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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファンタジー短編

邪竜とパン屋

作者: ニロクギア

「いたぞ!番いの竜だ!追え!!!とどめを刺せ!!」

「小竜はどこだ!!!探せ!!」


 森は炎に包まれ、空気は焼け焦げた金属のような匂いが漂っていた。

 狂気じみた叫び声が飛び交い、無数の兵士たちが武器を振りかざしながら竜を追い詰めていく。

 巨大な翼を広げる竜たちは、空へ逃れようと必死に身をよじるが、その行く手を阻むように矢が飛び交う。


 まだ幼かった我は家族により隠された。

 我は隠された場所から、父、母が追われる姿を、兄弟たちがむごたらしく殺されていく様をじっと見つめていた。


 我の胸に宿るは欲深い人間への嫌悪、憎悪。我らに襲い掛かってきた醜悪なイキモノの欲望にまみれた醜い顔を忘れない。


~~~


 ねぐらの上から光が差し込み、ちゅん…ちゅちゅんと、小鳥の囀りが聞こえる。


「…いつ振りだろうか。あの光景を夢に見るとは…」


 くぁ…と大きな欠伸をして顔を振る。我は古来より生きる竜。人を憎む竜だ。


「あの醜き人間どもが住む国というものを滅ぼしてやってからどのくらいの月日が経ったのか。もう覚えておらんな…」


 我が見た夢は遠く、幼き頃の記憶。


 眠気を払うかのようにその巨体を持ち上げ、大きく伸びをする。集まっていた小鳥たちが驚き飛び立っていく。


 我は幼いころに人間に襲われた。その時の惨状は稀に夢に出てくるほど刻まれていた。


 大きく成長し力を蓄え、襲ってきた人間の国を滅ぼした後は人が容易に寄り付くことができない数多の魔物がはびこる、樹海奥深くの山中にねぐらを構えていた。


 山の中腹に大きく穴を穿ち、羽を広げても問題ないほどの巣穴をこしらえている。


 その巣穴には、小さな鳥や、リスといった小動物たちも巣を作っているため、竜が寝ている間にその体に上っては羽を休めたりしているのだった。


 我は竜という強者でであるがゆえに、人間のような愚かしい生き物からこういった小さな生命を守るのもまた、悪くないと感じている。

 また、竜を頼ってやってくる魔獣なども庇護し、森の守護者のようになっていた。


「ふん。それにしても、あの人間どもの集合体を焼いてやったときの…我に向ける顔は傑作であったな。我が家族を襲ってきたときは愉悦にまみれておったというのに。」


 くっくっく…と笑いがこみあげてくる。


 当時はまだ幼かったため、満足に戦う力もなかったことを嘆いた。

『人間許すまじ』その復讐心をの炎を胸に宿し、多くの魔獣を借り、喰らい、己の力を磨き続ける日々。


 そして100年。


 竜は世界のいきもの達の頂点ともいえる力を持ち、家族を襲った人間どもが作った集合体を焼き尽くした。


「ふは…ふははははははは!!!!父よ!母よ!!!兄弟たちよ!!!!ここにいるすべての人間どもの命を捧げよう!!!!」


 わずかに生き残った人々は畏怖した。その瞬間、竜は人間から「邪竜」と呼ばれるようになった。


 だが人間はしぶとい。小さな羽虫のように、全部燃やしたと思っていてもしぶとく生き残っている。

 一度燃やしても、100年もすれば新たに集合体ができている。

 こざかしい。そう思いながら、また集合体を焼く。だがまた集まる。勘に触るからまた焼く…の繰り返し。


 最初こそ目障りだから集まるごとに焼いていた。それが徐々に100年、200年、300年と期間が長くなる。

 あまりに繰り返される出来事。何度も何度も人間を焼いていくうちに、つまらないと感じるようになった。

 我に宿る復讐の炎は小さくなっているような気もしている。


 しかし完全に炎が消えてしまったわけではない。憎しみに慣れてしまっただけだ。だから、きっかけがあれば、すぐに炎は強くなる。


 今日見た夢は、竜に憎しみを思い出させるには十分だった。


「そうだな。久しぶりにやつらの集合体を滅ぼすか」


 大きな羽を広げ、ねぐらから飛び立つ。


「さて、いままでと同じ国とやらをまた焼くのも芸がないか…?我に対して多少は対策をしているようではあるからな。」


 これまでに何度も焼き尽くしてきた人間の国だが、そのたびに竜に対しての対策を立てていた。

 魔法による防御、大勢の武装した人間による戦闘、勇者と呼ばれる強力な個体による迎撃。


 他の竜であったならもしくは撃退が可能ではあったかもしれない。

 だが、圧倒的な力を持つこの竜に対してはほとんど効果はなく、蹂躙されるのみではあったが。


「あの程度のものであれば我には意味がないものではあるが…面倒なのは否めんな…」


 空を舞いながら思考にふけっている。

 眼下に広がる一面の緑を眺めながらふと思い出す。


「そういえばこの前フェンリルのやつがこの樹海の先に人間どもの住む街とやらがあると言っておったな」


 フェンリルは樹海に存在する魔獣の中で、この竜の遊び相手になれる、数少ない相手だ。

 暇つぶしに竜はフェンリルのもとへ足を運ぶことがあり、その時に人間の話を聞くことがあるのだ。


「外から一息で燃やすのも飽きてきたし、今度はじっくりと甚振るのもいいかもしれんな」


 そう呟いて、樹海の外を目指すのであった。




「ほう…ここか…?しばらく見ぬうちにだいぶ趣が変わっておるな。最後に人間の集合体を見たのは…1000年ほど前だったか?」


 気づかれないよう、隠蔽の魔法を使って羽ばたく竜の眼下には竜が見たことのない景色が広がっていた。

 人間というものは寿命も短く、力もないくせに恐ろしい速さで様々な技術を作り出すことはよく知っている。

 樹海に竜の元へ庇護を求めるためにやってきた魔獣から話を聞くからだ。


 壁の上には見たことのない道具が沢山配置されおり、見たことのない素材が使われているようだった。


「ふむ…、少し放置しすぎたか。フェンリルや他のものどもから聞いておった時は、そこまで脅威とは感じなかったが…。位置も森に近いし、多くの人間が入り込んでおるようだ。」


 街にいる人間の動きを注意深く観察する。


「我の敵ではないが…庇護下にある者どもに何かあってはいかんな。少々時間をかけて遊ぶつもりであったが…一気に焼いておくか」


 ブレスを吐こうと大きく息を吸い込んだ瞬間、今まで感じたことがない匂いが風に乗って飛び込んできた。


「…なんだ?この匂いは。何かを焼いている?人の焼ける匂いでもない、死臭でもない…。不思議な香りだ」


 竜は興味をひかれた。そして、この匂いが何なのか…その要因を突き止めたくなった。匂いは風上にある建物から出てきているようだ。

 好奇心が止められない竜は、街へ降りることにした。


変化(エグナ)


 ぼん!と大きな巨体を、黒い猫の姿に変え、街の中に飛び降りる。


(気づかれないためにはこの姿が良かろう。)


 街に降り立った竜は匂いの元へ歩みを進めながら、街並みを見上げて観察する。普段森の中では見ないものばかりで好奇心を刺激する。


(人の住まいなど、これまでじっくり見たことなぞなかったが…不思議な形をしているものだ。我が見るときは大体燃え上がっているからな。はっはっは。しかし人間の姿が少ない気もするが…)


 竜が疑問をいただくのは仕方ない。普段はほぼ、ねぐらで過ごしている竜にとっては時間の感覚はない。

 人間からすれば、まだ起きている人も少ない早朝の時間なのだ。


(さて、匂いの元は…ここか?)


 小さな2階建て建物の前に到着した。なんとも言えない心地よい香りが漂ってきて、今まで感じたことのない気持ちを覚えている。


(なんとも小さい小屋だな。どこから入ればいいのだ?さすがに我といえども…今はこの扉をぶち破るわけにもいくまい。む、あの上に隙間があるな?)


 2 階の窓が小さく開いていた。そこに向かって竜は軽やかにジャンプし、中に飛び込む。

 中には簡素なベッドと、家具が数点おいてあるだけの質素な部屋だった。


 匂いはさらに強くなったが、匂いの元ではないようだ。とんとん、と床を何度か叩いてたり、家具に飛び乗って、何かないか見てみる。



(匂いの元はここではないか?さて、どうしたものか。どうやらこの部屋の下が要因のようだが…)



「誰かいるの!?」


 その時、ガチャ!!という音とともに扉が開いた。その先には、長い棒を持った白い服を身にまとった一人の少女がいた


(…!人間…!!ばれたか!?)


 我は身にまとう魔力を強め、攻撃をしようとしたが、少女は力が抜けたように座り込んだ


「はぁ~なんだぁ~、猫ちゃんかぁ」


 手に持っている棒を力なく落とし、我をおもむろに抱き上げる。


(な、なぁぁ!!やめろ!!)


 竜は慌てて暴れるが、慣れない体であるため思ったように抜け出せない。一瞬殺してしまおうかと思ったのだが、少女の体からも気になった香りが漂っていたため、躊躇してしまった。


「猫ちゃんだったら安心だね~。泥棒かと思っちゃったよ~」


 少女は我の頭を優しくなでる。その掌の温もりにに今まで経験したことがない心地よさを感じていた。


(な…なんだこの女は…)


 いままでにない感覚に戸惑い、我は少女腕から抜け出そうともがく。


「あーもう元気な子だね。お腹すいているのかな?あ!ひょっとしてパンの匂いにつられて来ちゃったのかな?」


(パン?パンとはなんだ?)


「よし、じゃぁ私の自慢のパンをごちそうしちゃうよ!ちょっと待っててね!!!」


 そう言いながら少女はバタバタと 1 階に降りていく。その先から我が興味をひかれた香りがたっぷり漂ってくるのがわかった。


(この先にあの不思議な香りの正体が…)


 ドタバタドタバタと少女が再び戻ってきた。


「じゃーん!これは私が作ったパンだよー!!!」


 皿の上にはいろんな形のパンが並んでいた。不思議な香りが漂ってくる。すると、ふいに竜のおなかがぐぅ~となった。


(な!?なぜだ!なぜ我の腹から音が!?)


「ふふ~。やっぱりお腹すいてたんだね。どうぞ。お好きなパン召し上がれ」


(召し上がれ、だと?これは…食べ物なのか?)


 少女はニコニコしながら、竜を見つめている。

 警戒していると、少女がパンを小さくちぎって竜の目の前に差し出す。


「どうかな?これで食べやすくなる?」


 目の前になんとも言えないかぐわしい香りが漂ってきた。思わずパクッと口に入れる。


 その瞬間、体に電気が走った!…ような衝撃を受けた。


(な…なんだこれは…!!!ふかふかではないか!!!)


 思わず差し出されたパンに食いつく。実際に腹が減っていたかどうかはわからないが、あまりの衝撃に 1つめをあっという間に食べてしまった。

 竜は 2つ目、3つ目と続けて食べていく。


 その姿を少女はとても嬉しそうに見つめていた。




 あれから我は定期的にこの店に顔を出している。

 そう。人間の生態を観察する必要があるからだ。


 決してパンが欲しいわけではない。


「猫ちゃん一杯食べたね~」


(うむ。しかし悪くない)


 少女に撫でてもらう時は、何とも我の心が落ち着くのだ。


「ふふ。すごく嬉しいな」


 そう呟いた後、少女は少し悲しげに語った。


「お母さんから受け継いだこのパンはすっごくおいしいんだよ。だからもっとみんなに食べてほしいから続けていきたいのに…でも…」


(む?この女、何やら困っておるのか?我を頼ってきた魔獣どもと同じ顔をしておるな)


 その時、パン屋の入り口のドアを粗々しく叩く音が聞こえる。


「おい!!もうすぐ開店だからいるんだろ!!支払いは今日までだぞ!!」


 少女の顔には一瞬で怯えが広がって、体は震えているように見えた


「あ!猫ちゃん、ちょっと怖い人たちがきたからここにいると危ないよ」


(怖い人…だと…?)


 我を抱きかかえ、窓際に連れていき頭をそっとなでる。その瞳は憂いを帯びていた。


「また遊びにきてね?」


 彼女は1階へと走ってく。


 明らかに、何か困っていることがあるのだろうと思う。我は少女の姿が消えるのを待ち、窓から飛び出した。


隠遁(バディーサ)


 隠遁の魔法を使用し、再度大空へ飛び上がる。そして集音の魔法を使い、少女と尋ねてきた人間どもの会話を聞く。

 

 どうやら大柄な男どもがパンを作る少女に対して脅しをかけている様だ。


(ふん…人間のなんとあさましいことか。)


 一通り男どもが言いたいことを言った後、少女から何かを力づくで奪った後、彼女を殴り店を後にする。


 …その様子に我は怒りの感情を覚えた。これまでに感じていた人間に対する憎しみとは別のものだ。


(ここに集まっておる人間どもは焼き尽くしてやっても構わんのだ。だが、あのパンとやらと、それを作ったあの女のことは気に入っている。あやつを害した奴らは許せぬ)


 はっとして首をぶんぶんと振る。


「ふん。我はここに何をしに来た?人間を焼き尽くしにきたのであろう?」


 人間を憎むことしかなかった自分の考えに、少し戸惑いを覚えている竜。

 ふっと空を見上げ、思案する。


「そうだな…人間一人の生は短い。あの女の悩みを払ったうえで、ここを滅ぼしても遅くはなかろう。」


 よし、そうしようと我は無理やり自分を納得させ、ねぐらへの帰途へ着く。


(あのパンとやら…明日も食べてみるとするか…)


 我は気づいていなかった。

 燃え上がった憎しみの炎が、消えてしまいそうなほど小さくなっていたことに。


パンの匂いってお腹すきますよね。

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