(20)
いつでもわがままを聞いてくれるはずの優しい兄からの予想外の言葉に、アネットは呆然と目を見開く。その顔には、焦りと憎悪の入り混じった表情が浮かんでいた。
「ひどいわ、テオドールお兄様。お兄様はいつもシルヴィお姉様の味方ばかりするのね」
「そんなことはないだろう、アネット」
アネットを咎めたのは次兄のクレマンだ。
「むしろ、テオドールはアネットに甘すぎると、僕は思ってたよ」
「私もよ」
マチルドも苦笑まじりに同意する。
「みんなアネットのこともシルヴィのことも同じように可愛いのよ。でも、最近のアネットは少し我儘が過ぎるんじゃない? 時々、嘘も吐いてるでしょう? シルヴィが舞踏会に行きたくないって言ってたのも、本当はアネットの作り話なんじゃないかって、私たち、後から考えたのよ。シルヴィ、本当に行きたくないって言ってたの?」
「言ってないわ」
「嘘よ! シルヴィお姉様ったら、どうしてそんな嘘を言うの? みんなで私を悪者にして、ひどいわ。ねえ、お父様! なんとか言って!」
みんな、やめなさい、とドニエ公爵が困ったように言う。
「ジェラルド殿下の前で、きょうだい喧嘩をするのはやめておくれ」
「そうよ! みんなで私を悪者にして、本当にひどいわ!」
「アネット、そうではない。ここで喧嘩をするのをやめてほしいと言ったんだ。おまえを庇ったわけではないよ」
自分からも少し話があるので、帰ってから、みんなできちんと話し合おうと父が言う。
すっかり興奮してしまったアネットは「お父様まで! 話ってなんなのよ!」と金切り声を上げた。
「おまえの求婚者たちのことだ」
「あの人たちがなんなの! もう関係ないじゃない!」
「手ひどい断られ方をしたと苦情が来ている。ほかの令嬢からも、悪口を聞いたとか……。おまえは、よその令嬢の婚約者までバカにしているそうじゃないか。さっきまでは私も半信半疑だったが、あの言い様を聞いてしまったら、まわりの人の言うことが本当なのかもしれないと思い始めたよ」
「ち、違うわ!」
アネットは必死になって周囲を見回す。そして、また「シルヴィお姉様ね!」と言って、シルヴィを睨んだ。
ちょっと芸がなさすぎる。
「お姉様が、お父様に告げ口したんでしょう! 私には八人も求婚者がいるのに、自分はどこの馬の骨とも、爵位があるのかどうかもわからない人にしか相手にされないから、嫉妬したんだわ」
「アネット、シルヴィには二十四人の求婚者がいるよ」
父の言葉にアネットが「え……っ」と言ったきり、絶句する。
「シルヴィに言われて、ほとんどの方には私から断りを入れたがね」
公爵家の嫡男二人と、富豪のとある侯爵には、自分のところで返事を保留にしていると父が言う。
アネットの顔がみるみる青くなり、次いで赤紫色に変わった。青ざめながら興奮するとこんな色になるのかと、周囲の者はつい観察してしまう。
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