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第26話 忘れられない思い出と想い その5(26)

いつもの取引先で、タイ料理人を探しているといわれ、なぜか自ら希望してしまった健一。

千恵子の死により封印したはずのタイ料理人への道。

しかし、やはり諦めきれないのであった。


この日の朝も、いつものように出社した健一は、タイ食材を扱うお店“トンブリーマーケット ”に食材を卸に行った。


「いつもお世話になります青木貿易です」

「あーいつもありがとう」店の人の声がした。声の主は、ここの主人で、奥さんはタイ人であった。

元々このお店はタイ古式マッサージの店だったのが、青木の営業の成果で、昨年から食材店を開業。

ちょうど健一がこのエリアの担当になった頃と重なり、その後の健一の営業努力も実り、在住のタイ人のお客様からは大変好評であった。


また食材店の横の狭いスペースを使って、簡単なタイ料理を食べることも出来るようになっており、健一もプライベートで何度かこの店で食事をすることもあった。


トンブリーマーケットの主人も健一のタイ料理・食材の知識には一目を置いており、いつもいろいろと相談していた。

そしてこの日も健一に相談するのだった。


「実はね、斜め前の店が辞めたので、その物件と契約したんですよ。

そこで6月頃にタイ料理店を始めようと思ったけど、あなたのところでタイ料理のシェフとが知り合いは、いませんか?」


この時、一瞬健一の心に不思議なざわめきを感じ始めたかと思うと、突然「もしよろしければ僕はいかがですか?」と前後の見境もなく口走ってしまった。


突然の健一の発言に、トンブリーマーケットの主人は驚いた。「えっあんたが?いや昔お店をやっていたことがあると聞いたけど・・・。

でも今の仕事どうするの?」と言われて、健一は「はっ」と我に戻ると「あ〜いえ、変な事を言いました。いい人がいるか探してみます」と言ってその場を立ち去った。


健一は帰り際「なぜそんな事を言ってしまったんだろう?」自問自答を繰り返した。

「千恵子の死でタイ料理を封印した筈だったのに。ここ数日の夢のせいなのか??

そうは言っても最近もう一度鍋を振ってみたい気持ちになっているのは確か。

しかしそうすると青木社長や大串に迷惑がかかってしまう・・・こんなときに千恵子がいれば・・・。どうしよう」

2、3日一人で悩み続けた健一だったが、この時、ふと例の夢を思い出した。

「そうだ、千恵子が俺をもう一度タイ料理店に誘っていたんだ!きっとそうに違いない!!」そういう結論を出すのだった。


まず、ペンと便箋を用意し、4通の手紙をしたためた。

1通目はトンブリーマーケット宛に、「今まで自分がタイに関わったことと、料理への熱い想い。

店の経営は1度失敗したけど、今回もう一度チャンスを頂いたいと思った」ことを書き記した。


2通目は青木晃社長に「ここまでお世話になったのにもかかわらず、退職を希望したく、もう失敗は出来ないとわかっているので、人生をかけてみたい。お怒りは重々承知の上お許しください」と。


3通目は大串洋次に、「もう一度勝負するよ、1人に仕事の負担を与えてしまって済まない。許してくれ」と。


そして最後は福井真理に、「恥ずかしいけどもう一回自分にかけてみたい。泰男のことはご迷惑でしょうが、よろしくお願いします」と。


それぞれ切手を貼って郵便を送った。

2日後、大串がまず聞いてきた。

「毎日目の前にいるのに手紙なんて・・・。でも大畑先輩の気持ちわかります。

気にせずに新しい道に進んでください」と励ましてくれた。


その後、福井からも「健一君の人生だからがんばって。泰男ちゃんは大丈夫」と、

そしてトンブリーの主人からも「大畑さん、あなたのタイ料理への想い、大変よく伝わりました。

家族経営の小さな店ですが一緒に盛り上げましょう」と、この3人からは健一の判断に好意的な返事を頂くことができた。

が、問題は青木であった。


事務所に電話がかかってきた。「大畑君、手紙は読みました。一度2人だけで話をしましょうか?」いつも以上に感情のない静かな青木の声。健一は「多分怒ってらっしゃるな」と少し恐怖を感じるのだった。

翌日の仕事が終わってから、青木との待ち合わせは、都内に古くからあるタイ料理店。

もちろんここにも食材を卸していて、健一の担当している店でもあった。

席についてまず最初に料理を何品か注文したところで、青木が顎鬚をさすりながら静かに口を開いた。「大畑君、いやここではあえて健一君と呼ぶことにしよう。手紙に書いてあったことをもう一度ここで説明してもらえないか?」


健一は、緊迫した空気に心臓の鼓動音が耳に響き渡っていた。

一度大きな深呼吸をしてから今までの経緯をゆっくりと青木に説明した。

青木は目を閉じて静かに聞いていたが、健一が一通り説明を終えると目と口を同時に開いた。「わかりました。君はやはり、タイ料理をもう一度やりたいということですね。いいでしょう。私も君の作ったタイ料理をもう一度食べたいと思っていたからね」

「ありがとうございます」健一は席を立って頭を下げた。


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