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 マチルドと母を自分の部屋の前に残して、シルヴィに成りすましたアネットは階段を降りた。

 階下のホールでは父や兄たちが待っていたが、母たちの目をごまかすより、彼らをごまかすのは、はるかに簡単である。


 アネットは余裕の表情でホールを通り過ぎた。

 扉の脇に立っている従僕の一人に「馬車を用意して」と頼む。念のため「シルヴィよ」と言って微笑んだ。

 アネットとシルヴィはそれぞれ小型の馬車を持っているので、どちらを用意するかと聞かれてモタモタしないためだ。


「かしこまりました。シルヴィお嬢様」


 従僕の返事に満足して微笑んだ時だ。


「どこに行くんだい、アネット」


 背中から声を掛けられて飛び上がった。

 振り向くとジェラルドが立っている。


「尼僧院に向かう馬車は、すぐそこにとまっているよ」

「に、尼僧院? 私、シルヴィよ。アネットは、まだ部屋に」

「何を言ってるんだ。きみはアネットだろ」


 自信たっぷりに言い切られて、動揺した。

 父と兄たちがこちらを見ている。

 ゆっくりと近づいて来ながら、クレマンが言った。


「アネット? シルヴィだろう? そのドレスは……」

「いいえ。アネットですよ。一度しか会ったことはありませんが、間違いありません。これはシルヴィではない」


 テオドールが「シルヴィとだって、数えるほどしか会ってないだろう」と言って笑った。


「二人を見分けるのは、僕たちでも難しい。テランスが間違えるのは無理もない。でも、これは……」

「アネットだよ。シルヴィとは、全然、違うじゃないか」


 あまりに当然という言い方でジェラルドが言い切るので、テオドールとクレマン、さらに父まで、しげしげとアネットを観察し始めた。


「うーん……」

「よく、わかんないなぁ……」


 ジェラルドは「なんで?」と困惑している。


「どこからどう見たって、シルヴィとは別人だろ? なんで、わかんないんだ?」

「テランス、きみこそ、その自信はどこから」

「テオドール、それでもきみは彼女たちの兄か?」


 兄たちも父も困惑気味に顔を見合わせた。


 クレマンが言った。


「外に出てみればいい」

「外に?」

「もっと明るいところで見れば、目の色の違いでどちらかわかる」

「ああ、なるほど。そうだな」

「うん。そうしよう」


 まずいことになった。

 アネットはじりじりと後ろに下がった。


 その時、玄関の扉が開いて、従僕が告げた。


「馬車の用意が整いました」


 明るい日差しが差し込み、アネットの瞳がきらきら光る。

 父たちがじっと覗き込んでくる。


「ん?」

「完全に青いぞ。菫色ではないな」

「アネットか?」


 アネットはさっと身をひるがえして玄関を飛び出した。

 車止めにとまっているシルヴィの馬車を目指して走る。


 しかし……。


「乗せるな!」


 父の一声で、御者が馬車の扉を急いで閉めた。

 すぐに追いついた父が深いため息を吐く。


「やはりアネットか……、まったく、おまえという娘は……」

 

 アネットは父にすがりついた。


「尼僧院に行くなんて、嫌!」

「知っている。だから、行かせるんだ。喜んで行くようなら罰にはならないからな」

「ひどいわ、お父様!」

「私だって、好きで罰を与えるわけではない。しかし、おまえは少し頭を冷やして反省しなくてはいけない」

「家で反省するわ!」


 父は、やれやれというふうに首を振った。

 たった今、逃げ出そうとしたのは誰だと言いたげだった。


「これは預かっておこう」


 言いながら、宝石を詰めた鞄をアネットの手から取った。


「ずっと、というわけではないのだから、しばらく静かにすごし、自分と向き合って、何が悪かったのか考えてきなさい」


 うわあん、と泣きまねではない本当の涙が流れて、アネットは大泣きした。

 しかし、無駄だった。

 兄たちが口々に「可哀そうだけどね」と言いながら、アネットを尼僧院行きの馬車に乗せる。


「お兄様ぁ~! お父様ぁ~!」

「いい子にしてたら、すぐに迎えに行くから」


「待って。お母様とお姉様たちに会ってから……」

「私たちから、ちゃんと伝えるよ」


 優しく宥めながらも、決して方針を変えることなく、アネットを乗せた馬車の扉をバタンと閉め、父が御者に告げる。


「出してくれ」


 こうして、アネットはとうとう尼僧院へと送り出されたのだった。

 

 


たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
間違えて求婚しダンスまでしたくせによくいうぜ!(´・ω・`)
[一言] ドナドナ…
[良い点] ここでさくっと送り出せたのはよかった。 なかなか性根は治らないだろうけど。 [気になる点] やっぱり男性陣は騙されるのか~ [一言] さすが婚約者!よくぞ見分けてくれた!!
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