対峙。胡桃VS不良少女トリオ
不良少女の様子はというと。
『彼女』のそんな態度が、やはり気に触ったのだろう。不良少女たちの怒りが爆発していた。
「お前、ふざけてるのか? 温室育ちだからって、調子に乗りやがって」
「……減らず口を聞いて…………」
「人をおちょくるのもいい加減にしなさいよ!」
不良少女たちが、罵声を浴びせかけるものの『彼女』は動じず。どころか――
「なんですの? もしかして、女性特有のあれかしら……」
さらに怒りを触発するようなことを言った。そんな『彼女』からは悪意を微塵も感じない、悪気はないのだろう。……天然か。
それで不良少女たちはというと……、案の定さらに怒った。
不良少女たちは、たちまち形相を怒りに満ちたものへと変貌させた。
あちゃー、怒らせちゃったか。
まったくこれだから世間知らずのお嬢様は……。
あたしは動こうとした。このままだとあの『彼女』が危ないと危機を察知したから。
しかし、厄介ごとに関わるのは面倒くさいといった僅かなブレーキがかかる。
けれど。
『彼女』は助けねばならない気がした。
――なぜ?
自分の真意が……わからない。
こんなことは初めてだ。
とにもかくにも。
わからないけれど、助けなくては、と思った。
でも、不良の私が『彼女』を助けてしまうのは、おかしいんじゃないか……。体裁的に……。
あたしは逡巡する。
その惑いは不良に時間を与えてしまった。
「誰が生理だ!」
『ゴリラ』が瞬間沸騰。
「このアマ! いい気になりやがって! 痛い目見ねえとわからねえよおだな!!」
『ゴリラ』が先陣を切って、『彼女』をグーで殴り付けようとした――。
なんとも沸点が低い……!
やむなくあたしは割り込むことを決断した。
迷っている場合ではなかった。さすがに『彼女』への暴力は見過ごすことが出来なかったのである。『彼女』の場合、あんな筋骨隆々な奴のパンチを受けてしまったら、下手をすると重傷を負いかねない。放っておけなかった。
間に合え! と疾走。全速力で駆け抜け、一気に距離を詰めたあたしはブレーキをかけ、すっ、と間に滑り込む。
途中、目を見開く『もやし』と『ちんまい』が見えたが、二人とも咄嗟に動ける程場馴れしていないのか、驚いた表情のまま硬直していた。
そうしてあたしが滑り込んだそこは『ゴリラ』の対面であり――『彼女』を守る位置でもあった。あたしは、既に放たれている『ゴリラ』のパンチを受け止めるため、掌を合わせる。
乾いた音がした。掌にひりひりと衝撃が走るが……――こんなのちっとも痛くねえ!
あたしは『ゴリラ』のパンチを受け止めたのだ。
なかなかに重たい一撃だった。でかい図体だからかパワーがあるので、連続で受け止めるのは流石にきついだろう。
幸い、動きが鈍いので、迅速に倒すことにする。
と、そこで、あたしの勘が伝える。
――二発目がくる!
あたしは、然り気無く『彼女』に、ずれろとジェスチャーを送り、『ゴリラ』に対して迎え撃つ構えを取ると、やはりもう一発パンチが飛んで来た。
あたしは後方に『彼女』がいないのを確認し、あえて横にかわした。かわしながら細工をする。勢いよく放たれた『ゴリラ』の腕を後方へと導いた。
そうして『ゴリラ』が叩いたのは、あたしの後ろの壁だ。痛かったのだろう、表情を歪め、壁にぶつけた手を振る『ゴリラ』に、あたしは嘲笑うように言った。
「はっ! おっそい、パンチだこと……」
「なんだと!?」
『ゴリラ』が目を白黒させる。
ややあって――、屈辱だったのだろう。怒りの形相をした『ゴリラ』が腕を思いっきり突いてきた。先程よりも速い。
やればできるじゃねえか。だが、――そんなんじゃあたしに通用しない!
あたしは難なくそれをかわすと、『ゴリラ』の横合いから『ゴリラ』の腕を掴み、くるりと身体を回転させる、懐に入り込んで、一気に背負い上げ――放った。
「――がはっ!!」
手を引いて多少は勢いを緩衝させたが、『ゴリラ』は背を地面に強かに打ち付け、口から空気の塊を吐いて、そのまま意識を消失する。地面はコンクリだが、見たところ出血もしてないし、頭を打ち付けてはいないし、大丈夫だろう……。……おそらく。
そこで『ゴリラ』から意識を切る。
『ゴリラ』はしばらく復帰できないだろうと見込んだあたしは、まだ二人残っているので、気を抜くことはせず、次にかかってくるだろう相手を見た。
肌が異常に白く、ほそっこい少女――『もやし』である。
「どなたかは存じないが。私らのことに首を突っ込まないでくれないか?」
そんなことをほざきながら、『もやし』が蹴りを入れてきたので、両腕で受け止める。
あたしは、軽い衝撃を腕に受け、身体を震わす。若干痺れたが、痛みはあんまりない。この程度の蹴りならば、あたしにとって、大した脅威ではないだろう。と判断する。
だが、油断は命取りだ。人間の底力は恐ろしいからな。今は限界まで力を発揮できていないだけで、急にどでかい攻撃が来る場合もある。火事場の馬鹿力って言葉があるくらいだしな。
「うぜえんだよ! きたねえ土足であたしを汚すな!」
と、受け止めていた足をやや乱暴に払い除けると、『もやし』が体勢を崩す。一気に畳み掛けるチャンスだけれど、追撃はしない。
直感があった。思わぬカウンターをくらう危険性を感じ取ったのだ。
一時後退。距離を取る。
そして、相手の動向を窺う。次の一手を選択する材料にするのだ。
相対する奴が体勢を建て直し、もう一発蹴りを放ってこようとした。
――だが、あたしは読んでいた。呼吸。視線の動き。でどこにどう攻撃が飛んでくるのかがわかるのだ。
――なので、蹴りの動線を器用に交わし、一気に間合いを詰める。
背中側に回り込みながら、呼吸を制御し、限界まで研ぎ澄ました一撃を放つ準備をする。そして――、
――ここだ!
「がら空きなんだよ!」
――首筋に手刀で一撃を加えた。
今の一撃を刹那に判定する。
――よし。入った。これで意識を刈り取れるはずだ。
確かな手応えを感じ安堵する。
「――かっ……はっ……」
手刀は一気に『もやし』の意識を刈り取った。『もやし』も空気の塊を吐き、倒れ伏した。
「ちっ。しゃしゃるな雑魚が……」
あたしはそう吐き捨てた。
あたしが放った精密な手刀は、見事に突き刺さり、『もやし』を大人しくさせたのだ。
さて、残るは……
「え!? え!? は!? ちょっと、リョウコ!! ユウナ!!」
あたしが目を向けると、最後の一人である『ちんまい』はビクリと震えた。
あたしは『ちんまい』に警戒しながら近寄る。
「い、いや……やめて……暴力反対……」
『ちんまい』は、その目から涙を滴しながらへたりこんだ。スカートだったので、パンツが丸見えであった。
あたしの放つプレッシャーに当てられて、身構えもしないところから見るに、おそらく他の二人と違って喧嘩馴れはしていないのだろう。
「こ……こないで……」
『ちんまい』はスカートが汚れるのも気にせず、尻を滑らせ後ずさる。
もはやあたしに立ち向かうのは、不可能だろうというくらいに心が打ち砕かれているのが、容易に理解できた。
これではさっきとは、形勢が逆転してしまっている。
まるでこちらが恫喝しているかのように、『ちんまい』は、それはそれは、かわいそうに思えるくらい怯えていた。
そしたら急に――、
「な、なによ、あなた!? なんなのよ!?」
狼狽していた『ちんまい』が、
「……あれ!? あれあれ!? あなたってもしかして!!」
何かに気付いたかのように目を見開いた。
「いてて」
起き上がった『もやし』、すぐに『ちんまい』の様子がおかしいことに気づく。
「ん、どうしたミレイ? こいつがどうかしたのか?」
「どうもこうも、この人」
「要領を得ないが……?」
『ちんまい』に言われて、あたしを珍獣を観察するようにジロジロと見出した『もやし』の目が、
「あ、キミ、よく見たら……!」
驚いたように見開かれた。おまけに指まで差してきた。
「強烈だった……手加減なしか……」
『ゴリラ』も起き上がった。
「――? 二人ともどうかしたのか?」
二人の様子がおかしいことに目をぱちくりする。
「――な……」
『ゴリラ』絶句。私を指差し、硬直。
てな感じで、意識を取り戻した他の二人も立ち上がり、あたしの顔をまじまじと見る。
「お、お前は……」
「キミは……」
二人も、何かに気付いたように唖然とする。
あたしは、
「あんだよ……。あたしの見た目に、何か文句でもあるのか?」
と不良少女三人を睨め付けた。
あたしの、眼光に不良少女たちは怯んだ。
――のだが、一人が立ち直る。
「お前、《鬼胡桃》か!?」
『ゴリラ』がこちらに指を差して言った。
あー、そんなあだ名で呼ばれてるんだよな、あたしは。
というか。「人に指差すなっつーの!」とこちらを指差す『ゴリラ』と『もやし』の腕をそれぞれバシッ! と弾く。ついでに、お前呼ばわりも不快だったから強めに弾いた。
それに、あたしは《鬼胡桃》とかいう、勝手につけられたあだ名が好きじゃない。安直すぎるし。
正直、誰になんと呼ばれようが、どうでもいいんだけどな……《鬼胡桃》だけは嫌なんだよ……。
ムカついたが、折角だから答えてやる。
「そうだけど」
あたしは『ゴリラ』に顔をずいっと寄せ、目力をマックスにして次の台詞を言う。
「だったらどうだっていうんだ?」
「どうもしません。すみません」
『ゴリラ』が、やけに素直になって謝ってきた。
「……これは失礼した。あたしらは引き下がるから、この件はどうか……」
いつの間にか立ち直った、『もやし』が頭を下げたが、心底どうでもいい。ちなみに、『ちんまい』は「へへー」っと平伏していた。
「弱いものイジメしかできないカスども、――とっとと失せろ。目障りだ」
しっしっと鬱陶しげに手を振ると、不良少女たちは、何処へと慌てて逃げるように、立ち去っていった。
「……負け犬が」
去り際に『ちんまい』が「次は負けないんだから!」などと負け惜しみをほざいていったが……次なんてたぶんねえーよ。てか、かかってきもせず、びびってたくせに。どの口がほざく。ああいうのを負け犬の遠吠えというのだろう。
誰かが通報したのかそれともたまたま通りがかったのか警察官も駆けつけたが、あたしが「この少女に対して、カツアゲがあった。それをあたしが撃退しただけだ」と手で追い払った。――のだが、警察官はそのまま、不良少女たちの方へと向かっていったので、おそらくあの三人組はお叱りを受けるだろう。ふん。自業自得だ。
「わたくしをあのような暴漢……暴姦……?――女三人だけに。もとい……変質者から助けてくださるなんて……。わたくし、とても素晴らしい掘り出し物を見つけたかも。よし! うまいこと取り込まなくては……」
『彼女』が両手をぐっと握り、そう小さく呟いたことに、あたしは気付かなかった。