闇夜の襲撃
――あー疲れた……。
あたしは大きく伸びをした。すっかり日が暮れて、寒い夜が訪れてしまっている。この格好じゃ、ちと寒いなと思いながら、帰り道を急ぐ。
「待て、香坂胡桃!」
突然、正面に現れた少女に声を掛けられた。少女はメイド服を着ている。
「えっと……花園家のメイドか? ……あたし、なにか忘れ物でもしたか?」
「違うぞ」
「? じゃあお前は誰だ?」
「私か。冥土の土産だ、名乗ってやろう。私はかの神宮寺家、神宮寺夕姫様に仕えるメイドの一人である野崎エリナだ! 今日は香坂胡桃、お前を潰しに来た! 神宮寺夕姫様の命令でな! 正直、潰せだけだと、大雑把すぎて、どこまでやっていいか、わかりかねる……。なので、神宮寺家に来てもらおうか! 無論、抵抗するのなら容赦しないぞ!」
メイドはノリノリだった。
「え、そこまで言っちゃっていいのか?」
敵? ながら心配になる情報漏洩っぷりだ。
神宮寺家ってたしか、花園家のライバル的存在だよな。そこのメイド、いや令嬢である神宮寺夕姫がなぜ、あたしを狙うんだ? ……うーん、わからん。
わからなかったから、みやびの知恵を借りることにしよう。明日も花園邸に行くんだし。
「興が乗りすぎたようだ。いつもは夕姫様にはいはいとロボットのようにこきつかわれていたから、なんかこういうの新鮮で楽しくなってきてな、言ってはならぬことまで、つい全部言ってしまった。聞かなかったことにしろ」
「無理だ、今さら。全部聞いちゃったしな」
「そうか。ならば忘れてもらおう! 安心しろ、殺しはしない。神宮寺家が開発したこの薬で直近の記憶を失ってもらうだけだ」
謎の薬のカプセルを見せてきた。
「……そうかい」
薬ってなんだよ!? あたしは落ち着いているように見せて、内心でめっちゃ動揺していた。
「そうだ。とりあえず倒れろ!」
銃を取り出した。エリナは構える。
「おいやめろ! 殺さないんじゃなかったのかよ! こっちは丸腰なんだぞ! そんな相手に向けていいものなのかよ! それは!」
「問答無用!!」
発砲音。いきなり撃ってきた。
「うわっ、いていていて!」
何発も食らってしまった。とても痛い。
「安心しろ、BB弾だ。私はサバゲーを嗜んでいてな」
「そ……そうか」
至極どうでもいい情報あざす。
こちらも向かわせてもらおう。あたしは一気に駆け寄ろうとした。がしかし、なかなか近寄れなかった。向こうはスナイパーのごとくあたしから距離をとろうと逃げていくのだ。
「こんにゃろう! 待て!」
あたしはむきになって追いかけた。
その間も撃たれ続けるが、BB弾の痛みは忍耐で耐える。
「待たぬ!」
しばらくして。追いかけるのに疲れてしまったあたしは、呼吸を整えるために、一旦、電信柱を盾にする。
ちらりとエリナの様子を伺う。エリナもこちらを警戒しているらしく、待機しているようだとわかる。
「畜生。どうすれば……」
逃げるという選択肢はもちろん無しだ。あんなやつに負けるの悔しいし。
そうして神宮寺家のメイドである野崎エリナと攻防を繰り広げていると――、
「なにやってるのよ、あなたたち……」
後ろから第三者のため息混じりの声がした。振り替えると、そこには、箒を持ったアンジェラがいた。なぜ箒? まさか箒で戦うっていうんじゃねえだろうな……ここはファンタジーだとかアクション映画の世界じゃなくて現実なんだぞ…………。それともまさか、ミシェルみたく《慈悲の箒》とでもいうのか……?
「それ《慈悲の箒》か?」
「ええ、普通の箒でこんな芸当できる?」
そう。先程から、連射され続けているBB弾がアンジェラへと向かっているのだが難なく、その箒――《慈悲の箒》で防いでいる。アンジェラには一発も命中していない。
――いや、普通の箒でもアンジェラなら出来るだろ……。
どう見ても動きが、バグってるみたいに、頭おかしかった。アンジェラの芸当は異常なのだ。スーパーメイドだかなんだか知らないが……、認めざるを得ねえな……。
指の力でぐるんぐるん《慈悲の箒》を回してるのか……?
そんなん、ありえねえだろ!?
しかも、ずっと受け続けているわけではなく、左右に素早く動いたりジャンプしたりしゃがんだりも織り交ぜ、見事エリナを撹乱しているのだ。残像が見えそうなスピードで……。
「温いわね」
アンジェラはエリナの射撃に対し涼しい顔をしながら、そう評した。
――あたしですら交わせなかったというのに、アンジェラすっげぇな……
あたしは驚いていた。
そして、アンジェラの完全防御に驚いているのは、もう一人いた。そう射撃主である。
「なに!? 私のサバゲーで鍛えた精密射撃を、こうもあっさりと!? アンジェラ・グレイス・リー、やはりお前は私の敵に相応しいぞ!!」
驚愕と歓喜の入り交じった声をあげるエリナ。
なんで喜んでるんだよ……。戦闘狂というやつか……? あたしは気味悪く思った。
とにもかくにも。どうやら、アンジェラとエリナは顔見知りらしい。花園家と神宮寺家の関係上、度々こんなことがあるからかもしれない。
戦闘狂はスルーして、アンジェラに聞く。
「なんでアンジェラがここに?」
アンジェラは《慈悲の箒》でBB弾を弾きながら、答える。――こっちを見て。エリナなんか眼中にないってか? 余裕綽々だな。
「みやび様に頼まれたのよ、胡桃が襲われるだろうから助けてこいって」
「そうか……」
みやびがどうやってそんな情報を手に入れたかは察しがつく、あらかた盗聴機でも仕掛けたのだろう。
「なんか変に勘繰っているようだけれど、それは違うわ。みやび様は犯罪行為には手を染めないわよ。『乙女の勘』ってことらしいわよ」
「どうだかね……」
「何よ、胡桃、みやび様を愚弄するの?」
「しないけどさぁ……」
「なら黙ってなさい。口は災いの元よ」
「はーい」
そんな会話をしている最中にも、アンジェラは《慈悲の箒》をぐるんぐるんし、BB弾を防ぎきっていた。とんでもないやつだ。
「というか、《慈悲の箒》がぼっこぼこになったじゃない! 何てことしてくれるのよ、エリナ!」
アンジェラは一気にエリナの元へいき。お仕置きした。
アンジェラに箒でビシバシされながら、エリナは――、
「――え! 痛っ! ごめん!」
謝った。
――えっ……、そこ、謝るんだ……。
BB弾発射が収まったので、私も電信柱から身を出す。
「えっと、野崎」
「エリナでいい」
「じゃあエリナ、今日はもう眠いんだよ、また明日以降にしてくれないか? 出来れば、お前の主人の神宮寺夕姫と話がしたい」
「わかった。夜分遅くに失礼した。今日は退くことにする。おやすみ」
「物分かり良くて助かる。おやすみ」
「《慈悲の箒》は貴女の家の資金で弁償してもらうから、これ高いのよ?」
去ろうとするエレナにアンジェラがそう言った。根に持つなあ……。
「わかった。請求書は夕姫様に送ってほしい。私は命令で動いただけだから、責任とれない」
エリナは暗い夜道を駆け、去っていった。
「じゃあ胡桃、また明日ね」
アンジェラも戻ろうとする。
「なんか助かった。あんがとな」
「……みやび様のためよ」
アンジェラは駆け足ぎみに立ち去った。若干照れているようにも見えた。
――やっぱし、なんだかんだ、いい奴なのかなー、アンジェラって。
そんな風に思う。
……そういえば、ミシェルは来なかったが、もう寝たのか……?
――胡桃は知るよしもないが、実は、その推測は当たっていた。ミシェルはアンジェラよりも若干早く就寝するのである。
……にしても。
神宮寺夕姫か……。……面倒そうだ……。
あたしはうんざりした。