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香坂胡桃を潰せ

 花園(はなぞの)家と(しの)ぎを削る神宮寺(じんぐうじ)家。

 その神宮寺家の令嬢の住む屋敷にて。

 AIロボとチェスをしながら、優雅に紅茶を嗜み、余暇を過ごすお嬢様がいた。

 神宮寺家の御令嬢神宮寺(じんぐうじ)夕姫(ゆうひ)その人である。

 ――勝てる!

 夕姫は一気に勝負を掛ける!


「やりました。まだ私はAIに負けません」


 AIとの対局で見事勝利をもぎとった夕姫はやんわりと笑みを浮かべる。心のなかではもう一人の夕姫がフィーバーしてるが。

 ――実はメイドであるエリナが夕姫が勝てるようにレベルを調整しているのだが、それを夕姫は知らない。

 ともかく夕姫は勝った。それを「流石です。お嬢様」と、いつもならエリナが褒めてくれるのだけど……。

 ……。

 しかし部屋はしんとしていた。

 むなしくなった夕姫は深く溜め息をついた。

 ――そうでした。エリナは任務を申し付けたから出てるのでしたね……。それに(あかつき)お兄さまもいらっしゃらないし、夜宵(やよい)もいない……お父様は……いらっしゃるけれどお忙しそうですし……お母様は晩餐会と言っていましたわね……。

 憂鬱な気分に陥りつつもジャスミンティーに口をつける。

 ――AIと対局するのもいいけれど、話し相手がいないのは寂しいわね……。

 専属メイドであるエリナはここ最近重要な任務に就かせており忙しなく動いてくれている。

 その重要な任務とは、ライバルにあたる財閥の本元である花園家の令嬢である花園みやびが健在かどうかの確認だ。最近何やら、花園みやび相手に刃傷沙汰があったのだと、風の噂(SNS)で聞いたので。


「(勝手にいなくなられては、困ります……)」


 夕姫は、花園みやびが怪我とかしていないか、心配だった。


「お嬢様! 大変でございます!」


 突然ドアが開け放たれ、エリナが慌てた様子で飛び込んできた。


「きゃっ!」


 思わず、椅子から転げ落ちそうになる。持っているティカップも落としそうになった。

 なんとかふんばり両方未然に防いだ夕姫はエリナを睨み、


「驚かさないで。ノックくらいしなさいな……」


 そう咎めた。


「申し訳ありませんお嬢様」


 エリナが謝罪する。


「別に。そこまで怒っていません」


 夕姫は苦笑した。ほっとするエリナに任務の報告――今、一番気になっていることを問い掛ける。


「で、花園みやびは?」


「元気でした。見た限り怪我をしている様子はありません」


「そうですか。よかった」


 夕姫はほっと胸を撫で下ろして――、遅れて気づいた。

 ――いけない! ポロッと本心(「よかった」)を言ってしまったわ。


「ええ」


 頷いたエリナの様子を窺う。――彼女は夕姫のうっかりを然程気にしていないようだ。

 夕姫はひとまず気を沈める。すると――、

 エリナは、しかしまだ深刻そうな雰囲気を漂わせていることに気づいた。


「なにか他にも?」


 夕姫は、一体何が? と不審に思いつつ、恐る恐る聞く。

 すると、コクりと頷いたエリナが神妙な面持ちとなり、


「事は一刻を争うのです」


 そう切り出した。

 エリナの様子にただならぬ事態を感じた夕姫は尋ねる。


「一体どうしたの?」


「急ぎ、お耳に入れたいご用向きが」


 夕姫の目には、エリナにしては珍しく焦っているように映った。


「どんな?」


 夕姫が促すと、


「単刀直入にお伝えします。本日、花園家によからぬ輩が出入りするのを目撃しました」


 エリナが驚くべき事を言った。


「なんですって!」


 夕姫は驚愕(きょうがく)した。花園家の動向を窺うために送り込んでいたエリナが急に驚くべき情報を持ってきたのだ。

 夕姫に息をつかせる間もなく報告は続く。


「こちらがその人物のプロフィールです」


 言って、エリナが渦中の人物のプロフィールを提出した。安心と信頼の紙媒体である。しかも手書きでおまけに達筆ときた。

 なお、USB等はリスクが大きいと思い、こういう後ろめたいことにはあんまり導入できていないのであった。

 そして当家の優秀なメイドである彼女は、今日のうちに花園家に出入りした輩の情報を調べ上げ、そこから個人を割り出したらしい。その諜報力に戦慄しながら、夕姫はプロフィールを見た。


 ――ペラッ。

 ……ん?


 ――ペラペラッ。

 ……んん?


 ――ペラペラペラッ。

 ……んんん!?


 ――ガタンッ!!


「ちょっと!――これは、どういうこと!?」


 データを見た夕姫は動揺し、その紙を叩きつけ声を荒げてしまった。淑女として恥じねばならない行いなのだけど、今はそれどころではなかった。


「こんな札付きの悪がどうして花園家に!?」


 そう。どこを読んでも、悪行三昧だったのである。まさにヤンキーだった。流石に警察にお世話になる次元のことはやっていないようだけど、夕姫の知らない人種なので殊更異質に見えたのもあるだろう。――けれど、夕姫よりも一般人に近いエリナの反応も同様だった。あのエリナでさえ動揺を隠せていない。これは由々しき事態に違いない。


 夕姫はエリナを見た。


「どういうことよ!?」


 半ばパニックに陥りながら、エリナに答えを求める。


「私に聞かれましても……困ります」


 エリナも困惑しているようだ。この異常事態に対し、答えを求めているのは夕姫だけではなく、エリナも同じなのであろう。

 その面持ちに困惑を浮かべたままエリナは続けた。


「しかし、たしかに不可解ですね……花園みやび様の人物を見る眼力はかなりのものと思っておりましたが、濁ってしまわれたのでしょうか……」


 残念そうに言うエリナ。


「そんなはずはないわ! これは何かの間違いよ!」


「すみません。愚考でした……」


「いいえ、私こそごめんなさい。つい声を荒げてしまったわ……」


 夕姫は、とりあえず一人になりたかった。

 考えたいことが一杯あった。


「下がってよろしい」


 夕姫はメイドを下がらせた。

 ――いったい何を考えているの……? 花園みやび……。

 みやびの考えが読めなかった。

 ――とにかく、花園家にそんな輩が出入りするなんて、許せません。

 夕姫は花園みやびをライバルだと思っている。

 みやびが変な輩と親交を深めたら、ライバルであるこちらまで変な輩と親交があると思われてしまうことを危惧したのだ。

 よって仕掛けることに決めた。

 ――香坂(こうさか)胡桃(くるみ)、覚悟なさい……。

 ギリっと歯噛みする。夕姫は、胡桃をターゲットとして攻撃することに決めた。


「エリナ!」


 考えが纏まった夕姫は再度メイド(エリナ)を呼ぶ。

 いつ呼ばれてもいいように待機していたのであろうか、それとも急いだのだろうか。エリナは主である夕姫を待たせることもなく、すぐに来た。どこに待機していたのかは知り得ないけれど、足音は控えめであった。いつもそうだ。実力があるからこそ、なせる技に今回も感服する。


「はい、夕姫様、いかがなさいましたか?」


「やむを得ませんわ。香坂胡桃を潰しなさい」


 夕姫はストレートに要求を言った。オブラートに包まなかったのは余裕のなさの現れか。


「はい?」


 言われた意味がわからないとでもいうかのように、首を傾げるエリナ。心なしか耳の調子を疑っているように見えた。


「『香坂胡桃を潰せ』と言ったのよ!」


 繰り返させるな、という怒りが籠ってしまった。淑女として、これはいけない、次は自制しなくては……。


「……かしこまりました」


 エリナは気が進まない風だったが、再度「行きなさいよ!」と夕姫がぴしゃりと命令するとしぶしぶながらも聞き入れた。夕姫のそんな様子はもはやヒステリーじみていて、全くもって自制できていなかった。

 ――香坂胡桃。こんな輩が、花園家に出入りするなんて、おこがましい……。香坂胡桃はここで潰さねばならない。花園みやびと正々堂々、決着をつけるためにも……。

 夕姫は固く決意した。

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