第七話 沈黙の日々 その2(7)
台湾に入った健一は、前日バンコクでの宴で飲みすぎて2日酔いだったために、茶芸館というところでお茶を飲んですっきりしようと考えた。だが複雑な作法に戸惑っていると、運命の出会いが...。
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台北にある故宮博物院は、第2次大戦後、中華民国政府が大陸から台湾に逃げる際に中国国内にあった財宝も一緒に台湾に運び、それを一般公開している貴重なものだったので、健一は大学院での中国史の研究に少しでも役立てようと、日本を発つ前から、独自の調査ノートを作るなど念入りに準備をしていたのだった。
台北に到着後は、すぐに宿をチェックインし、荷物を置いて街に出た。
博物院へは、明日一日かけて回るので、この日は、台北の街をぶらぶら回ることにした。
しかし、まだ少し酔いが残っているのか、頭が少し重たかったので、気分を変えるために中国茶を飲んでみることにした。
台湾には、“茶芸館 ”と言う中国茶専門の喫茶店がたくさんあり、そういった存在をあらかじめ知っていたので、目に入ったお店にとりあえず入ってみることにした。
店内に足を踏み入れると、さまざまな骨董品が並んでいて、入ったお店を一瞬間違えたような気分になったが、時間が経ってくると徐々に落ち着いた雰囲気を感じることが出来た。
しかし、そんなことより早くお茶を飲んで気分を変えたいという思いが先行していたので、
迷うことなく空いている席に座り、烏龍茶を注文した。
テーブルには、茶葉以外にいろいろな茶の道具が並べられたものの、
茶芸の作法まで調べていなかった健一は、どうしたものかと悩んでしまった。
「こんなにいろいろな道具があって、ややこしいものだったのか!ちょっと後悔したなあ」
健一が一人でつぶやいていると、
「日本人の方ですか?
もし、やり方ご存知ないのでしたら私が説明しましょうか?」
健一が振り返ると、髪が長くて後ろで束ねている旅馴れたバックパッカー姿の一人の若い日本人の女性が、声をかけてきた。
「あっはい、よくわからないもので、お願いします」
その女性は、手馴れた手つきで、説明をしながら道具を使ってあっという間に烏龍茶を作ってくれた。
「ありがとうございます」
健一はすかさずお礼を言うと、その女性は「気になさらないでください。旅先ではいろいろありますから」そういって笑顔で去っていった。
お茶を飲みながら、健一はその女性の笑顔を忘れる事ができず、
その夜、宿のベットで横たわる時も気になって仕方が無かったのだった。
翌日、健一は故宮博物院へ。
チケットを買い中へ入ると“本業 ”の研究員モードになって、
ペンと調査ノートを取り出した。
そして、一つ一つの展示物をくまなくチェックしようとしたその時、どこかで聞いたことのある声がした。
「昨日の方ですよね」健一は振り向くと、昨日茶芸館でお茶の入れ方を教えてもらった女性が立っていた。
「ああ、こんなところでもお会いできるとは、いや昨日は、作法も勉強せず店に入ってしまって、困っていたところ、ありがとうございました」「いえ、そんなことより、ペンとノートを持って真剣に展示物をご覧になられていますけど、ひょっとして中国とか詳しいんですか?」
健一はやや自慢げに、「ええ、僕は中国史を研究しているんです。といっても、今年から院生になるので本格的にはこれからなんですが」
すると女性は嬉しそうな表情になり、「そしたら一緒に回ってもらえませんか?
私は中国が好きなのですが、料理とかお茶の事とかはある程度わかるものの、
歴史とかは良くわからないんです。
そこで中国の歴史・文化をもっと理解しようと今回初めてこの博物院にきたのです」
健一も嬉しそうに「じゃあそうしましょう。一人で回るより楽しいですから。
でも僕もまだこれからなので多少の間違いなどは先にお詫びしますね」
こうして健一と同じような背丈であるその女性は、1日かけて一緒に博物院を見学した。
健一にとっては意外なところで思わぬ出会いがあったのだが、別れ際にお互い日本での連絡先を交換したことは言うまでもなかった。
女性は「富岡千恵子」と言う名前で、健一より年が2つ上であった。
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