北の方まで続いている。近くには他の森や、牧草地、畑も見える。


 広いというだけで、村の景色とそう違うところもない田舎の景色だが、何だか空気が違うような気がして、セーラは鼻から思い切り吸い込んだ。


 春の終わりの暖かい風を感じながら、先ほど声を落として話す大人たち二人の会話から漏れ聞こえた十五の儀を、もうすぐ来る夏を待ち遠しく思った。


(父さんたち、きっと聞こえてないと思ってるだろうな。まあ、あまり聞こえなかったし聞かないようにしてあげたけどさ、私の話をしてるってのは分かるよ)

(心配かけてごめんね。なるべく一人で生きていけるように、手に職付けて頑張るからさ)


 セーラは楽観的な性質たちだった。この環境がそうさせたのかもしれない。嫌なこともできないことも、歯がゆいと思うことももちろんある。特に容姿の違いから、今日まで外に出れなかったことはつらかった。けれど、父親や母親、近所の人や友達たちは、少なくともセーラを受け入れてくれているし、それが当たり前だったから、そんなつらさはセーラにとって些細なことだったのだ。


(それに、我慢したからこそ、今日はとても素晴らしい日なのよ! 今までで一番くらい!)

 前向きに幸せをかみしめながら、セーラは空気を抱きしめる様に手を広げた。


 また、御者台から笑い声が聞こえてくる。

「くくっ、楽しそうだね」

 レグルスに見られていたらしい。ソジュは手綱を握っているからかあまり後ろは見ない。

「そ……それはもちろん!」

 自分の世界に浸っていたことを恥ずかしく思いながらも、セーラは素直に言った。日々の農作業で太陽を浴びているにもかかわらず、色素自体が薄いのかセーラの白い頬は薄く染まっている。


「じゃあ、もっと楽しい話をしてあげよう」

「ほんと!?」

「ああ。昼の休憩まで時間はたっぷりだ。それに、暫くは景色もあまり変わらないからな」

「聞きたい!です!」

 幼子のように右手を高く上げて返事したセーラを見て、レグルスは「いい返事だ」と頷きながらまた笑った。


「セーラちゃんは、知識の館がなぜあるか、聞いたことはあるかい?」

 何の話かと大きな翡翠色の目を更に大きくして、セーラは首を傾げた。

「領都にあって、本がたくさんあって、子ども達が色々知識を得るところだ……というくらいしか聞いてないかも」


 指を折りながら記憶を辿って、セーラは答えた。確かに友達からは、館で文字を勉強したことやどんなところだったかとかどんな人がいたとか、何をしたら怒られるとか、そういうことを聞いたことはあるが、なんであるかなんてそんなこと疑問にすら思ったことがなかった。

 改めて聞かれると、そういえば何でなんだろうと知りたくなる。


「村にはさ、文字を勉強する手段なんてないだろ? それは、人からの伝達ができないようになってるんだ。アランディア文字というものを、まずは勉強するんだけど、これはアランディアの許可された人間だけしか使えないようにされているからね」


 セーラは頷いた。文字を知っている人に聞いたことは何度かあるが、セーラが理解できるように答えてくれた人はいなかった。両親もだ。書いてある文字を一度見ても、次に見た時には形が変わっているような気がして、一つも分からなかった。


「使えないようにされているって、どうやって? なんで?」

 レグルスは、前へ向き直って領都の方角を指さした。

「アランディア領都の先々代の領主様、つまり、アランディア領ができた時だな。他国から山脈を超えて侵略があって、先々代の領主様の軍隊が打ち勝ったんだ」

 と、レグルスはアランディアの歴史を話し始めた。



 ユール・ディフェル王国の国境と定められた山脈は、いくつか超える道はあるものの、それなりに険しく獣も多い。また、こちら側に来ようと思うと、山脈より手前に雄大に流れる大河を渡河して山越えをしなければならず、王国はあまり山脈側に注意を払っていなかった。


 アランディアの台地も当時は農村しかなく、警備や軍隊などは王都より北の海岸側に多く置かれていたようだ。北の大陸からの守りが重要だと考えられたためだ。


 しかしある時、守り手のいない集落が点在している中で、隣国が山越えをしてきた。理由は、流行り病からの飢饉。大河と山脈で阻まれた国境の先には、疫病も阻んだ肥沃な土地がある。となれば、飢えた自国の民を救うためというのは立派な大儀になってしまうのだ。


 隔離されているということは、情報の到達もまた遅く、ユール・ディフェル王国の対応にも遅れが出たことで、それなりに被害が出たようだ。

 しかし、王都から軍隊を率いて駆けつけたアランディア領主は――当時は王国の騎士団長だった――、勇猛果敢に戦い、山越えと飢饉による飢えで疲弊した敵を大きな身体で蹴散らした。


「……と、そう伝えられている」

 レグルスは、そう一区切りを置いてセーラを見た。


「それで、戦後処理や隣国に対する防衛を目的に、先々代に新たな領地として与えられた。それが、アランディア領なんだ」

「ま、最近は交易ができるようになって、防衛の在り方も変わりつつあるがな」

 ソジュが情報を付け足した。


「確か、その物語は聞いたことがあるよ。まさかアランディアの話だとは思わなかった」

 セーラは、確か母さんが寝物語に聞かせてくれたな、と思い出しながら答えた。


「確かに物語っぽい。実際にあったことだけど、口伝されていく中でちょっとずつ尾鰭がついていった可能性は十分に考えられるよね」

「で、それが知識の館にどう関係するの?」


「防衛のためだ」

 ソジュが答えた。それに頷きながら、レグルスが続ける。

「そう。まず今回のことで一番困ったことが、情報の伝達なんだ。パニックにもなるし、一人に伝えてもその先へ伝わっていかない。情報の収集もできないという状況で、まさに力技で何とかしたっていう状況だったみたいだよ。だから、街の復興と並行して、領主として初めて行った防衛手段としては、山の入り口に大きな壁を作ったことが一つ。騎士や軍隊の育成と、文字の作成だった」


「文字を、作った?」

「そう。もちろん公用文字は王国で使われているものだ。だが、アランディアだけの文字を作って、それをアランディア領民が覚えることを義務としたんだ。そうすることで、他国の人間は理解できないが領内では滞りなく情報が伝達できるからね」


「でも」

 と、考えながらセーラは聞いた。防衛の手段としては、とても弱い気がした。

「文字なら勉強したら分かるんじゃないの? 暗号とかで少人数だけが知ってる文字じゃなくて、アランディアの全員が知ってるなら、ばれちゃうと思うけど。その文字が盗まれちゃうなんてことないの?」


「それが不思議なんだが、絶対に他国や他領の人間は分からないようになってるんだよ。セーラも自分で覚えようとしても理解できなかっただろ?」


 ソジュが、セーラが隠れて覚えようと努力していたことを知っていたのかそう答えると、セーラはちょっと恥ずかしそうに肩をすくめた。

「うん。一つも分からなかった。私が馬鹿なんだと思ってたけど、違うんだね。良かった」

 うんうん、と頷きながらセーラはちょっとほっとした顔をした。


「ははっ。セーラちゃんだけが覚えれないんじゃないんだ。そして、その不思議の秘密は、知識の館で実際に文字を覚えてみるのが一番だね」


 レグルスが含みを持たせてフォローしてくれると、セーラは、より知識の館への興味が広がり、まだまだ遥か先の領都へと気持ちだけが風と共に向かっていくような気がしていた。

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