第六話 飛ぶ鳥落ちる
「クボッチ!しっかり、久保っ!」
まるで卓球のジャンピングスマッシュの如く苛烈なビンタを繰り出したサチが久保の胸ぐらを掴み、久保の意識の確認をする。
「あっあぁ……ごめん大丈夫」
久保は赤く膨れ上がった頬をおさえサチの問いに答える。一方で頭の中では消えゆく女の子とチサの残像が頭の中でリピートする。
事を察するように落部が口を開く。
「残念ですが今回の依頼はガセではなかったようですね」
一人状況を把握できず、久保に対するサチの強烈なビンタに思わず目を丸くし、口をおさえる本村に落部は顔を移し続ける。
「どうもはじめまして本村さん、わたくしホラー研究部、通称ホラ研部長の落部 守と申します、あぁ美濃部さん状況を説明していいただけますか?」
「はいわかりました」
サチは落部に言われ美術室にきてから久保への苛烈なビンタまでの経緯を説明した。
一通り流れを把握したところで落部は尋ねる。
「時に本村さんペンギンのぬいぐるみは美術部の物ですか?」
「はい、そうです昔の生徒が美術工作で製作したぬいぐるみらしいです」
「なるほど何でそれを忘れ物として持ち帰ろうとしたのですか?」
「それは頼まれて……お父さんに」
「お父さん?」
「お父さん?」
久保とサチは口を揃える。
「なるほどなるほど繋がりました、失礼ですが本村さんのお父さんは本村 邦男先生でいらっしゃいますか?」
「は、はい」
「本村先生!?」驚いた顔で久保は声をあげ、続けてサチも後を追う。
「本村先生!?私とクボッチの担任じゃない」
「あっあのー、お父さんが関係あるんですか?」
不安げな本村に落部は答える。
「いえいえ本村先生美術部の顧問ですし、美術部の物を持って帰るよう頼むなんて内部関係者、しかもお父さんとなると同じ名字の本村で、必然的に繋がり聞いてしまっただけです」
「あっでもなんで持って帰る必要があったの?」
すかさずサチは言う。
「はいそれはぬいぐるみの右肩ほつれてるでしょ、縫うように父に頼まれてたんですが肩と同じ色の糸がなかったので家に持ち帰ろうとしたんです」
「なるほど確かにほつれてますね、まぁなんにせよ今回の一件で、問題の鎮圧はなされました、本村さんもう心配はありませんよ」
「本当ですか?」
本村は安心の笑みを浮かべ肩を撫で下ろす。
「原因に関しては後程まとめてメールにて報告させて頂きます、今日のところはここまでに致しましょう」
「わかりました、本当にありがとうございました」
「さっ我々も戻りましょうか詳しい話しはそこで」
そうして四人は美術室を後にしたが、久保はどうしてもチサが気がかりでならなかった。
(問題の鎮圧ってなんだよ、そもそもなんも解決してないだろ、チサはどうなるんだよ)
そんな不安にかられ、落部ならと、思いきってチサの事を話してみようかと久保が口を開こうとした瞬間落部は言った。
「子猫ちゃんは大丈夫ですよ、新しくできた友達の家に遊びに行ったぐらいの気持ちでいてあげてください、ホラー研究部部長として断言しますあの女の子は優しい霊です、子猫ちゃんと同じ光の色をまとってましたから、悪い霊は霧のような漆黒をまといますからね」
「ちゃんと帰ってくるんだよな……」
「えぇ大丈夫ですよ」
落部の言葉を聞いて少し心が落ち着いた久保だった。
そうして三人は部室に戻りパソコンを開く遊離と、何やら難しい顔をして文集らしき物を開き眺めている恵介、それを気にしながら久保と美濃部が席に着くのを確認し、落部が今回の依頼についての仮説と事実を話しはじめる。
「皆さんお疲れ様です、まずは簡単に考えてみてください、単純に人がどうなると幽霊になるのでしょうか?美濃部さん」
とっさの質問に一呼吸考えてサチは答える。
「死ぬ?」
「そうです、単純に幽霊になる過程の大前提として死が直結します、もちろん生き霊など時を越えて現れるイレギュラーも存在しますが、やはり最初に塗りつぶしを行うのは人の死の可能性、今回遊離さんと惠介君には当校の死亡履歴を調査していただきました。遊離さんお願いします」
遊離は目の前のパソコンをみんなの方へ向け話をはじめる。
「ではまず死亡履歴に関してネット検索をかけたところ、一件当時のニュースとして記事があがってきました、記事の内容によると今から二十年前、高校三年生の女子生徒が屋上から飛び降り自殺、詳しい内容は伏せてありましたが口コミの何件かに美術部の生徒で部活が終わってから屋上で飛び降りたのではと、また美術部の部長と恋仲だったとか死をいとわない見苦しい、糞みたいな口コミもちらほら、死ねばいいのに、地獄に落ちて焼かれろ、そして目ん玉焼かれ」
「遊離さん」
慣れた表情で落部が割り込み遊離をうながす
――ゴホンッ――
軽い咳払いを見せ
「失礼、後は惠介さんお願いします」
「承ったのです、でっみんなに見てもらいたいのがこれ」
惠介はおもむろに口を開き文集らしき本を前にだす。
「これ、二十年前のうちの学校の文集で今開いてるページが美術部のページ、発行日を確認したのだけど事件の前に製作されたやつ、これみてほしい名簿、三年生のところ、男子の部長と女子の副部長だけなんだよ」
「えっ三年生の部員二名だけじゃない!」
「そうなのだよ、他は二年生が三名、一年生が五名の計十名おそらくこの集合写真で一番真ん中に先生と並んで座っている男女が部長と副部長で、この女子の副部長っていう柊木 由香が亡くなられた女子生徒だと思うのです」
「おい惠介ちょっと待てってこれ、部長って、本村 邦男って担任の本村先生じゃないかよ」
「本当だわそれにさっき遊離さん口コミで部長と恋仲だったって言ってたわよね」
突きつけらる情報に混乱を見せる久保とサチだった。二人は集合写真を見つめあることに気付き、目を合わせ言葉を交わす。
「ねぇクボッチ本村先生が持ってるのって」
「これは、ぬいぐるみだよ……ペンギンの」
二人の会話についていけず不思議げに遊離と惠介はお互いに顔をあわせる。
そんな四人の会話を黙って聞いて頷いていた落部が口を開く。
「さすがですね、遊離さん惠介君、そして美濃部さん久保君、これである程度ですが伏線が浮上してきました後は回収といったところですが、今日はここまでに致しましょうか、一旦下校して夜中二時に校門前に集合と言うことで、解散っ!」
「はぁ!?」
「ヤバっ肝試しとか、上がる」
「はいわかりました」
「遊離殿、拙者の命託すのですよ」
部長落部の急な肝試しイベントに各々感情を高ぶらせ、部室を後にする。
「あっ懐中電灯忘れないでください、暑いので飲料も持参でお願いします」
そう言って四人が出ていくのを見送り最後部室に残った落部は呟く。
「さぁ後は子猫ちゃんが柊木由香さんの未練を共有できてるかどうかですね、まぁ久保君の為にも今宵は一肌脱ぐとしましょう……」