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イーストエンドフェアリーテイル  作者: たまごちゃん
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2.シスコン兄と不思議な部屋

 

 「くっせぇぇ」

 自分の体から放たれる悪臭に、シドニーはげんなりする。何時間もゴミの山の上で寝ころんでいたせいか、体から異臭が取れない。

 臭くて仕方がない、というエレノアの命令でシャワーを浴び、先程から皮がむけるほど何度も体をこすり上げているのだが、髪についた生臭い匂いはなかなか落ちてくれなかった。

 「シド、汚れた服は洗濯しておいたから」

 シャワールームの扉の向こうからエレノアが声をかけてくる。

 「おお、わりぃな」

 「着替えがないから、乾くまでシーツをかぶっててね」

 「はいはい」

 応えながらも、この無防備さは一体何なのだろうと考える。究極のお嬢様育ちか、それとも単なる世間知らずか。

 どちらにせよ自分には関係のないことだ。

 そう思いながらシャワールームから出ると、雑に身体を拭きエレノアの用意したシーツをまとう。

 清潔なシーツは大柄のシドニーの体をすっぽりと隠してくれたが、薄布一枚で年頃の、おそらく15,6歳くらいであろう少女と対峙するのはなんとも居心地が悪い。

 しかし当のエレノアはシーツ一枚の男の姿にも一切の動揺を見せず、「紅茶でもいかが?」などと聞いてくるのだからその肝の太さに感心する。

 シドニーはダイニングテーブルの椅子に座ると、改めて部屋を見渡した。

 玄関から入ってすぐにダイニングキッチン。寝室2つにゲストルームが一つ。

 取り立てて広くもない、どこにでもあるような普通の部屋だ。

 なのにどこか、何かが違う。

 「なぁ。ここ何か特別な空気清浄機でも入ってるのか?」

 「どうして?」

 「いや、なんてゆうか…、この部屋、やたらと空気が澄んでるというか…ほら、森に行った時すげぇ爽やかな気分になるだろ?なんかそんな感じがするっていうか…」

 自分でも何を言っているのかわからず口ごもるシドニーに、エレノアは何も言わず紅茶とクッキーを差し出した。

 紅茶を一口飲み、クッキーを手に取る。

 一口齧るとバターの香りが口いっぱいに広がった。

 「これ美味いな。あんたが作ったのか?」

 その出来の良さに感心して言うと、エレノアは首を振る。

 「それは兄さんが焼いたの」

 「兄貴が?」

 驚いて手元のクッキーを再び見る。

 「…?」

 しかし一口齧っただけのクッキーはいつの間にか指の間から消えていた。それどころか皿の上にあったはずのクッキーもきれいさっぱり消えている。

 「俺、今クッキーもらったよな?」

 「ええ」

 「?」

 クッキーは確かにあった。皿の上に5枚。手作りらしい素朴なチョコとナッツの入った。

 もしや、と足元の黒いデブ犬を覗き込むが、犬は居眠りしていてつまみ食いをした様子はない。

 「気に入られたのね」

 ふふふ、と嬉しそうに笑うエレノアに、シドニーは訳が分からず「何が?」と口にしたその時玄関のベルがなった。

 「ただいま、エレノア」

 扉を開けて入ってきたのは、まだ学生風の線の細い少年だった。

 「おかえりなさい。兄さん」

 エレノアは嬉しそうに立ち上がると、兄と呼んだ少年のもとへ駆け寄る。

 兄妹らしく繊細な顔つきはよく似ていた。だが妹と違い少し癖のあるらしい髪は寝癖なのか所々妙なところが跳ねていて、小柄な体つきはまだ成長期のそれだった。

 「お土産にケーキを買ってきたんだ。フランも一緒だからみんなで…」

 その時、視線を動かした少年の目がダイニングテーブルで紅茶を啜るシドニーに止まる。少年は目を見開き、思わずケーキの紙箱を床に落とした。

 「…誰…?」

 自分の家にシーツにくるまった(下は真っ裸)男がいるということに、少年は動揺した顔になり妹を振り返る。  が、妹のほうは平然とした顔だ。

 「この人フラットの前で倒れてたの。だから私、怪我の手入れをしてあげたの」

 「得体のしれない人間を家に入れるなんて危ないじゃないか!!ていうか、何でこの人シーツにくるまってるの!?まさか何かされたんじゃ!?」

 「あー、おいおい。俺はガキには手は出さねぇよ」

 「手を出すっ!?エレノア!?」

 少年の誤解を解こうと口をはさむが、火に油を注いだだけのようだ。もはや悲鳴に近い声を上げ詰め寄る兄に、エレノアはうんざりした顔をした。

 「兄さん、変な妄想しないでよ」

 「だって!」

 「どうしたのさ。外まで兄妹喧嘩の声が聞こえてきてるよ?」

 兄妹の言い合いに割って入るように、リビングにまた一人少年が入ってきた。赤毛の、猫のような目をした少年だった。背はそれほど高くないが女受けしそうな顔立ちをしている、とシドニーは観察する。

 猫目の少年は兄妹の側で立ち尽くしているシドニーを見ると、にやりと意味深に笑った。

 「へえ…。エレノアの彼氏?」

 「ちがうわ」

 「ちがう!」

 「ちげーよ」

 三者三様の反応に猫目の少年はけたけたと楽しそうに笑った。

 「この人、怪我して私の目の前で倒れたの。服が泥だらけで汚かったから洗濯してシャワーを浴びてもらっただけよ。着替えがないからシーツにくるまってるだけなんだから変な風に考えないでよね」

 「でも!」

 「まあまあ、取り敢えず落ち着きなよ。そうだ、互いに挨拶しようか?」

 軽い調子で言うと、猫目の少年はシドニーに向き合った。

 「俺はフラン。この兄妹の幼なじみで親友兼お目付け係ってとこかな」

 フランはそう名乗ると、傍らで未だ険悪な顔でシドニーを見ているエレノアの兄を小突いた。

 「ほら、君も名乗りなよ。挨拶は人間関係の第一歩だよ?」

 「…エイヴェリー。エイヴェリー・ヒューム。この家の主人だ」

 エイヴェリーはぶっきらぼうにそう言うと、シドニーを睨みつけた。

 「え?お前ら二人暮らしなのか?親はどうした?」

 「両親はすでに亡くなっているが僕はもうじき成人だ。妹の一人くらい養っていける」

 エイヴェリーの言葉に少なからず驚く。まだセカンダリースクールに通う位の年齢かと思っていたからだ。

 思っていたことが顔に出ていたのだろう。エイヴェリーの顔があからさまに不機嫌になった。

 「何だい?」

 「いや、17にしてはちっこいなぁって…」

 「誰がチビだって!?」

 「はいはい、怒らない怒らない」

 いきり立つエイヴェリーを、フランが後ろから羽交い絞めして落ち着かせる。 

 「小柄で若く見えるのはうちの一族の特徴なんだ。こいつ身長に関してはコンプレックスに思ってるらしいからあんまりつつかないでやってくれる?」

 「別にコンプレックスになんて思っていない!うるさいぞっ、フラン!」

 「そんなことより兄さん」

 ぎゃいぎゃい言い合う二人に、エレノアが話を切り出す。

 「シドをしばらくここに置いてあげようと思うんだけどいいかしら?」

 「はぁ!?何でこんな失礼な奴!」

 「だって彼は怪我をしているのよ。このまま放りだすなんてできないわ」

 妹の上目遣いにエイヴェリーは唸り声を上げる。

 「エレノアの頼みでも見も知らない男を置くなんて…」

 「別にそこまでしてもらう義理はねぇよ。服が乾いたらすぐ出ていくし」

 「駄目!」

 思わず叫ぶエレノアに、三人の男の視線が集中する。

 「だ、だって、こんなに傷だらけだし…、それに…まだお話ししたいことだって…」

 ごにょごにょと消え入りそうにつぶやくエレノアに、エイヴェリーはため息をつく。

 「…いいよ、エレノア」

 「本当!?」

 「君がこの家に入れたってことは少なくとも悪意のある人間じゃないんだろう?それにクーが警戒心なく寝てるんだ。もし君に害を与えるような事をすれば、今頃彼は首を噛み殺されて死んでいるだろうからね」

 物騒なことを言うエイヴェリーにぎょっとするが、エレノアは全く気にしたふうもなく頷く。

 「それにね、シドは『あの子達』に随分気に入られてるみたい。さっきも挨拶代わりの悪戯に合ってたし」

 クスクスと笑うエレノアに、エイヴェリーとフランは顔を見合わせ今度は注意深く観察するようにシドニーを見た。

 「ふーん…」

 しばらく何かを考えていたエイヴェリーは、ふん、と鼻を鳴らす。

 「ま、君の傷が完治するくらいまでは居候させてやってもいいよ。ただし、この家にいる間は僕の言う事に従ってもらうからね」

 偉そうな態度のエイヴェリーにはさすがにカチンときた。

 「あぁ?別に頼んじゃ…」

 面倒くさいことはごめんだ、と反論しかけるシドニーの手をエレノアが嬉しそうに握る。

 「良かったわね、シド」

 その可憐な笑顔を見ていると、もはや何も言えず、シドニーは頭をかいた。

 「…ん、まぁ別に行く当てもないしな…。じゃ、よろしく頼むわ」

 なんとなくいい雰囲気の二人の間に割って入り、エイヴェリーはシドニーに言い放った。

 「妹に手を出したら、殺すからね!!」

 「出さねぇよ…」

 シドニーは天を仰ぎ、この面倒くさそうな居候生活の始まりを憂いた。


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