第一話 唐突な屋上
「ねぇ私と付き合おうっか……」
春の心地よい風が学校の屋上で向かい合う二人の間を通りぬける。
彼女は屋上の柵に背中をあずけ風で優しく揺れた黒髪をキレイな指で耳にかきあげながら唐突に言い放った。
彼は数秒固まったまま彼女を見つめた。
それもそのはずつい十秒程前に屋上に来たら面識のない女子生徒がおり、目と目があった瞬間彼女の口からあのセリフが飛び出たのだから。
彼は現状の把握ができないまま【告白】という二文字が頭の中で増殖し混乱していった。
結果、彼は彼女を見つめ、こう言った
「もし……もし良かったらボクと……ボクと付き合ってください」
「はぁ?だから付き合おうかって?」
「返事はいつでも構いません、宜しくお願いします」
「えっ……ちょっ……待って」
彼は走った。
顔を赤らめ屋上のドアを三回押し更に四回押し、引くタイプに気付き「はぁっ!」と奇声をあげ、瞳からこぼれる涙を置き去りにした。
宛らフラれて悲しみをこらえきれずといった乱暴な足捌きを見せる彼は久保 明 高校三年生、趣味なし、彼女なし、できたこともなし、人付き合いは苦手な為友人は一人だけである。
そんな久保が女子に告白され、何故か自分も告白するといったカオスな行動に出た事に関しては、広い心で見れば情状酌量の余地はあろう。
屋上からの階段をおり廊下に差し掛かったところだった
――ドンッ――
「いって……ごめんぶつかった」
「このふとどきものがぁっ」
衝撃のあまり後ろに倒れ込む久保に対し、何事もなかったようにその場に直立し男は言った。
その甘やかされたふてぶてしい体つき、茶色の眼鏡を光らせ制服のネクタイの先っちょは胸ポケットにしまいこむ見た目クセのある彼は、安堂 恵介 久保の唯一の親友である。
「悪いっ恵介、ちょっとパニクってて」
「何だクボッチか、怒りの感情でズボンのおしりが破けたではないか」
「知らねえよ、もっとサイズに余裕をもてよ……イテテ」
「3ヶ月前に買い換えたんだか僕の成長が止まらないんだ」
「知るか」
そんなやりとりをしながら恵介は片膝を床につけ破けた穴を更に広げ久保の手を取り起き上がらせた。
――パっパンっ――響く破裂音
「恵介ズボンのポッケにパン入れるクセやめろよ、たまになるその破裂音ビビるわ」
「ふとどきものがぁっこの……ふとどきものがぁっ」
どうやら破裂音は恵介のズボン右と左ポケットに入ったパンの袋が片膝をつく際に圧がかかり破裂したようだ。
悔しげに眉を下げ恵介は言う。
「まぁ仕方ない破裂音でチキンな友の心臓が止まってはこま……むむっ」
急に恵介が久保の顔をじーっと見つめいつもと違う事に気付いた。さっきまでの悪態じみた態度が一変、心配そうに恵介が聞く。
「クボッチその涙どしたの?」
心配した顔で見つめる恵介の表情にどこかほっとした久保は口を開く。
「実は昼寝しにいつものように屋上へ行ったんだ。そしたら見たこともないキレイな女子がいて、告白された」
「なんだとぉー」
あまりの衝撃に発した恵介の声が廊下に響き、ズボンが更に破ける音と後ろポケットから奇跡的に真空状態を保っていたパンの破裂音が響いた。そんな事はおかまないなしに恵介は問う。
「でっでっクボッチどしたの?何て言ったの?」
「どうしていいかわからなくて俺も告白した」
「カッカッカオス!なにゆえ!?」
「俺もわかんないけどパニクって、『返事はいつでも構いません』って言って屋上飛び出して走ってきたら恵介とぶつかって今ってわけ」
「このふとどきものがぁっ女子の……女子の心を何だと思っているのですか」
「何でお前が泣いてんだよ俺の方が泣きたいよ、あっもう泣いてんのか」
「クボッチ行くぞ」
そう言うと恵介は胸ポケットにしまったネクタイの先っちょを背中に凪ぎ払いクボッチの手を掴み屋上に続く目の前の階段を登り始めた。
「待てって恵介」
「待てぬ…待てぬぞクボッチ、何で告白してきたのか直接聞かないとこの問題は解決しないとみた。それにクボッチと階段前でぶつかってからは屋上から誰も降りてきておらぬ、まだ彼女は屋上にいるはず」
階段を上るにつれ胸の鼓動が高まり鮮烈に頭に焼き付いた彼女の姿が久保の胸を苦しくさせた。恵介は屋上のドアにたどり着くと勢い良くドアを引き……引いて……押すタイプだと気付き扉を開けて握っていた久保の手を引っ張り前方へ身体ごと投げ捨てた。そして恵介は破裂した袋からパンを取り出しボソッと呟いた。
「行け友よ狼煙をあげよ」
投げ飛ばされ突っ伏した久保が「イテテっ」と言いながら顔をあげるとそこには膝をかがみ先程の彼女が不思議そうに久保を見つめていた。
「ねぇ、大丈夫?」
「あっさっきは…パニクってて……逃げてすみません」
久保は慌てて起き上がり膝を二、三回ほろいゆっくりと顔をあげ彼女を見つめた。聞こえるはずのない心臓の音が外に漏れないよう必死に抑え久保は口を開く。
「僕はクボ アキラ」
「知ってるよ」
「君の名前は?」
「うーん、チサって読んで本名は嫌でもすぐにわかるわ」
彼女は悩ましげにそう言うと優しく笑って見せた。
「わかった、チサは何年生?話した事なかったよね?」
少し不安げに久保は聞いた。
もし話した事があったら失礼いや、嫌いになってしまうのではないかと考える。それでも彼女と会話しているこの空間があまりにまぶしすぎて心が浮かれ彼女をもっと知りたい好奇心が沸き上がる
この少ない時間で久保は完全に彼女にやられてしまったのだ。
「同級生よ、話した事は……」
彼女の話しに急に恵介が割り込んだ。
「クボッチ、クボッチー」
「何だよ恵介」
「クボッチ何一人でぶつぶつ言ってんだよ、もしやさっき投げ飛ばした時頭打った?」
「はぁ?ほらチサって言う」
「あっ無理、あの人にはわからないよ私の事」
「僕だってわからなかったんだから恵介もわかるわけ」
「違うの、私の事は見えてないよ」
「えっ?どういう」
「私死んでるの、幽霊ってやつ?」
平然とそう言い放つと彼女はまた優しく笑ってみせた。
「ゆうれい!?」
久保を呼ぶ恵介の声は大分遠くに聞こえていた。
状況を飲み込めずに混乱する久保にチサはさらに追い討ちをかける。
「私と付き合おうっか?」
「……はい」
久保は答えた。
現状の把握は勿論できていない、かと言ってチサの事は何も知れてない逆に謎は深まった。
それでもそう答えたのはチサの屈託のない笑顔に恋をしてしまったのだろう、たとえそれが幽霊でも……
これがチサとクボの出会い、奇妙な生活の始まりである。