ガラスのコップが割れたら思い出が増えた話
私の持っていたガラスのコップが手から滑り落ちてしまった。パリンッ。という何かが割れた音に、最悪の状況を想像してしまう。
……どうしよう。このコップは秋君が大切に愛用しているコップだ。いや、していたコップだった。怒られるかな?怒られちゃうよね……。
そう思いながら恐る恐る下を向くと、案の定ガラスのコップが割れているのを発見してしまった。
このままにしておくと余計怒られそうだし、とりあえず片付けなきゃ。
大きな破片を丁寧に拾い上げて、小さな破片を、ガムテープで纏める。でもそうしているうちにいい案が浮かんできた。
私はその案を実行するために拾いあげた破片を全て机の上に並べた。秋君が帰って来るまでになんとかしなくちゃ!
「ただいまー。ってセメダインなんて持ってなにやってるんだ雪?」
私がこっそりとコップをくっつけようとするのと同時にドアが開けられ、秋君と目が合ってしまった。
「……あ、おかえりなさい。えっとこれは、その……ごめんなさい!秋君が大事にしてたガラスのコップ割っちゃったの……」
私はどう説明するか悩んだけど、潔く謝ることにした。っていうよりコップの残骸が机の上に散らばっている以上言い訳のしようがない……。
「あ~。なるほど。それでか。まぁ。怒ってないから気にするな。それにそれじゃくっつかないぞ?」
え?これじゃだめなの?瞬間接着剤って全部同じじゃないの?え、ガラス専用のがあるんだ。知らなかった。
「ほ、ほんとう?怒ってないの?でも、すっごいお気に入りだったよね。しかも1点モノの貴重なやつだったはずだし。えっと切子だっけ?」
「江戸切子だな。まぁ、気にいってたけど割れたんなら仕方ないさ。怪我しなかったか?」
「熱でもあるの!?ケチ……物を大事にする秋君がそんなこと言うなんて」
どうしよう。元気そうにみえるけど本当は体調が悪いのかもしれない。常日頃から節約節制が口癖の秋君がそんなこと言うなんて。スイカの皮まで漬物にして食べるような秋君らしくない。
「いやいや、俺はケチなんかじゃないからな?倹約家なだけだから。後スイカの皮の漬物は、うちの地元じゃ一般的な調理方法だからな?」
「――あ、うん。そうだね。秋君は倹約家なんだよね。でも本当にいいの?そのコップ買うかどうかお店の中でずっと悩んでたのに……」
普段、あまり高い物に目を向けようとしない秋君にしては珍しく、かなり値のはる綺麗なコップを一生懸命見つめていた。だから今でもはっきりと覚えている。目をキラキラさせて、芸術品のように美しいガラスのコップを眺めている秋君はとても楽しそうだった。
「悩んだ挙げ句買わなかったけどな。それに俺がこのコップ大事にしてたのは高いからじゃないぞ?」
「え?じゃあ、どうしてあんなに大事に使ってたの?」
「雪が初めて自分で稼いだお金で買ってくれたやつだからさ。だから感謝こそすれ俺に怒る理由なんてないよ」
「……覚えててくれたんだ」
おっちょこちょいで不器用な私には一つだけ得意なことがあった。それは物語を書くこと。
初めの頃は文法も滅茶苦茶でお世辞にも上手と言えるものではなかったけれど、そんな私を秋君は応援してくれた。やりたいことを一生懸命やれば良いって言ってくれた。
秋君に支えられながら書き続けた私は、書き始めて4年目の夏に小説家としてデビューすることができた。
私は支えてくれた感謝をどうにかして伝えたくて、秋君が買うか悩んでいたあの綺麗なガラスのコップをプレゼントしたんだ。
「そりゃあ思い出の品なんだし忘れるわけないだろ。それにコップは割れちゃったけど思い出まで壊れたわけじゃないだろ?」
「なにそれ!キザっぽくて似合わないけど、カッコいい!」
「それ褒めてないよな?」
「そんなこと……ないよ?ちゃんと褒めてるし?……あっ、そうだ!今から新しいコップ買いにいこうよ!」
ただコップが割れたってだけじゃただ悲しいだけの思い出だけど、新しいのを秋君と一緒に買いに行けば楽しい思い出もできるし。その方が絶対いいよね!
「俺、今買い物から帰ってきたばっかりなんだけど?それに締め切りそろそろじゃなかったっけ?」
「大丈夫大丈夫。買い物行った方がいいアイディア出そうだし」
次の作品はガラスのコップを題材にしよう。割れたガラスのコップから始まる物語。きっと素敵な物語になると思う。その為には買い物にいって素敵な思い出を作らなきゃ!幸せな思いこそ創作の原動力!
「ほら秋君いこー」
「はいはい。食材を冷蔵庫に仕舞い終わったらな」
「今日の晩ご飯、肉じゃががいいな!」
「雪は本当に肉じゃが好きだな。材料は揃ってるしいいぞ」
「ヤッター!秋君大好き!」
「現金なやつだよ、まったく」
秋君が大事にしていたガラスのコップは壊れてしまったけど、今度は大切なコップが2つに増えました。赤と青の綺麗なお揃いのガラスのコップ。
これから私と秋君でいっぱい思い出を注ぐね。そして今度は割れないように大切に扱うから、安心してね。