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第八話 沈黙の日々 その3(8)

千恵子の葬儀も終わり、店に戻って泰男と2人だけになった健一は、思わず大声で泣き続けた。

しばらくして、店に2人の男が訪れた。


全てが終わって店に戻ると、フライパンの中に作ったままのパッタイが放置されていた。

その食べるべき人が消えてしまったパッタイを見て、健一の目に再び涙がこぼれ落ちる。

「横浜でデートをしたときに持っていった、代用品の“モドキ”と違って、これは正真正銘のパッタイ。千恵子も好きだったのに・・・。どうして突然消えてしまったんだ!」

葬儀などが全て終わり、久しぶりに泰男と二人にだけなった事もあって、

大声で泣き叫ぶ健一。

そばにいた泰男も不安そうに見つめていた。


どのくらいの時間が流れたのか、突然ドアの叩く音。

涙を拭きながら健一が向かうと、そこにはアジア食文化協会の和本得男とタイ料理研究会の野崎龍平の姿があった。


健一と、和本との最初の出会いは、台湾で千恵子と出会い、日本に戻ってからすぐに

横浜で初デートを楽しんだ後、そのままごく自然に交際が始まってから、

さらに半年ほど経過した1984年の晩秋。


健一が大学から帰ろうとしたところ、大学の門の前でチラシを配っている人を見つけ、

それを受け取り何気なく眺めていると、そのチラシには、

”時代はアジア 食文化を体現しないか! アジア料理研究会”と書かれていた。

良く見ると、特定の大学のものではないようで、各地の大学生・社会人などを幅広い人たちに声をかけているようであった。

チラシの真ん中から下には今後の研究スケジュールが書いてあり、「韓国食文化研究」

「定例 インド料理研究」「中国台湾料理食事会」と言った文言が並んでいたが、

残念ながらタイ料理の物が見つからず、健一は思わずため息をついた。

「タイ料理の研究会とかは無いのかなあ?予定がもっと先なのだろうか??

一回問い合わせてみよう」


そう思うと、健一はいつものようにすぐに行動にでた。

あわただしく家に戻ると、チラシに書いてあった連絡先に電話を入れた。

「はい、アジア料理研究会です」「あのー、チラシを見て電話したのですが、質問がいろいろありまして」「担当に代わります。少々お待ちください」最初に出た女性の方は受付の方だったのだろうか?それほど間を置かずに、今度は男性の声が聞こえた。

「はい、お電話代わりました」「実はチラシを見て電話したのですが、タイ料理の研究会とかはやっていないのでしょうか?」「ええ、今のところは予定がないのですが、あなたはタイ料理が好きなんですか?」「そうなんですよ、タイに3回ほど行って、現地でタイ料理も習ったので、日本で情報交換できないかと思った物ですから」


すると電話の声が急に大きく早口になった。「ちょっと待ってください!あなたはタイ料理詳しそうですね。突然ですが、ぜひ一度お会いできないでしょうか?」一瞬、健一は相手の言っている意味がわからなかったが、すぐに「ええ、僕でよろしければ。今持っているチラシを見ると大学との通学経路にあるので、そちらの事務所にお伺いいたしますが、いつ頃がよろしいでしょうか?」

「これはこれは、わざわざ事務所まで来てくださるとは・・・ありがとうございます。

今週は週末以外、夕方まで事務所にいますので、いつでも大丈夫ですよ」「では、明日の午後1時にお伺いします」

電話を終えた健一は、なにやらは新しい動きになる予感がして、嬉しさをかみ締めるのだった。


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