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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 出会い
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序章.1 初めての始まり

「風、今日は強いな」

 南から吹く暖かい風が、丘の上の大樹に寄りかかるように座っている身体を通り抜ける。

 そう独り言ちながら顔にかかる髪を丁寧に払って、少女は遠くを見た。南の方角へ目を凝らす。


 色素の薄い目に光が入り込んで眩んだ。手で太陽を遮ってもう一度視点を合わせると、緑が続く大地のその先にキラキラと輝く黄土色が煙るように見える……気がした。


(あれは本当のこと?)


 昨日の出来事を反芻しながら、生きてきて凡そ十五年間知らなかったことを初めて知識として得た情報に愕然とし、なぜか不安を覚えたことを、少女は改めて思い出した。


 そして一つため息を吐いて、そっと目を伏せて自分の手の平を見た。下を向くと、肩から髪が落ちる。磨けばきっと輝くだろうと言えるが、手入れの足りていない金の細い髪は今は鈍い光しか反射しない。纏めずに垂らしたままだ。


 意志の強そうな目は翡翠色をしている。見る角度や光の加減でそのように見える、というのではなく、本当の翡翠色だ。



 少女の生活する集落は、彼女を除く全員が暗い髪、暗い瞳をしていて、少女はとても異質な存在だった。


 だが、人間ではないのか、拾われた子なのか、など異質なことへのネガティブな考えは全くなかった。なぜなら異質なのはそれだけで、他は皆と一緒だったからだ。顔立ちは、父親と母親の良い部分をきちんと受け継いでいたし――なんなら母方の曾祖母にそっくりだと言われたこともある――、言葉の覚えも、成長のスピードも、普通だった。他に異質を感じさせるようなことは全くなく、街とも呼べない集落の中で、小さい集団で生活しているにもかかわらず、気詰まりに思うこともなく伸び伸びと育った。


 ただ、大人たちは異質であることは理解しており、少女は集落から出ることはなかった。

 領都へ向かうには馬車で数日かかることもあり、もちろん学校は集落にはなく、広大な自然の中の狭い範囲で、生きてきたのだ。辺境の辺境には、訪れる人も多くない。たまに南へ向かうという『変わり者』がやってきて少女の容姿に目を瞠ったが、南へ向かった人たちは、例に漏れず戻ってきた者はいなかった。

 

 手を見つめたまま、少女は今まで既に知っていたことを考えた。


(まず、ここは山脈の麓の台地にあるアランディア領……の南の端っこ)

(アランディア領のあるこの国は、ユール・ディフェル王国)

(ユール・ディフェル王国のあるのは大陸では山脈から東側)

(大陸はサンフェルン大陸と呼ばれている)


 考えながら、一つずつ指を折って確かめていく。土地のことに特化して既知の事実を数えているのは、先日の出来事がそれに関わっているからだ。


 ここ、サンフェルン大陸は、広大な大地と見上げれば遥か遠い天空。見たことはないが、国の東側には無辺にも思える海洋があると、少女は聞いたことがあった。


 世界の中で南側にあり、二番目に大きいと言われているこの大陸は比較的穏やかな気候で、動植物や人間が生存しやすい環境だ。


 大陸の東寄りに大河が南北に走っており、この大河に沿って東には緑豊かな山脈が連なっている。その山脈を国境として、更に東側の土地を治めるのがユール・ディフェル王国だった。


 そして、王国の中でも辺境とされるやや南寄りの山脈の麓には台地があり、その台地を領地とするアランディア領がある。アランディアは、国境の警備と他国との通商や交易の拠点として国から任命されており、後は、山からの恵みと、台地を利用した果樹園や畑の作物が民たちの生活の糧であった。


 辺境のアランディアの中でも辺境のこの集落は、名前がなかった。『南の村』と、そう呼ばれていた。そして、人も通らないこの集落では交易には全くかかわりがなく、土地の野菜と山での狩猟、そして南側の警備で細々と生活を営んでいた。警備と言っても南側から来る人は一度もいたためしはない。そして南の村より南には、村はなく人はほとんどいないという話だった。何を警備するのだろう、と子どもながらに少女は思ったものだ。


 自給自足ができない布やその他の必要な生活用品は、数月に一度、大人たちが領都へ馬車で行き、干し肉や野菜を売って手に入れてくる。


 今まで得た知識を確かめるように、一つ一つ思い出していった。


 そして、それが今までの少女の全てだった。あまりにも少なかった。


 でも渦中にいる人間には、その知識の量が多いのか少ないのかを意識することはないだろう。それがすべてだからだ。


 それが、この間情報の一端に触れただけで、少ないことを意識させられてしまったのだ。


「また、領都に行きたいな」

 また独り言ちて、少女は膝を抱えて顎を乗せた。


 学校のない南の村では、子どもたちは早い内から生活をするための「勉強」をする。自給自足とは、結構過酷なものだ。実地でしか得られない経験がほとんどなので、大人と一緒に仕事をするのだ。それを嫌がる子どもはいなかった。できなければ、食べていけない。それは切実なものだったし、また、軽くこなしているように見える大人たちがやはりかっこ良かったからだ。


 警備に対する訓練は狩猟で経験を得る。男の子たちは、自分の体より大きな獣へ恐怖を覚え、血に恐怖を覚え、食べるために命をいただく行為そのものに恐怖を覚え、それを克服する頃に漸く見習いとして認められるのだ。もちろん、克服ができない子、克服はできても要領の悪い子などは別の職を得て、そこで力を発揮していく。


 親の職業をそのまま受け継ぐのが、技術伝達がスピーディなのと武器や道具が共同で使えるという理には適っていたが、必ずしも継がないといけないかというとそうではなく、できる人ができることを……というとてもニュートラルな考え方を南の村は持っていた。余所がどうであるかはもちろん少女は分からないので、それが当たり前だと思っていた。


 少女を含む女性陣は何をするのかというと、衣食住を整えることと、小さい子どもたちの養育、畑や果樹園での仕事など、多岐にわたった。得意不得意はあれど、皆がそれぞれすべての仕事をこなせるようになることが、女性には課されていた。


 今日も少女は、朝から畑で収穫を終え、一息入れているというのが今の状況だ。一息が長くなっているのは気が付いているが、腰が重く、大樹の根元から離れられないまま、時間は午後の終わりに向かっていた。


 先日の出来事以前とそれからでは、異なる感覚を持った、異なる人間のように自分が思えて、その不思議さと不安となぜか焦りとがぬぐえないままでいたのだ。見た目は異質でも普段は普通の少女が珍しく異質な感覚に陥っていた。

 それは、恐怖に近い感覚に思えて、少女は暖かい空気の中、ぶるっと震える肩を押さえるように触った。

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