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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 出会い
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序章.2 初めての準備

 昨日の朝。

 家の前で少女は父親が馬車を準備しているのを後ろから眺めていた。


「父さん、私は全部準備できたよ」

「おお、もうちょっと待て。後はセーラの座る場所を作ったら出発だ」


 セーラと呼ばれた少女は、振り返らずに言う父親の言葉に、ニンマリと笑う。頬を紅潮させ、ワクワクしているのが周りすべてにバレるのもお構いなしにそわそわと馬車の周りを行き来している。


 セーラの頭には黒い頭巾がかぶせられ、髪はまとめて見えない様になっていた。それでも、緑の瞳がキラキラ輝き、皆とは異なる容姿は完全には隠れていない。


 今日は、初めてセーラが南の村を出て、領都に向かうのだ。

 話にしか聞いていない領都がどんなところかずっと想像していた。妄想が膨れ上がった状態で興奮するなという方がおかしい。


 それでも人とは違うことを認識していて、領都にもセーラの容姿のような人がいないことも聞いていて、少し暑くなってきた季節ではあるものの、頭巾の着用に文句は言わなかった。


「今日の予定をもう一度言っとくぞ。一緒にいられない時間があるからな」

 馬車の荷台に、セーラのためのクッションを敷きながら父親が言った。


 四十代に差し掛かろうとしている父親は、背が高く、狩猟と警備の長を兼任しているせいか体付きは引き締まっている。


「今日は、物売りに向かう日だ。今回は燻製肉と干し肉、あと春先に採れた山菜の漬物が今年はうまく出来たから、それを売る。売った金で、今回は農作業用の工具の修理や追加購入をするからな」

「うん。売れない時もあるの?」

「売るのは行商でも、商店に直接でもないから大丈夫だ。領都に着いたら、まずは、ギルドに行く」

「ギルド?」

「そう。商売に関することの調整や仲介なんかを行うところだ。う~んと、商人同士の助け合いのための組織だな。後は、俺はよく分からんが、権利とか技術とか価格とか、そういうものを取り決めるのも仕事の一つだ」


 セーラはあまりよく分からないような、そんな顔をしながら、でも頷いた。

「わかった」

「他にもそういうギルドはあるからな。例えば、職人のギルドや農業のギルドもあるぞ」

「ふ~ん」


 興味がいきなりなくなったかのようなセーラの答えに、父親はポリポリとこめかみを書きながら苦笑した。

「まあ、追々わかるだろう。今日のお前にはあまり関係がないところだからな。今日は領都について、ギルドに行く前にお前を『知識の館』に連れて行く」


 そう言うと、セーラの目のキラキラが戻った。


(知識の館。子どもが街へ行くときは、そこで大人が用事を済ませるのを待つところだよね)

(小さい子は、いつも嫌そうな顔をしているけど、文字が読めるようになったら面白いっていう子も中にはいるし、何より文字を知りたい)


 セーラは文字を知らなかった。

 でも、心の底から知りたいと思っていた。


 セーラより小さい子も含めて、子どもたちが小さな手紙をやり取りしていたりするのを見るにつけ、街へ行けない理由である自分の容姿にコンプレックスを覚えて、胸を刺したものだ。

 できることができないことはつらい。それが、誰でもできているようなことなら猶更だ。

 それを思い出すと、今日、知識の館に行けることには期待しかなかった。


(文字を覚えたら、カナエに手紙を書くんだ)

 文字を覚えるだけではなく、ペンを持つ訓練、書く訓練をしなければもちろん手紙なんて、思う通りには書けないものだが、セーラにそんな知識はなく、文字を覚えれば当然書けると思っていた。

(それから、色々本を読むでしょ? 母さんが話してくれた物語も知識の館にあるって言ってた。それから……)


 色々考えていると、父親が頭を小突く。

「聞いているか?」

「え? あ、ごめん」

 慌てて顔を上げて、もう一度話を促した。


 父親は大袈裟にため息を吐くと、困ったような、申し訳ないような顔をしてセーラを見下ろした後、すぐに厳しい目をした。


「今回、お前を街へ連れて行くのは、もうすぐ十五になるからだ。本当は、お前はこの村から出さない方がいいと大人たちは昔話し合って判断したんだ。それは知ってるよな?」

「もちろん。私の髪と目が皆と違うもん。それは分かってるし、大丈夫」

 父親の濃い茶色の目を見ながら、セーラはきっぱりとそう言った。


 できないことも多いが、それゆえに、その原因にも諦めに近い理解をセーラは持っていた。


(文句を言っても、落ち込んでも、変えたくても、私には何にもできないもん。しょうがない)

(それに、たまに来る旅人にあんな驚いた顔されちゃ、隠れといた方がいいって子どもでも分かるよ)


 セーラが大きく頷ずくと、父親も合わせて大きく頷いた。


「お前は、知識の館に行っていないせいか、耳がいい。それとそれをとどめて置ける頭も。農作業の手伝いも針仕事も、炊事も全部頑張って覚えて仕事をしていることは、ちゃんと分かってる……でも」


 突然、馬が少し動いて馬車が揺れた。父親は、振り返って馬を宥めながら続ける。

「もちろん、この村の子どもたちに知識が足りてるとは言えない。月に一回もない程度で、滞在してる二、三日の数時間で得られることはそうそう多くないからな。でも、この村で仕事を続けていくには充分なんだ」

「そうなんだ。私、皆はすごく知識を貰っていると思ってたよ」


 セーラの言い回しに少し笑って、父親は言った。

「でも、お前にはそれもない」

「うん」

「十五になったら大人の仲間入りになる儀式があって、一人前として仕事をしていく必要があるのに、知識の館に一度でも行ったことがあるという名分はアランディアで生活をする上では必須なんだ」

「うん」

「逆を言うと、一度でも行ったことがないアランディア領民は、生活がしにくくなる」


 セーラは、どう、生活がしにくくなるのかはよく分からなかったが、人と異なるのは、自分の容姿以外ではなくしたかった。


「そうだね。私もみんなと同じようにしたい」

「そうだな」


 父親は頭巾の間から見えるセーラの髪を見やり、「でも」と続けた。

「お前の髪と目は、領都でも見たことがない。というか、生まれてこの方そんな髪色と目をした人間に出会ったことがないんだ。もしかすると、知識の館には答えがあるかもしれないが、村の誰も、そんな知識を得てきた奴はいないな」

「……え? 知識の館にあるかもしれないの?」

「ああ、館にはたくさんの本があるからな。その中にもしかしたらあるかも知れん。生活に必要な知識が優先だし、みんなそれを調べようと思ったことはないからな。俺は」


 ちょっと、ひと呼吸おいて、言い難そうにしながらセーラから少し目を外す。


「調べない方がいいと、知らない方がいいと、そう思ったんだ。こんな言い方をしたらあれだけど、ちょっと怖かったのもある。お前は髪と目以外は普通の子どもだったし、父さんと母さんの子であることに違いはない。村で過ごすにはそれで充分だと思ったんだ」


 セーラはちょっと首を傾げて、質問した。

「でも、私が知りたいと言ったら? 知識を貰いに行ってもいいの?」

「ああ、それはもちろん。ただ、今日だけでそれが分かるかどうかは分からんけどな」


 にっと笑顔を作って、父親が頭巾越しにセーラの頭をぽんぽんっと撫でた。


(父さんは、分からないと思っているからいいよって言ったんだ)


 セーラは少し複雑な心境になりながら、でも、貰えるなら貰いたいとも思う。

 自分の異質な部分が、それほど異質なことじゃない、という知識を貰えたら嬉しいし、他に同じような人がいれば、それが多ければ多いほど異質という言葉ではなくなるからだ。


 セーラは皆とそう変わらないとも思っているので、違うことは認めているものの楽観的でもあった。


 何故か分からないなら、それはそれでいいとも思っていた。

 鏡も少ないこの村で――むしろ、きれいな鏡は一枚もなかった――自分の異質さに一番頓着していないのは、本人だったかもしれない。


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