3.愛ある朝食
居候生活一日目の朝は、おたまでフライパンを激しくたたく音から始まった。
「起きろー!!」
ソファで熟睡するシドニーの頭の上で、エイヴェリーはカンカンカンカン盛大な騒音を立て続ける。
「…うーるせぇ…」
最悪の目覚めに、シドニーは騒音源を睨む。しかし騒音を出していた張本人は悪びれる風もなく、「朝ごはんだよ」と告げた。
「あー?俺は適当にあとで食うからいいよ」
長年不規則な生活を送ってきたせいか、朝は食欲がない。生あくびをして、ソファに再び寝ころぼうとするシドニーに、エイヴェリーは足元で尻尾をぶんぶん振っているクー・シーをけしかけた。
「クー・シー」
「バフゥ!!」
クー・シーは太った体に似合わぬ軽やかさで華麗にジャンプすると、容赦なくシドニーの腹の上に落下した。
「ぐえぇ!?」
カエルを踏みつぶしたような声を上げ、シドニーはたまらず起き上がる。
「重い!何すんだこのデブ犬!」
「この家にいる間は僕の言うことを聞いてもらうって言ったよね?とにかく起きて。食事はみんなで一緒に食べるものだ」
なおぶつぶつ言うシドニーを無視し、エイヴェリーは食卓に着く。
食卓の上にはすでに朝食が用意されており、エレノアが皿を運びながらシドニーに笑顔を向けた。
「おはようシド。ソファじゃ寝心地悪かったでしょう?」
「ゴミ山のベットに比べりゃどこでも天国だって」
そう言い、シドニーも椅子に座る。
テーブルの上には、ポリッジ(丸麦のオートミール)とベーコンエッグ、スコッチブロス(野菜スープ)が用意されていた。
「お、うまそうだな」
「お腹すいたでしょう?いっぱい食べてね」
兄妹につられ何年もしていなかった食前の祈りを終えると、シドニーはカチャカチャとフォークを鳴らし、ベーコンエッグを一口食べる。
瞬間、硬直した。
(不味い…。)
シドニーは思わず頭を抱えた。
卵もベーコンも、ただ焼くだけでなぜこんなに素材の味をぶち壊すことができるのか。
ちらり、と目の前に座るエイヴェリーを盗み見る。
顔は正直だ。
眉間にしわを寄せ、苦悩の表情で黙々と食事するエイヴェリーに、シドニーはこっそりため息をついた。
「シド…どうかな?」
心配そうな顔で聞いてくるエレノア。目の前のエイヴェリーが視線だけでシドニーに『余計なことを言うな』と言っている。
「あ、ああ…。悪くねぇんじゃねえの?」
目を泳がせるシドニーに、エレノアはほっとしたような顔で笑った。
「良かったぁ。シドにいっぱい食べてほしかったの」 「…」
シドニーは改めて目の前の食事を見つめ、フォークをとる。
エレノアの作ったベーコンエッグは焼きすぎてぱさぱさだったし、ポリッジだって水加減に失敗したのかべちゃべちゃして糊を食べているようだ。スコッチブロスは塩を入れすぎたのか、辛いを通り越して苦い。
それでもシドニーはこの不格好で愛情こもった料理を残らず食べた。
誰かと一緒に食べる食事が、こんなにも美味しいと感じたのは久しぶりだった。