第13話 素晴らしい友と仲間と恩人と その2(13)
親友の井本に励まされ、居酒屋で気晴らしする健一。
福井真理に翌日重大な報告をする決意を胸に眠ろうとするが眠れず、1年前の日々を思い出すのだった。
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井本に肩を叩かれた健一は、ようやく顔を上に向けると、
「ありがとう井本。なんとなく俺、少し元気が出てきたよ。
たぶん店を閉めて新しい人生を歩み直すよ。
忘れ形見の泰男を立派に育てなくては、いけないし」
「よーし、そうだ! じゃあ大畑、俺が奢るから気晴らしに近くの居酒屋で飲むか。
そのほうが絶対に気が晴れる。お前の新しい人生の門出を祝おうぜ!」
井本に伴われた健一は、近所の居酒屋で学生時代の思い出を熱く語り合うのだった。
井本と別れた健一は、少し酔いが回っているせいか、今までのような暗い表情が消えていた。
泰男を引き取りに福井の元を訪れた時にも、福井が驚くほど元気になっていた。
「おばさん!今までご心配をおかけしました。僕の考えがようやく纏まりましたので、明日の朝店に来て頂けないでしょうか?」
「まあ、飲んできたのね。それだけ元気になったので良かったわ。これで京子にも報告できるわ。健一君いいわよ。明日の朝行くからね」
福井の表情も明るいのだった。
家に戻り泰男を寝かしつけた後、健一は明日福井に店を辞めることを言う決意を胸に、
床に入った。
久しぶりに酒を飲んだせいか、目が冴えてしまっていた。
無意識に明日のことを考えているうちに、ふと店を始めるきっかけとなった、
1年前の春のことを思い出すのだった。
〜〜〜
昨年、例年の通り近くの公園に並んでいる桜の木の花が、満開になりかけようとしていたある日の午後。
仕事が休日だった健一は、泰男を連れて福井の経営している喫茶店に遊びに出かけた。
健一が店に入ると、福井は嬉しそうに「ああ健一君!あっ泰男ちゃんも一緒ね」
「福井のおばさん、今年も桜の花がきれいな季節になりましたね」健一は笑顔で挨拶をする。
「そうね、花見をしたい気分だね。ところでお仕事のほうは順調なの?」
福井の問いかけに、健一の表情は瞬時に暗くなるのであった。
「あっごめんなさい。余計なことを言ったかしら」少し気まずそうな福井に
「いえ、そんなことはないんだけど・・・」
千恵子との結婚を決意した健一は、大学院を中退し、
本格的にタイ料理人を目指す決心を固めたのだった。
アジア食文化協会(AFCA)の和本氏の紹介で、某大手レストランチェーンへの
就職も無事に決まり、そのまま入社したのだが、当初希望していた調理のほうではなく、
ホール担当に配属された。
それでもしばらくは、黙々と頑張っていたが、1年半を過ぎたころから、毎日同じような作業の繰り返しに、徐々にマンネリと焦りが出始めていた。
「こんなことを毎日続けていて本当にいいのだろうか。俺が今仕切っているタイ料理研究会(TFRA)では、次々と新しくタイ料理を教える講師も誕生し、拠点も都内だけでなく、
神奈川・千葉・埼玉と言った近隣にも出来るようになったし、会員数は200名を超えるまで(ちなみに、AFCA全体では、700名)に増えているというのに、今自分の本業は、
レストランのいちホール担当。同期の中には早くも主任・副店長クラスの者もいるというのに・・・」と毎日のように愚痴をこぼすような日々が続いており、
毎日がつまらなくて仕方が無かったのであった。
「就職して3年になりますが、毎日同じことの繰り返し。ずーとホール担当なので、包丁を握れるのはタイの研究会のほうだけで、だんだん不安だし、正直毎日がつまらないのです」
健一は福井に向かって、小さい声で日頃の愚痴をこぼし始めた。
静かに聞いていた福井は、「健一君、そんなにいやな仕事を続けても体に良くないよ。辞めちゃったら」「でも僕はタイ料理店を開業するという“夢”があって、今の仕事は修行の場だと思っているし」と健一がボソボソしゃべると、福井は笑いながら「大丈夫よ、私なんかは全くの素人から始めた喫茶店だったけど、こうやって今では3店舗を経営し、スタッフも何人か雇っているのよ。ようは、努力しだいよ」「でも、今の仕事を辞めてしまっても次行くところはないし、どうしたものやら・・・」更に暗い表情になる健一。
「実はね、健一君」福井の表情が真顔に変わった。
「もし、あなたさえ良ければ、この1号店を貸し出してもいいわ」




