ワイヤレス嫌フォン
『あのワイヤレスイヤホンが大幅値下げSALE!あの煩わしい優先コードともおさらば!期間限定で今ならワイヤレス充電スタンドもつくよ。この機会を見逃すのですか!』
音楽を聴きながらネットに書かれた謳い文句の数々をスクロールしていると、後ろから朱鷺のイヤホンを誰かが無理やり耳から引っこ抜いた。いたずらにムカついて後ろを振り向くと帰宅したばかりである姉の燕が立っており、妹を煽る。
「おやおや、我が妹よ。お主もついにワイヤレスイヤホンを買うのかい?」
「買わないよ。このイヤホンのページ、所々日本語変だしなおさら買う気なんて起きない。っていうか燕お姉ちゃん、手洗ってないでしょ!話し方も気持ち悪いし、早くどっか行ってよ」
「おやおや反抗期の妹はぶっきらぼうの話し方も相まってより可愛らしいですね!じゃあお姉ちゃんも一肌脱ぎましょうか?」
「だからどっか行ってってば!」
リビングから姉を追い出し、三人掛けのソファに横になってネットサーフィンを続ける。朱鷺は姉と部屋が同じであり、放課後に一人で過ごしたいときはこうして家族4人で暮らすには少し小さいテレビ、大きすぎるテーブルがあり、この家で一番狭い部屋であるこの部屋をなぜリビングにしたのかは知らないが、ここで晩御飯まで一人で過ごすのが朱鷺の日課なのだ。ソファはちょうど朱鷺が横になるにちょうど良い大きさであり、ここでそのまま寝てしまうことも少なくは無かった。その度に姉が毛布を掛けるのも、この家の日常だ。
ゴロゴロしながらスマホをいじり、独り言をよく呟くのも家族の間ではよく知られたことで、その独り言を呟く癖がバレていることには朱鷺自身気がついていない。
「ワイヤレスイヤホンかーうーん」
「やっぱり欲しいのではないか、この姉が買ってあげよう。ほらほら~どの子が欲しいんだい?」
ソファから体を180度捻って部屋の入り口を見ると、わずかに扉を開けてこちらをじっと眺めている燕の姿があった。ファンが押しのアイドルを拝むばかりの様相で、妹を観察しているのだ。朱鷺は枕代わりにしていたクッションを姉に投げつけて、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてうずくまる。こうして生じた隙間に隙ありと言わんばかりに姉は座り込む。
「朱鷺は強情だなーなんで、すぐに欲しいって言わないのさ?」
「だって―」
「だって?」
「今使っているイヤホンもお姉ちゃんに買ってもらったし―大切に使いたい…」
「ゔっ!」
その後、姉はさらに妹に構うようになりましたとさ。ちゃんちゃん。