決闘するなら準備は入念に
さっきまでのことを、まとめると。
神宮寺家のご令嬢である神宮寺夕姫に因縁を付けられた。
売り言葉に買い言葉となったあげく、知らんがな。って感じに突っぱねたつもりだったんだけど……、なんか夕姫はあたしを認められないらしく、庭で決闘することに。マジで意味わからんし、面倒くさいし。
あたしは受諾すらしていないのに、夕姫が勝手に自己完結しやがった。
――しゃーない、決闘すっか。勝手に決めやがってムカつくから、打ち負かして泣かす。
「しゃーねぇ。庭に向かうぞ」
とあたしは、気が進まないまま庭に向かうことにしたのだが……
「待ちなさい、胡桃。まずは準備よ。徒手空拳で望むの?」
アンジェラに引き留められる。
「そりゃそうだな、あぶね」
「せっかちなんですから、まったく……」
ミシェルがやれやれといった風にそう言った。
というわけで、先に行って、待ち構えているであろう、夕姫と決闘するために。不本意だが、準備を進めることとなった。
「ということで、みやび、なんか強力な武器貸してくれ」
「よろしくってよ。武器ならお爺様のコレクションがあった気がするわ。それをお使いになって。――アンジェラ、ミシェル」
「はい。みやび様、お爺様に許可もらってきます」
ミシェルよりも僅かに反応が早かったアンジェラが、応接間を出てどこかへ向かっていった。ミシェルは先を越されて、呆けている。アンジェラが向かったのは、おそらくジジイの部屋だろう。まずはジジイに許可を取ってから、次にコレクション部屋という流れだしな。だが、ジジイの部屋にコレクションがある場合もあるか……。
そういえばだ。昨日、なんか戦い挑まれて、結果的に、噴水に放り込んじまったけど……、ジジイ元気か……? まさか、くたばってねえだろうな……。てか、あれで、風邪引いてたら、どうするか……。――うーん。その時は見舞うか。リンゴでも剥いてやろう。
「胡桃さん。それは――《慈悲の物干し竿》では役不足と言うことですか?」
そう言うミシェルは、心なしかしょんぼりとしているように見えた。《慈悲の物干し竿》を相当気に入っているらしい。
――あれって、そんなに魅力あるか?
ちょっと疑問に思うが、口には出さない。他人の趣味にとやかく言うのはな……。
「あっ、《慈悲の物干し竿》って手もあったか……」
《慈悲の物干し竿》とは、昨日のジジイとの相対時にミシェルに貸してもらったやつだ。
なんでも、普通の物干し竿ではないらしく、人に優しく、人を傷つけない――そんな物干し竿らしい。たしかに、あれはすごくいい武器だった。ジジイを噴水に放り込む時に、貢献したしな。(嘘だと言うなら使ってみてください。)
「だが、ビジュアル面でもうちょっと、映える武器が……」
あたしは、ミシェルの顔色をうかがいながら、そう進言する。
「つまり、決闘映えですか……。まるで、昨今のSNSに毒された人みたいなことを仰られますね。でも、たしかに、《慈悲の物干し竿》では、インパクト不足かもしれませんね……」
「そうだろう。そうだろう」
ミシェルがわかってくれて安心した。キレられたら手におえないしな。これから、あの神宮寺家の令嬢――神宮寺夕姫と決闘だっていうのに、先んじて怪我をおいたくない。
手負いだったから負けた! っていいわけとかしたくないし。やるなら全力でやりあいたい。
「凄く複雑な気分なのですが、同意せざるを得ませんね」
そう頷いたミシェルは《慈悲の物干し竿》の話から離れ、話を切り替える。
「それにしても、お爺様のコレクションですか……。まあ、あんなゴミの中にも何か使えるものがあるかもしれません。許可取るのは面倒そうですし、断られるかもしれません。勝手に拝借しちゃいましょう。――お姉様、待ってください」
対してミシェルは、許可を取りにいったアンジェラを止めにいく。仮にも主人の身内のコレクションをゴミと称したのは、正直どうかと思うが……、本当にゴミかもだし……、なんとも言えなかった。
そうして取り残されたのは、あたしとみやび。気まずい。
「二人っきりですわね」
「……だな」
みやびになぜか熱っぽい視線で見つめられて、あたしはたじたじだったが……。特になにも起こらなかった。……期待してなんかいないぞ。本当だぞ……。
しばらく待つと、アンジェラとミシェルが、ジジイを伴って、戻って来た。
「……うげっ」
あたしはジジイを見て、思わず、嫌そうな声を出してしまった。おまけに指までさしてしまった。
ジジイとは花園みやびの祖父である花園仙里のことだ。
昨日、あたしが噴水にぶっこんだジジイは、意外と元気そうだった。隠居中とはいえ、流石、《財界の鬼神》と呼ばれた男だ。よかった。
安心したのも束の間、ジジイに文句を言われた。
「『うげっ』とはなんじゃ! まったく、失礼なやっちゃのう……」
これは、あたしが全面的に悪いな。『指をさす』という人にやられて嫌なことをしてしまったんだし。昨日の不良少女に指さされた時はめちゃくちゃ不快だったし。
「すまない……あと、昨日、噴水にぶっこんじまったが……えっと、大丈夫だったか?」
素直に謝った。
「噴水に放り込まれたくらいで、くたばっているような者が《財界の鬼神》って呼ばれるわけなかろう……。安心せい、ピンピンしておるわい。この年になると元気だけが取り柄じゃからな。わしのことはさておき、お主、急にしおらしくなったのう……」
「たりめえだ。人に不快な思いさせたら謝るのは常識だ」
「なにか悪いものでも食ったのか? ……もしや、みやびに危ない薬でも盛られたか……?」
疑りぶけえジジイだな、おい。少しは人の善意を信用しろ。邪推か過ぎるぞ。などと、あたしが不満に思っていると、
「お爺様、孫娘を少しは信用してくださいまし。わたくし、まだなにも盛っていませんわよ」
みやびが爆弾を投下した。
『まだ!?』
みやびを除く、この場にいた全員が声を揃えた。ジジイだけは、「……じゃと!?」と統合から逸脱しやがったが。それはどうでもいい話だろう。
「――あっ、わたくしとしたことが……」
あたしたちの反応を見て、はっとしたみやびが珍しく取り乱した。……というお茶目な冗句であってほしいのだが……、演技っぽくはなかった。……今後、ここで出されるお食事には細心の注意を払うことにしよう。
「……ごほん」
アンジェラがわざとらしく咳払いをした。内心の動揺を隠しきれていないが、それでもなんとか主人のために話題を有耶無耶にしようとする健気な行いだ。
昨日、みやびが『心強い味方』と称したのは、おそらくこういうところだろう。なるほど、たしかに、『いい娘』だ。
これも昨日の話だが、あたしは勢いで『花園の犬』とアンジェラとミシェルを罵倒したのだが……、それは、案外、的を射ているんじゃないか? アンジェラ、今のお前、主人に従う、忠犬っぽいぞ。とは心の中で思っておくにとどめる。言ったらまたしめられそうだ。
そんなことを思っているうちにも、アンジェラが続ける。
「……話戻すけど。その通りね、胡桃。便乗するようだけど、私も謝るわ、昨日はみやび様を守るためとはいえ、しめて悪かったわ。ごめんなさいね」
「私も。ごめんなさい」
そう言って、アンジェラとミシェルが頭を下げてくれた。
アンジェラとミシェルには、昨日の車の中で、散々痛めつけられたのだ。正直、あたしはあんな些末なこと、あんまり気にしていなかったが、二人はしっかりと謝ってくれた。
そんな二人を見て、あたしの二人に対する心象が良くなったのは語るまでもないだろう。
「気にしてねえよ。あたしは細かいことは気にしないんだ。だが、お前たちを従えるのはあたしの方だからな」
そう。こいつら(特にミシェル)は、出会った初日、つまり昨日の車内でのやり取りの中で、あろうことか、あたしを下婢(ミシェル曰く、下僕の女版)にするとか抜かしやがったのである。
「そこは気にするのね」
「……私たちを従えようだなんて、傲慢です。身の程をわきまえてください」
アンジェラがツッコみ、ミシェルがほざく。身の程をわきまえろとは……、大きく出たな……。
「……ほざいてろ。いつか嫌でもわからせてやる」
あたしがこうなれば徹底抗戦だとばかりに、二人(主にミシェル)に対抗意識を燃やすと、
「いや、誤解しているようなんだけど。私にそんな趣味はないわ。ミシェルが勝手に言ってるだけよ」
アンジェラがそう訂正した。
……なんか勝手に仲間だと思い込んでてごめんな。
アンジェラのがお口が悪いイメージ勝手に持ってたが、ミシェルのが毒舌っぽいわ。あたしに対しての当たりが強いんだよな……。例外は《慈悲の物干し竿》の件だけだ。
それに対して、アンジェラはなんだかんだ、優しいしな。
「たしかにお姉様にそんな趣味があるとは、聞いたことありませんね」
てか……。
「え? ミシェル、そんなサディストなの?」
あたしのそんな問いには、アンジェラが耳打ちで答えてくれる。
「ええ……こうみえて、恐ろしい娘よ……」
「え? お姉様、何を言ってるんですか?」
それが聞こえていたらしきミシェルは、アンジェラが本当に何言っているかわからないらしく、あたしとアンジェラのやり取りに困惑していた。
「そうか……」
実の姉が、妹のことをそう称したのを聞いて、なんだか妙に納得した。実の姉にそこまで言わせるなんてな……。
そんなやり取りを経て。あたしは、なんとなくアンジェラとミシェルとは、これからもうまくやっていけそうだ。と思った。