第15話 素晴らしい友と仲間と恩人と その4(15)
新しい道に進むと決めた健一は、最も気になっていた泰男の面倒を福井が見てくれることになり一安心。
そこへやってきたのは健一がタイで最もお世話になった青木の姿であった。
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途中で福井が話をさえぎり、真剣な表情に戻って、
「わかっているよ、今回は私も罪悪感があるのよ。
お店の話を健一君にしなければと思ってね。
だから泰男ちゃんのことは心配しないで。
千恵子さんに代わって立派に面倒を見てあげるのが、
せめてもの罪滅ぼしだと思っているのよ」
「おばさん、ありがとうございます」健一は涙をこらえて礼を言うのだった。
「あれ?今日もお店休んでいるんですか?」と男の声で一人の背の高い影が店に近づいてきた。
健一たちが振り向くと、「あっ青木さん!」
健一は慌てて涙を流しているのを隠そうとした。
背の高い男の名は青木晃。
タイと日本の貿易を専門に扱っている
「青木貿易」の社長であり、健一にとっては、タイでの最大の恩人であった。
青木との出会いは、遡る事7年前。
1983年の年明けに、昨年秋に始めて知る事になったタイ料理の魅力を忘れる事ができなかった健一は、アルバイトの量を増やしてまで、再度バンコクに向かおうとしていた。
健一は、はやる気持ちを抑えながら、粉雪の舞う肌寒い東京を後に灼熱のタイ・バンコクを目指して旅立った。
前回のときは“なんとなく”と言う感じで、1週間程度の滞在であったが、2回目になる今回は2週間の日程を組み、タイ料理を食べつくせるだけ食べつくそうという“ 意気込み”がまったく違っていた。
今回の宿は、城山源次郎が経営する店に少しでも近いところで、バンコク中央駅からラーマ4世通りを東に進んだ先にある“ソイ・ガームデュープリ”という安宿街を目指した。
この当時はまだカオサン通りは今のような安宿街ではなく、どちらかと言えばマレーシアホテルのあるこのエリアに多くの旅行者が集まっていた。
だが、そのようなことよりも源次郎のお店のある “シーロム通り”まで歩いていくことができたことのほうがありがたかった。
新しい宿をチェックイン後、荷物を置いた健一は、夕暮れの迫るバンコク市街地を無意識のうちに早足で、“居酒屋 源次”へ直行した。
「源さん、お久しぶりです!」「おう、確か健一君だったね、まだ半年もたっていないのにもう来るとは正直びっくりしたよ」
城山源次郎は、こんなに早く健一青年が戻ってきたことに驚きの表情を見せていたが、心の中では「こいつもタイに嵌ったな」と感じたのであった。
健一は、挨拶もそこそこに、明日からの予定を伝えるとともに、行くべきタイ料理のお店や、食べるべき料理のことを質問した。
「そうだなあ。急に言われてもすぐには出ないから、明日の夕方またおいでよ。
用意しておくから。まあ明日の昼は・・・ちょっと最初は難関かなあ。ここから歩いてすぐのところに、近所で働いているタイ人たちでにぎわう屋台街があるんだがなあ」
健一はすかさず口を挟んだ。
「源さん、そこは近いんですか?僕はすごく興味があります」
「へえー変わったね、健一君。前回のときはぎりぎりまでタイ料理を避けていたのによ」
健一は少し恥ずかしそうな表情をしながら、「いやあの時は自分の無知さに帰りの飛行機で少し後悔していたんですよ。だから帰国してからは、アルバイトの量を増やしてもう一回来ることができました。今回はタイ料理をできるだけ多く食べるつもりで来たので、どんなところでも行く覚悟はできています」
「そうかい、じゃあ場所を教えるよ。
でもタイ料理ばかり行くんだなあ、たまにはここにも食べに戻ってこいよ」
健一は、笑いながら
「ええ、もちろんですよ。宿はここから歩いて帰る事ができるところにしたんですよ。
だから前は飲まなかったけど、今回は毎晩ここでタイのビールを頂こうと思っているので」
「よーしわかった!じゃあ再会を祝してビールを飲もうか、今宵は俺のおごりだ」と言ったかと思うと、源次郎は素早くタイのビールとグラスを健一の前に置いた。
「ありがとうございます。源さん!いただきます」
こうして、健一は源次郎ともう一度感じることができた、南国特有の暑さを感じながら
再会のビールを心地よく楽しんだ。
翌日から健一は、源次郎に勧められた屋台街を始め、様々なタイ料理に挑戦するのだった。
『辛い=タイ料理』と思い込んでいたら、決してそうではないものがあったり、独特の調味料が必ずと言っていいほどテーブルの上にあったり・・・。
新しい事、初めて知る事ばかりの毎日が嬉しくて仕方が無かったのだった。
挙句の果てには、本屋に向かい、料理本を物色し始めた。
とりあえず英語が得意な健一が探そうとした英語訳の本は見つからなかった。
しかし、タイ語ながら興味深い本を見つけた。
その本は写真を多用していて、料理の写真だけでなく、
材料と思われる写真やちょうど料理を作っている最中の写真なども載せてあった。
どうやら料理のレシピ本のようだった。




