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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 出会い
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序章.3 初めての森

「ソジュさん。買うのに必要な物、最終確認完了しました」


 後ろから声がして、ひらひら紙を振りながら、二十代後半で柔らかい笑みを浮かべた青年がこちらへやってくる。

 セーラの父親より黒に近いくらいの濃い髪を少し伸ばし、後ろで一つにくくっている。


 彼は、レグルス。普段は父親のソジュと同じく狩猟部で仕事をしている。


 物の売り買いは、普段は荷送部で働く村人が行っている。馬車の管理、馬の世話、商品になる作物や肉の在庫管理や、購入する物品や調査する情報のリストアップなどが主な仕事だ。


 ただ、今回はセーラの初めての外出ということで、荷送部が責任が重すぎるとソジュに相談した結果、ソジュの所属する狩猟部が売買含めて担うことになったのだ。

 引率する子どもはセーラのみということもあり、父親であるソジュと、部下のレグルスの二名がセーラと一緒に領都へ行くことになった。


「そうか。ありがとう。足りないものはなかったか?」

「大丈夫みたいっす。とりあえず、今日の目的はセーラちゃんなんで。足りない分は次回、荷送部の連中がちゃんとやるって言ってました」

「そうか。そうだな。じゃ、早速行くか。セーラ、お前は荷台に行け」


 上がったままの幌の入り口から、先ほど置いたクッションを指さし、ソジュはレグルスと一緒に御者台に回る。

「はーい」

 幼い子どものように手を挙げて返事をすると、セーラは幌の中へ入った。


「セーラ、領都までに三つの街に泊まるからな」

「こないだも聞いたよ。大丈夫、分かってるって」

 セーラは父親が何を言いたいのか分かって、頭巾を深く被った。

「ちゃんと、髪は見せないし、目も隠すよ」

「そう。初めてのことだし色々見たいとは思うが、領都についてもだが、あまり街の中は見るなよ」

「分かってます」


 残念は残念だが、セーラの目的は知識の館だ。

 レグルスが、背中越しに残念な声を聞き取ったのだろうか、含み笑いをしてセーラに声を掛けた。


「ふふっ、普通、荷送部の連中の行き帰りでは、たとえ知識の館に行く子ども達を連れてたとしても、あまり街には泊まったりしないんだよ。途中で宿に泊まるのは行きに一回だけだね」

「えっ!? そうなの?」

 セーラは、驚いた。じゃあ、どうするのだろう。質問する前にレグルスが答える。


「基本は野宿だよ。金稼ぎに行ってて、金はそこまで使えないから。領都に着いたら宿に泊まるんだ。領都に入る南門をくぐったら、外では寝れないからね。でも、今回は特別。色んなことに注意をしないといけないから、せめて夜は心安く過ごしたいでしょ」


 そうか、とセーラは思い出した。友達のカナエも、確かそんなことを言っていたような気がする。行くまでにすごく疲れるけど、着いたら楽しくて疲れが吹き飛ぶと言っていた。

 そして、帰ってきたら、子どもたちはだいたい一日は寝ている気がする。


 ソジュも、相槌を打った。

「念には念を、ってやつだ。人間ってのは、理解の外にいるものに対しては怖がったり、欲しがったり、排除したり、敵対したり……。要は『受け入れない』っていう判断をしがちだからな。お前のそれがどう作用するか、分からん内は隠すに限るってやつだ」


 子どもの頃はそれが嫌だなと思った時もあったように思う。でも、そのように言う裏の気持ちを、最近は理解できるようになってきたつもりだ。何と言っても、もうすぐ大人の仲間入りである。背伸びもあるが、親や大人たちの目線というのを、セーラは考える年頃になっていた。


 そう考えると、南の村の連中が『受け入れない』判断をしなかったのが不思議なくらいだ。生まれた時に色々あった、とは聞いている。その色々は、大人になってもう少し分別が付いたら教えてくれると、母親が言っていた。

 早く知りたくて、大人に近づこうと努力しているからの背伸びもあるのかもしれない。



 セーラは幌から少しだけ顔を外に出して、心地いい風を感じた。


 村を出発してから暫くは、森が続く。

 南の村の北側には森があって、アランディアの他の場所に行くには、この森を抜けないとどこへも行けない。南の村は隔離されていると言っても過言ではない土地だった。


 村の先達が行き来に利用するために整備した馬車が通れる道は一本道で、そこをなぞっていけば反対側に抜けれるのだ。


 今日は天気が良く、木漏れ日を浴びながら未だに行ったことがない森の先へ目をやる。

 セーラは、森の入り口しか入ったことがなかった。森の先どころか、森の中も分からないことがいっぱいだ。友達が話してくれたことと、いま目にしたことが紐づいたりもしたが、基本的には知らないことばかりだった。


 自然に笑顔が零れてくるのを、敢えて我慢せず、目に見えた疑問をセーラは次々と二人へ投げかけた。


「何だか村よりも涼しい気がする! なんで?」

「あ、あそこに水が出てる! あれは……海?」

「あ、あそこに見たことのない実がある! あれは食べれる? 美味しい?」

「あれは? あれは何?」

「この鳴き声は鳥? 何だろう、聞いたことがない鳴き方。何の鳥か知ってる?」

「あの蕾は何色の花が咲くの?」


 堰を切ったように溢れ出す、年齢より幼いそれを聞きながら、御者台の二人は笑いを押さえつつ答えたり訂正したりした。


 何と微笑ましいことか。初めての出来事に心を震わせるさまを目の当たりにして、大人たちは嬉しくも懐かしさを思い出す。

 でも、笑ってはいけない。馬鹿にしているわけではないからだ。


 知識を得ていなくても聡いセーラのこと、なるべく丁寧にソジュとレグルスは教える。

 セーラは、答えられる度に一つ一つ復唱して、すべてを頭に入れていっているようだ。もしかしたら、そのように生きざるを得なかったのかもしれないが、セーラは人一倍物覚えが良かった。必ず一度で理解し、理解できるまできちんと聞いた。

 


 レグルスは改めて感心した。

 上司であるソジュの娘であるセーラには、今までに何度か会ったことはあるが、挨拶しかしたことはなかった。異質な見た目はもちろん知っていたが、どちらかというと大人しくあまり話しをするイメージがない。


 もしかして、知らないことが多くて大人しくしてたのかも知れない、と目を大きくして頬を紅潮させて、頭巾を手で押さえながら周りをきょろきょろ見ているセーラを肩越しに薄く見てそう思った。


「ソジュさん、改めて思ったけど、彼女賢いっすね」

「そりゃ、俺の娘だからな」

 普通のように頷いてソジュが返すと、レグルスは苦笑する。

「それは置いといて。大人しい子だと思ってたけど、我慢させてたのかも知れないなと思って。あ、ソジュさんが、っていうことじゃないです。俺たち村の大人がってことですよ」

「……」


 ソジュは、少し難しそうに眉を寄せた。

「守るって、難しいんだ。自由では当然、いられないからな」

「……そうですね」

「今回も一度知識の館で最低限の文字を覚えたら、村で成人の儀を迎えて、このまま生活していくことになるだろう。こう言っちゃなんだが、女で良かった、とは思ってるんだ」

「え?」

「もし、男だったなら、仕事は好きに選ばせてやれなかっただろう。でも、女ができる仕事はある程度限られているし、外向きじゃない。まだあまり考えたくはないが、結婚に関しても、村の人間なら注意すべきことも分かってるだろうし、理解もしやすいだろう?」

「そうですね」

「辺境の辺境にこうして生まれたことが、セーラにとって良いことなのかどうかは分からないが、なるべく平穏に、少しでも幸せでいてくれたらいいと思ってる。それで不自由があったとしても、だ」


 むしろ、それ以外の選択ができないのだろう。天秤にかけるものが、セーラの自由、のみであるならば。それを我慢だと思わせてはいけないのだとソジュが語ることも、間違いではないのだ。


「セーラはどう思ってるんですかね?」


 ソジュは更に眉間の皺を深くし、手綱を握りしめた。

「聞いたことはないし、言ってきたこともないな。そのことに安心してるのも……ある」

 不甲斐ないけどな、と歯噛みするように言って、ソジュはため息を吐いた。そして少し笑った。

「……ま、いい子だよ」

「ははっ、そりゃ、違いねえや」


 レグルスは軽く笑うと、セーラを振り返った。

「セーラ、もうすぐ森を抜けるぞ」

「わあ!」


 感極まったように両手を合わせて、セーラは前方を見た。

 ソジュやレグルスにとってただの荷運びの道でも、セーラにとっては冒険なのだ。

(待っててね! 知識の館!)


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