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第12話 素晴らしい友と仲間と恩人と その1(12)

事故以来数日経っても、店を開けることなく自宅に篭ったままの健一を励まそうとやってきた男は、高校以来の親友であった。


和本たちが訪れてから、数日が経過したが、

”曼谷食堂”は閉まったままであった。

妻・千恵子の急死をまだ受け入れらない大畑健一は、自宅に篭ったままであった。

健一たちの世話をしている福井真理は、心配をしつつも、

「しばらく、そうっとしておいたほうがいいわ」と黙って昼の間は、

健一の息子泰男の面倒を見るのだった。


夕方、1人の男が健一の元を訪ねてきた。

健一がドアを開けると、「大畑、大変だったなあ。俺はまだ独身だけど、いや、なんとなく気持ちがわかるよ」と話してきた男は、健一の高校以来の親友である井本幸男であった。

井本は、憔悴して、ろくに洗濯もせずにぼろぼろの服装に陥っている健一とは対照的に、

赤いネクタイに洗い立ての白いシャツ。

その上、今まさに、アイロンをかけた瞬間ようなズボンの折り目が鋭い紺のスーツ姿で、

靴も見事なまでに光り輝くように磨いていた。


健一と井本との出会いは、高校1年のときからの同級生で、お互い一つの事に没頭する性格から、自然に意気投合し、大学に進学後も親しい友として交流を深めているのだった。

「しかし、店のほうが大変だったと聞いたよ。

言ってくれれば、何らかの役に立てたかもしれないのに!」

やや、語気が強い井本に対して健一は、うつむき加減で、「いや、もういいんだ井本。

千恵子のことを考えれば、あの時無理に独立をしなければよかったんだ。

いやお前のように大学院に留まって研究を続けていれば・・・。

今考えれば、それでも生活はやっていけたんだ。タイに嵌りすぎたのがいけなかったんだ!」

そういいながら、目に涙を浮かべるのだった。


「大畑!」井本の声がさらに大きくなる。

「もう終わってしまったことを後悔するな!お前がタイの世界に嵌ってくれたおかげで、俺も研究の対象を、上座部仏教(日本とは異なるタイなどが主流の仏教)に絞る事ができたのではないか!」

井本は、親戚の中に、お寺の住職がいたために、仏教との関わりが小さいときからあった。

しかし、どうも多くの日本人は、葬儀や法事の時にのみ、仏教に関わっている事にいつの頃からか疑問を抱くようになり、独自で仏教関連の研究を始めていた。



そのまま、大学・大学院でもその研究に没頭し続け、その頃に健一がタイに嵌って通うようになってきてからは、井本も影響を受け、タイの仏教である “上座部仏教”に興味をもち始めた。

やがて研究テーマも、それに特化し、健一とは無関係に研究のために独自でタイに行くようになっていた。

井本は、健一が日本で和本得男らと組んで始めたタイ料理研究会(TFRA)にも興味を示し、何度か参加。

あるいはバンコクにいる時、健一の紹介で、知った“居酒屋 源次”にもよく通っているのだった。


「もう過去の事は、忘れて新しい道に進め!もし、レストランを続けるのが嫌ならあっさり辞めてしまうのも手だぞ。人生これからじゃないか!」


「辞めてしまう・・・」井本の言葉に少しのひらめきを健一は感じた。

さっきと比べて若干表情に明るさが戻ったが。「井本、お前の言う事は良くわかるよ。でも千恵子のことは忘れられないよ」と小さくつぶやく。

「いや、大畑。もう亡くなった人を追っても戻ってこないんだよ。

輪廻転生りんねてんしょう』と言う言葉があるのを知っているか?」

「リンネ??何だそれは?」

健一が首を横に振る。

「人は死んだら、中有(四十九日)と呼ばれる期間内に必ず何かに生まれ変わるという話だ。

まだ亡くなられてから、日が浅いから生まれ変わってはいないかも知れないが、

そのうち別のどこかで新しい人生が始まるんだ。

もちろんこれは、1つの仏教の思想のようなものであって、別に科学的に証明されている訳ではないが・・・。

つまり、そう言うふうに考えれば少しは気が楽だろう。

だから、忘れるためにも早く次の道を進む事を考えろ」

そう言うと、井本は健一の右肩を軽く叩いた。


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